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第六話


「……正直、君に話すのは恥ずかしい話なのだが」


気がつくと、青年に最近の儂の周りの状況を話してしまっていた。儂の資産を狙う者が居る事、そのせいもあって息子達の仲が悪く、なんとかしたい事――

案外、一人で悩んでいるのが辛かったのかも知れない。あの村の者だと分かってから、赤髪の青年に親近感が湧いてしまった事もあるのだろう。


「……息子さん達は幸せ者ですね。こんなに想われているなんて」


赤髪の青年が呟く。確かに儂は家族に心を砕いてはいたが、そう言われた事は初めてだった。


「だが、息子共は儂のことは目の上のたんこぶと思っているだろう」

「そうでしょうか、もし私が貴方の子供だったならば、喜びこそすれ、嫌に思うことなど無いのですが……」


純粋な人だ。見た目は既に大人だというのに、まるで今でも芯の所は子供のように感じる。

きっと、今の今まで悪意というものに触れずに生きていたのだろう。もしくは、その純粋さがフィルターのようになって悪意を理解できないのか。


「残念だが、君には理解できないだろう……そして、出来れば理解して欲しくはないな」


仮に青年が人の悪意を知ってしまったら。この純粋さは失われてしまうだろう。

出来れば、染まってしまった彼を私は見たくなかった。もっとも、この街に生活しているのならば時間の問題だろうが。


「そうですか……残念です。私は貴方を救いたかったのですが」

「……何故儂の事を聞こうとする?君と儂とは接点が無かった筈だが」


こうしてあの村の者と縁が出来たのは良かったが、何故儂に話しかけてきたのか疑問だった。今までの話からすると、儂の事は余り知らなかっただろうに。


「実は、私は困っている人を助ける為に、皆と頑張っていまして。ウロボロスって知ってますか?」


ウロボロス、死と再生を意味する象徴だったか。


「尾を噛んだ蛇の事か?それは知っているが――」

「いえ、私が今いる団体……?組織と言えば良いでしょうか、その名前なのですが」

「いや、知らないな」


儂も長い間この街に住んでいるが、聞いたことは無かった。これでも商人だけあってこの辺りの事に関しては詳しいという自負はあったのだが。


「世界中の人々の救済を目指して活動している素晴らしい所ですよ!」


青年はルビーのような赤い瞳を輝かせて、儂にその組織を熱弁する。なんでもその組織は国中で困っている者を助けて回っているとか。まるで童話に出てくるヒーローのように。

儂は心の中で天を仰いでいた。私の危惧は当たっていたのだ、彼は気付いていないだけで、既にこの街の悪意に触れてしまっていた。

きっと、彼の言う組織は新興宗教か何かだろう。青年は身なりが良く金に困っていないと言っていた。恐らくその金を組織に吸われているのだ。

幸い青年は気付いていないようだが、もし目が覚めたら衝撃を受けるだろう。


「本当はもっと皆に知ってもらいたいのですが、口止めされてしまっているのが残念です」

「それを儂に話してしまっていいのか?」


厳しい組織ならば、場合によっては罰も有るだろうに。


「貴方は私の村に住んでいた事が有るのでしょう?それならば私の村の一員も同じ、家族じゃないですか。家族に話すのなら問題ないですよ」


そういう問題なのだろうか……まあ、儂が黙っていれば問題ないだろうが。

それより、儂は街の寄生虫が取り付いた青年を助けてやりたかった。この青年を助けるのもあの村に対する恩返しになるだろう。


そう考えていると、広場の奥で儂の知っている馬車が止まった。使用人がこちらへと歩いてくる。

随分と遅かったものだ。もし儂が家を飛び出してからすぐ探し始めたならばこのベンチに座るまでもなく家へと戻されていただろう。

家の方でまたトラブルでも有ったのだろうか。


「……すまない。どうやら迎えが来たようだ」

「おや、残念ですね。もっと貴方と話したかったのですが」

「儂もだよ」

「そうだ!今度村に一度戻るので、良かったら一緒に行きませんか?沢山ご馳走しますし、ゆっくり話も出来ますよ」


社交辞令ではなく、本気でそのような事を言われたのは久し振りだ。


「ははは……それは魅力的だ」


是非、行きたいものだ。いや、家が落ち着いたら今度こそ向かおう。

馬車に乗って、広場を後にする。青年は変わらぬ笑顔のまま儂を見送ってくれた。



………

……



「父上、どういう事でしょうか」


家に戻り、色々な用事を済ませた儂は自室に戻り、デスクに座り儂にしか出来ない書類の決裁をしていると息子達が入ってくる。


「どういう事とは何だ」


こうは言ったが息子の要件は何となく察していた。

あの後調べてみるとポック村はトラブルに見舞われており、徐々に経済状況が厳しくなっているとあの辺りの行商からの情報が有ったのだ。

なので、投資の名目でポック村にまとまった金額を援助すると決めて準備したのだ。ようやく行ける段階になって、廃村になってしまったでは笑えない。

それに、投資も全くの嘘ではない。青年と話した事で思い出したが、かつてあの家の炉で燃やしていた赤い石、あれは燃料として売り物になるだろう。

あの場所の近くで採れるのならば、村の状況を良くする鍵になるかも知れない。


「困りますね。あのような何もない所に入れ込んでは」

「ジジイが、やはりボケてるみてえだな」


案の定、投げられた書類にはポック村への援助に関する詳しい内容が書かれていた。


「フン、儂の金を自由に使って何が悪い」

「オレ達の金になるんだ、大人しくしてるならともかく、金を勝手に目減りさせられる訳にはいかねえよ」


なんだ?息子達のこの様子は……今までなら遺産を減らされない為に儂に対しては少しでも良い格好を見せていたというのに。

今は邪魔だという態度を隠そうともしない。しかし、そのような言動をされて儂も黙っていられるものか。


「なんだその態度は!それが今まで育ててやった儂に対する態度か!」


儂は声を荒げると、長時間動いた身体に鞭を打って、息子達に激昂し殴りかかろうとする。

だが、一度心臓から嫌な音がしたような気がすると、振り上げた拳は空を切り、何故か地面を叩いていた。


「おい、ジジイ倒れちまったぞ」


近くに居るはずなのに、息子の声がまるで水の中から聞こえてくるかのように遠い。

いや、まだだ。儂は死ぬわけにはいかない。まだ、やることが―――



………

……



「チッ、手間取らせやがって、医者を呼ぶか――」

「いえ、呼ばなくていいでしょう」


背の高い、粗野な印象を受ける男が、医者を呼ぼうと扉に手をかけるが、眼鏡を掛けた青年に呼び止められる。


「なんでだ?息もしてねえし、この様子だと死んじまうぜ」

「それで良いじゃないですか、遺体に外傷は無いですし、部屋も荒れていない。このままベッドに寝かせてしまえば自然死と処理される筈ですよ、そして、少し不審な事が有っても、私達が無事遺産と立場を受け継げれば後はどうとでも出来ます」

「ああ、それもそうだな」


二人は、老人を持つとベッドへと運んでいく。

実の父親だというのに、まるで荷物でも運ぶかのようにぞんざいな扱いだった。


「ふう、暗殺者ギルドには連絡を入れなくてはなりませんね、でも、勝手に倒れてくれたお陰で金を払う必要が無くなったのは助かります。少なくない金額だったので」

「連絡員のスラムに居る乞食探すの大変なんだよな、使用人を使う訳にもいかねえし」


二人は父親を寝かせると、そのまま部屋を後にしていく。


「ああ、父上は今機嫌が悪いようなので、落ち着くまで近付かない方が良いですよ。二人共怒られてしまいました」


すれ違った使用人に言付けを済ませると、二人は別れていった。

数日後、老人の息子達は、契約通り対象を殺したにもかかわらず、勝手に死んだからと金を支払わなかったとして、ザペルとは別の暗殺者ギルドからの刺客によって命を落とすことになる。



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