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第二話


人気のない路地裏の奥で、血が吹き出したのにようやく気付いた男が穴の空いた首筋を手で押さえ呻く。


手に持った安物のナイフを眺める。刃は血で濡れていた、私が汚したのだ。

男は私がナイフを突き立てるまで、私の存在に気付かなかった。


私を信じられないように見ていた男は始めは助けを求めるように這い出すが、徐々に動きが鈍くなり、最期には動かなくなった。



始めはただの遊びだった。孤児院で皆と一緒に遊ぶ時、隠れんぼをしたら毎回誰も最後まで私の事を見つけられなかった。

不思議に思った私は、一度全く隠れないで「そこに居たら気付かれない」という感じがした場所にただ立つ事にした。


その場所は目を瞑って探し始めるまでの数字を数えていた衛兵役の子が顔を向けている方向の壁際だった。普通ならば、目を開けた時に視界に入る位置だ。

数え終わって、その子が動き始めると私が視界に入っている筈なのに、隣の窓からの景色を見ながら外に出ていってしまう。結局、見つかったのは皆を引き連れて戻ってきた時だった。


これは後で知った事だが、私は別の注意を引く物を利用して隠れるのが異常に上手いらしい。

ミスディレクションというマジックのテクニックが有るのだが、私はその技を隠密に利用しているのだとか。その為か目立つ物がない場所だと隠れる事自体が出来ない。後、動くと見つかりやすくなるという弱点もあるので相手の視界に入っている時は動けなくなる。

他にも注意深い人にも見破られたりするが、これは滅多に無かった。普通の人は常に視界に映る全てを意識しない。極端な話だが、人は景色を見ている時には、眼の前を飛ぶ埃の存在に気付かないのだ。


ただ、幼い頃の私はそんな技術を持っている事を不思議に思いながらも、遊びで使って優越感に浸る程度で日々を過ごしていた。


しかし、ある日私の住んでいた孤児院が取り壊される事になった。お金が無くなり、土地を手放す事になったとシスターが言っていた。

シスターは謝りながら僅かなお金を皆に渡して、街の中へと消えていく。それから彼女と出会う事はなかった。


誰も守る者が居なくなった私達は、街で協力して生きていく事を決める。

その時には私のこの技術は、これを使って皆を助けろという神のメッセージだと感じたのだった。



「素晴らしいね」


背後から声が聞こえて、慌てて振り返る。

コートを着た全身黒づくめの男が私の事を見ていた。おかしい、男を殺してからずっと技術を使っていたはずなのに、その男はしっかり私を認識していた。


「この私でも君の隠密には気付き辛かったよ。お陰でスカウトし損ねる所だった」


見た目からして壮年位だろうか、綺麗に整えられた顎髭に眼鏡を掛けた男性が呟く。

今まで私のこの技が見破られる事は無かった。一体どうすれば良いのか戸惑ってしまう。


「一応質問だが、その男を殺した理由は何だ?彼と君はついさっき出会うどころか、視線すら合った事が無い仲じゃないか」

「何となく」


困っていた所に質問されて、思わず思ったことを口に出してしまう。

理由なんてなかった。ただこの男は人から金を脅し取っているのが私の目について、そのまま人気のない所に向かったのが丁度いいと思ったからだ。

他に丁度良かったら猫や犬でも良かった。


「ふむ、なら、良かったら私に付いてくるといい。その様子だと、どうせ行く所など無いのだろう?もしかしたら、その何となくを別の理由にする事が出来るかも知れない」


言われるままに、私は男に付いていく事に決めた。

男の言う通り、今の私には目的なんて無かった。友達は全員この世から去ってしまってヤケになっていたのもある。


「まあ、一部は宗教臭い事になってしまっているが、私の仲間は君のような事情を持つ者たちばかりだ、きっと気が合うと思う」


スラムをひたすら北へと進んでいく。私は余り近付かないが、私と似たような境遇の者は大体ここに来て少ない食料を奪い合う日々だという。

そう思うと私は非常に恵まれているだろう。食べ物には困らないし欲しいものも大体隠れながら盗むことで手に入っていた――手に入らなかったのは家族だけだ。


そして、スラムの終端に辿り着く。そこには小さな教会が有った。

本来なら吊り下げられているであろう場所に鐘は無く、全体的に寂れたものだった。果たしてこんな所にある教会に一体何人参拝する者が居るだろうか。


「ようこそ、暗殺ギルド『ウロボロス』へ。君のような者が現れるのを待っていた。出来れば気に入ってもらえると嬉しい」



………

……



協会の中に入り、奥の扉を開けると長い地下への石で出来た階段が現れる。雰囲気はおどろおどろしいが、一定間隔で明かりがあるお陰で視界は悪くなかった。

階段の終点に着くと、複雑に絡み合い己の尻尾を飲み込んだ蛇が、一振りの剣に巻き付いている紋章が描かれた扉が現れる。


『光あれ』


男がそう言うと、勝手に扉がせり上がっていく。

そのまま中に入ると、入り口の脇に居た真っ白な一枚布を纏った男が私達に頭を下げる。どうやらこの男が入り口を開けたようだ。

石レンガで囲まれたホールの中は、今の男と同じような白い姿の者達が忙しなく動いていた。


「おお、マスター・サイード!お帰りになられたのですか。その子は?」

「……ああ、彼女は客人だよ。さあ、君はこっちへ」


時折黒衣の男は話しかけられるが簡単に返事をするだけで、私はホールを通り抜けて、奥の部屋へと通される。

中に居た複数の人物の視線が私へと向かった。先程の統一された白い者達と違って今度は見るからに個性的な面々だ。


「ここはウロボロスのメンバーの内、幹部にして暗殺を担当する者が入れるエリアだ。つまり、君がこのギルドに入会してくれるならば、すぐに幹部として迎え入れるという事でもある」


黒衣の男が胸に手を当てる。


「そして、自己紹介が遅れてすまない。私がこの暗殺ギルドの現マスター、サイードと言う者だ。苦手なものは無いがこの面々程得意なものも無い。面白味の無い男だよ」


そう言ってサイードが締めくくる。得意なものは無いとは言うが、私の隠密を見切れる観察眼といい、肩書といい只者ではないのはわかる。


「おお!この子がマスターが一目惚れしたって子か!随分細いな、もっと飯を食って身体を鍛えろ!何なら協力するぞ?」


一番近くに居た私の身体と同じ位大きな剣を背負っている、背の高い短髪を立たせた偉丈夫が私の腕を掴んで揉み始める。


「ちょ、やめてって」


腕を払うとわははと笑いながらその男は私から一歩下がる。叩くつもりだったが見事に躱された、図体の割に素早いようだ。


「彼はデキャント。近接戦闘の専門家だ。彼の動きは暗殺と言うよりは戦闘寄りだが、身体を鍛えたい時には話を聞くといい。参考になるし彼が喜ぶ」

「宜しくな!」


彼は私の手を掴んでブンブンと振り回す。


「デキャント、彼女が痛がっているよ――と、次は」

「にゃあん」


いつの間にか私の足元に猫がすり寄ってきていて、鳴き声を上げた。


『ワタシの名前はパンタシアにゃあ』

「猫が喋った!?」


そんな馬鹿な――私は猫を抱き上げて観察する。


「にゃ」


猫はゴロゴロと喉を鳴らして目を細めた。どう見ても猫だ、間違っても人間の声を出すような知能はありそうにない。

いや、でもこの場所は変な人が多いし――もしかしたら――


「後ろを見てみるといい」

「え……?わっ!」


いつの間にか、途中で二股に分かれた帽子を被り、全身カラフルな衣装を着たまるで道化師のような女性が立って手を振っていた。

――後ろに立っているのに全く気付かなかった。自分は隠れるのは得意でも、人の気配を掴むのは並なのかもしれない。


『にゃあ』


その人が口を開くと、抱いている猫に良く似た声が出てくる。


「アハハ、騙された~。あ、改めてワタシはパンタシアだよ!よろしくね~」


満面の笑みで手を差し出してくる。

恐る恐る握ると彼女の頭が取れて転がっていった。


「うひゃっ」

「どーん、ビックリした?」


彼女は戯けた様子で言いながら、襟元に引っ込ませていた頭を出して、こちらにウインクをしてくる。

落ちた物をよく見てみると精巧な人形だった。ここは明るいからわかったが、薄暗いと人間と見分けがつかないだろう。

精巧な作り物を作る技術といい、聞こえる位置さえ惑わす声真似からしてこの人も凄いのだろう。しかし、間違いなく変人だと私は確信した。


「彼女は罠や偽装のスペシャリストだ。副業で道化師として街で芸をしていたりもする。もしかしたら路上で見たことも有るかも知れないな」

「この頭は私からのプレゼントだよっ!」


彼女に似せられた頭を渡される。

要らない。遠くの方へと放り投げてやるとああん、と艶めかしい声を上げて目の前のピエロが悶えた。


「ヒッヒッヒ……ワシはジズ。薬学と魔術の事ならいつでも聞くといい……流石に何もない所から火を出したりは出来ないがね……ヒッヒッヒ……」


紫色のローブを羽織り、杖をついて腰を曲げた老婆が立ち上がると、鋭い視線を私に向けてくる。

まるで心を見通されているような感覚を覚えた。


「ジズさん、普通に喋っても構わないよ?」

「いや、だってパンタシアが面白い事やってるから、アタシもやらなきゃ駄目じゃないかと……ヒッヒッゲホッ」


咳き込んだ老婆の背中をマスターが撫でると、先程の雰囲気は霧散していく。

格好が格好なので魔術師然としているが、今の態度はノリの良いおばあちゃんのそれになっていた。


「まあ、ワシに限らず聞きたい事が有れば皆に聞くといい……ヒッヒッヒ……ああ、変な声出したから喉が痛いわい、うがいしてくる」


そう言うと咳き込みながらこの部屋を後にしていく。


「まあ、この場に居る幹部は三人だけだ。後二人程居るが――」


ギルドマスターが話を続けようとした所で、私の背後の扉が開いた。


「寂しいじゃないかサイード。私にも新人を紹介してくれよ」


白い法服に禿げ頭の男がまず目に入り、後に続いて真っ白なシャツに黒いジャケットを着た優男が、車椅子を押して入ってきた。

優男は微笑みを浮かべており、車椅子には栗色の長い髪を垂らした女性が乗っていた。


「――彼はジラシス。この組織の資金を援助している幹部だ」

「この子が新人かぁ……可愛いねぇ」

「まだ客人だ。あまり変な態度を見せるな」

「それより、私に許可なくいきなり幹部を増やそうとするなんて酷いじゃないか……サイード」


そう言いながら、ハゲが私の肩を撫で始める。

さっきの大男は純粋に筋肉の付き方を調べるような物だったが、今度はいやらしいものを感じた。衝動的に身体を捩って逃げる。


「何故お前の許可が必要なんだ?マスターは私だよ」

「フン。ウロボロス教団の大司教は私だ」

「私の組織を利用し、勝手に信者を集めて下から呼ばせているだけだろう」


ピリピリした雰囲気が辺りに漂う。

……険悪な雰囲気だ。組織に人が集まると派閥が出来ると言うが、自称トップが二人居るなんて危うくないだろうか?


「まあまあ、ジラシス大司教、マスター。この子が二人の話に着いてこられなくて困っていますよ」

「……そうだな。すまない、余り良くない面を見せてしまったようだ」

「チッ」


間に挟まるように、赤髪の男が入ってくる。禿頭が舌打ちすると、二人は一歩引いて言い争いが収まった。


「ああ、私はザペルと言います。もし家族として一緒に暮らせるならば、私は嬉しいです」


そう男が言うと、笑顔を湛えたまま手袋を嵌めた手を差し出してくる。

胡散臭い男だ――私の彼への第一印象は、余り良いものではなかった。

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