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第一話

馬車の客車から外を覗く。真新しい道路が眩しく映る。これはスラムの住人も使って公共事業として設けたものだ。

人数の力と死んだ貴族の貯め込んでいた金で行ったこの事業は、あっという間にスラムには不釣り合いなこの大通りを設ける事が出来た。

スラムがスラムである理由の一つに、交通の悪さがある。無秩序に建てられた住居が迷路のように絡み合い、地元の住民しか道が分からない程複雑になっているのだ。

この大通りさえあれば馬車も通れるし、例え現在地が分からなくなってもこの道に沿っていけば南、東、西に区分けされた地区に行くことが出来る。

まだ計画段階だが、水路も引いて他の地区のように整備するのも考えている。今はスラムと呼ばれるこの場所も見た目を他と変わらぬようにすればいつかはスラムだった場所になるだろう。

その過程で生まれる雇用は膨大だ。一時的な物だが、これで働き手が技術を持つ事が出来れば次に繋げられる。


「それにしても、やってくれましたね女王陛下」


対面に座る執事が眉をひそめて私を見ている。

胸に付けた略綬が複数増えていた。私が働きを認め先日授けた物だ、一つは彼女を貴族として正式に認める物でもある。


「何も聞かされていないのに、手伝ったせいで私も立派な共犯者です。クビの話は無かった事にされ、貴族の大半が居なくなったせいで仕事が集中してもう最後に寝たのがいつか覚えてませんよ」

「次の象徴を授ける運命が見えます」

「私の事、勲章を動力にする人形だと思っていませんか」


そんな事を言っても、貰えたら貰えたで嬉しい事を私は知っている。

彼女の部屋のベッドには、勲章が飾られていた。寝る時は敢えて勲章に囲まれるように彼女は休んでいるのだ。


「おまけに、いつの間にか執事兼女王相談役とか前代未聞のポストが出来てますし……何処に政も行う使用人が居るんですか?」

「政治は総て余と股肱の臣を信憑しなさい。ただ、貴女を国政に参与させないのは、身体に鎖を巻く事に等しいのです」

「要するに、前の立場だと無理だった国家機密を話す場にも私を連れていきたいのですね」


私が彼女を今も側に置いているのは、彼女が有能なのと、死神様の眷属だと思われるのがまず有るが、私が告げる真実の言葉を理解出来る数少ない者だからでもある。

――王宮に居る選別された者は見込みが有るとはいえ、まだ覚醒(めざめ)が遠いのだ。


「ですが、本当に暫く言葉通り走り回っている状況なので何とかして下さい。何で執事の私が君側の奸として死んだ貴族の息子から私兵を差し向けられなくてはいけないのですか」

「貴女には些細な事――」

「まあコレ一つなら別になんともないですけど、今の私は頻繁に暗殺者が来る女王陛下の護衛をしながら、側仕えとして身の回りの世話をし、部下の監督や事務作業もして、地方の反乱の芽を摘み、私への刺客も処理している状況なので……毎回下手人を捕縛してるせいで王宮の牢屋も囚人が立って寝てる状況ですよ」

「血肉を縦に割れば、二人の貴女が生まれるでしょう。例え片割れでも貴女なら万全な筈」

「えっ何無茶言ってるんですか……」


死神様の眷属ならば出来ると思ったのだが……やはりあの力は死神様だけの能力なのだろう。

ちなみに、私も出来るのではないかと試してみようとしたが身体が動かなかった。


「それより、そろそろ着きますよ、伏魔殿とか呼ばれている所に……いえ、もう跡地でしたか。それより、どうやら悪魔は居ないようですね、気配からして小さい体重の女性が一人しか居ません」


流石は死神様、あの人とは別の悪魔を飼っているのだろう。儀式に使う悪魔の心臓が中々手に入らないので、少し貰えないだろうか……。


「――恐らく眷属の一人にして影を歩む者……サラちゃんですね」


馬車が目的地の前に止まると、彼女が先に出て準備をしてくれる。

今の状況は昔と比べて遥かに良くなっているが、早く二人にも会いたいのにこうして足止めされるのは煩わしく感じる。


「どうぞ、足元に気を付けて――後、これも言っておきますが余り評判の悪い場所に行くのは止めて貰えませんか?一部の貴族は傀儡の操手が変わっただけだと悩んでましたよ」

「総ては余の意思のままです」

「いや、傀儡では無いのは私も解っているんですけどね。世間体も考えて下さい」


客車から降りると、馬車は近くに作った専用の車庫の中へと向かっていった。

これはここに通いやすいように新しく作ったものだ。国のトップならばこの程度のワガママも構わないだろう。


「曲者ですね」

「うにゃああああああああ!?」


いつの間にか私に近付いていたらしいサラちゃんが、執事に捕まって足首を掴まれ宙吊りにされてしまった。

スカートがめくれて下着が丸見えになってしまっている。


「余の友人です」

「――これが?妙に訓練されている者ですが……まあ良いでしょう」


彼女が手を離すと、サラちゃんは受け身を取って身構える。


「ちょ、エルちゃんこんな人連れてくるならちゃんと私の事伝えといてよ!いきなり捕まってビックリしたんだからね!」

「真に影に同化すれば、誰も貴女を捉えられぬでしょう」

「うう、修行不足なのは自覚してるけど……」


門扉を開けて、敷地の中にサラちゃんは招待してくれます。

執事も後に続こうとしたのですが、サラちゃんが両手を広げて止めました。


「ここは関係者以外立入禁止ですっ!」

「――貴女はここで暫しの時間を」

「構いませんが――お前、この敷地内ならばお前が手を掛けるより私の方が速い。変な気を起こすなよ」

「は、はい」


中に入って、ボロボロになってしまった館まで歩く。

今日、この場所に来たのは魔遺物を回収しに来たのだ。死神様からは手紙で許可を取っている。

館は燃えてしまったが、無事なのもあるかも知れないし、どうやら私の知らない区画に保管されている物も有るらしく今日はそれを見せてくれるとの事だった。


「死神様のお身体はもう大丈夫なのですか?」

「流石にボスも今は別の場所で休養中だね。まあ、そのうち元気になって色々やりだすと思うよ。ホントは地下で休んだ方が良いと思ったんだけど、太陽の光に当たらないと身体に悪いからって行っちゃった」

「死神様は夜の神でもあります……敢えて日光に当たる事で自らに試練を課しているのですね」

「…………まあそんな感じかな」


先程までは外部の者が居たので女王の言動だったが、今はただの死神様の眷属の一人として気持ちを切り替える。サラちゃんも同じ立場の私が尊大な態度では良く思わないだろう。


サラちゃんは建物があった場所の瓦礫をどけると、床に地下室の入り口が現れた。この場所は私も入った事が有るが、こんな階段は無かった筈だ。恐らく普段は隠されていたのだろう。

中に入ると、明かりが無いため真っ暗だった。サラちゃんはロウソクに火を付けながら中へと入っていく。


「ここは……どのような場所でしょうか。生贄を神へと捧げる所ですか?」

「どうしたらそんな場所だと予想するのか私にはわからないけど……ここは以前の暗殺ギルドの本部だった場所だよ……『光あれ』」


地下の階段を一番下まで降りると、サラちゃんは目の前の不思議な紋章が描かれた扉に向かって呪文を呟く。

すると、扉が勝手に――という事はなく、サラちゃんはそのまま一番下の溝に手を入れて扉を上にせり上げていった。結構残念だった。

中は暗くて全貌は見えないが中には広い空間がある。それにしても、暗殺ギルドとは……何故だろう、妙に心臓の鼓動が速くなっていく。まるで魔術書を読んだ時のような――


「ああ、さっきの言葉は一応この扉を通る時に言う言葉でさ、もう意味は無いんだけどボスが形式は大事だからって辞めてないんだ」

「そうなのですか……それより、暗殺ギルドの事をご教示下さい!まるで、甘い蜜のような響きがします」

「言ってなかったっけ?上に有った館が今の暗殺ギルドの本部だった場所で、ボスがトップ、私とシドラさんが構成員だって」


等間隔に並べられたロウソクに火を灯しながら、サラちゃんは言った。完全に初耳だった。


「まあ、ボスももう引退しているようなものだし、シドラさんは正式な暗殺者じゃないから昔みたいな活動をしてるのは私だけなんだけど」

「知りませんでした……私も構成員にしてくれませんか?」

「えっ……じゃあ、今からエルちゃんも暗殺ギルドのメンバーになりました。後でボスに言っとくね、多分許可貰えるだろうし」


ああ、これで女王で魔術師且つ暗殺ギルド員で死神様の眷属になれた。

今は称号だけだが、まるで新たな力を授かったかのようで高揚する。


「昔はもっと人が居て賑やかだったんだけどね。色々あって私達だけになっちゃった」

「是非そちらもご教示下さい」

「やけに食い付きが良いね……じゃあ、ちょっと話が長くなるから色々準備してくるね」


サラちゃんが奥の部屋に入っていく。王宮で死神様の事を少しでも知りたくて情報を集めたが、結局分からない事が増えただけだった。

私如きが死神様の事を知ろうなどおこがましいのかも知れないが、過去を知ることで死神様の一端に触れられるならばこれほど嬉しい事はない。


身体が熱くなる気がした。

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