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第十五話


死神様の元から離れ、王宮と言う名の壊れた箱庭へと私は戻ってきた。

戻ってきた私の姿を見た者の態度は人それぞれだった。何故戻ってきたのかと言う者、興味無さそうに普段の仕事を続ける者、私の変わりぶりに驚く者――

以前はまるで無機物のように見ていたそれらは、意外に感情豊かなのだなと漠然と思った。


「女王め、死んでいればいいものを……」


魔術師の正装から着替えて、使用人を従えながら歩みを進める私に聞こえるように貴族の一人が呟いた。

私の命は既に死神様のもの。もう勝手に死ぬわけにはいかないのだ。


「余が命を捧げるのは死神様のみ。何人たりとも自由にはさせない」

「フン、悪魔に心を壊されたか。まあ、人形が壊れた人形になっただけで支障にはなるまい」


心を壊された?まあ、今の私にそういう感想を持つのも人間か。しかし、未だに世界の真実を知らないお前たちが本来は異常なのだと知れ。

――もっとも、もうそんな時間なんて私が与える事はないが。


「無事なのは嬉しいのですが、戻ってきてくれたのは素直に喜んで良いのでしょうか……正直、今の王宮は女王陛下の居心地の良い場所だとは思いませんが」


護衛も兼ねた側仕えの執事が、魔術師の正装から着替えて自室へと戻ってきた私の様子を見て、安堵のため息をついていた。

かつての私なら、そんな様子に気付く事なく、声も聞こえる事なく無気力に過ごしていたただろう。だが、世界が色付いた今となっては、見えていなかった私の味方が輝くように瞳に映っていた。

私は王宮で一人では無かったのだ。この力をくれた死神様の優しさを感じて、心が星のきらめきのように輝いていく。


「余は覚醒(めざめ)たのです。そして、課せられた宿命(さだめ)を乗り越えるために、こうして舞い戻ってきました」


館で過ごした期間は短かったが、濃密で私を変えさせるには十分なものだった。残念ながら知識は燃え落ちてしまったが、あの場所で学んだ事は今も私の中に息づいている。

次は何の魔術を行おうか、考えただけで笑みが溢れてしまう。王宮ならば手に入る物も多くなる、更に大規模な儀式も行えるだろう。


「失礼ですが、かなり雰囲気が変わりましたね。以前は私の言葉に全く反応していなかったのに、返事をしてもらえるとは……女王陛下を連れ去った悪魔に感謝はしたくありませんが、良い方向に向かってくれるなら怪我の功名でしょうか」

「連れ去った?いいえ、余を導いてくれたのです。薄汚れた現世から、温かくも、暗い闇の底の底へと」

「女王陛下ってそんなキャラなんですね。まあ、私も昔は似た事言ってましたから人の事言えませんが……」


そう言いながら、淀みない動きで黒い手袋を嵌めた執事が私に紅茶を淹れてくれる。

身体の奥に、確かなオーラを感じる。やはり、この人も死神様と近い存在なのだろう。


「それにしても、聞いて下さいよ。女王陛下が攫われた時に救出作戦という名目で軍を出す事になったのですが、女王陛下は要らないから王徴だけ持ってこいって話になりまして、流石に私も怒って不敬な連中をボコボコにして治療院送りにしてやりました。全く、どこが救出作戦なのでしょうね」


彼女は自分のお茶も淹れると、椅子に座ってテーブルに並べられたお菓子を食べ始める。先程の完璧な動きと、まるで童女のようにお菓子を頬張る今の姿のギャップに笑みが溢れてしまう。

思えば、死神様も独特なユーモアがある人だった。ただ、時折見せる心の闇に当時の私は震えていたものだ、今ではその雰囲気は愛おしいが。


「やっぱり最上級のお菓子は一味違いますね……それで、お陰さまで私はクビです。最初は投獄されるかと思いましたが、意外と庇ってくれた人が多くて助かりました。女王陛下、貴女は一人だと思っているかも知れませんが、案外味方は多いかも知れませんよ」

「万物を見通すとまでは言いませんが、今の余は一つ上の階位に居ます。余の忠実なる下僕となれる者の選別など造作もない事です」


千里眼の儀式と読心の儀式は済ませてある。はっきりと視えるわけでは無いが、何となくこの王宮に居る者の意図が読めるようになった。

これならば後の作業も問題ないだろう……後は協力者だ、私一人では出来る事に限界がある。ただ、こちらも困らなさそうなのが幸いだった。

やはり、死神様と出会ってから全てが好転している。


「それならば良いのですが。まあ、そんなわけなので無礼な態度だとは思いますが女王陛下には最後なので私の本音を知ってもらいたかったんですよ。あ、もちろん目に余ったら不敬罪で投獄されても構いませんので。すぐ脱獄して身を隠しますが」


私も、目の前に並べられたものに口を付ける。死神様の所で食べた物より一つ落ちるが、甘くて活力がみなぎってきそうだ。

そういえば、いつの間にか食べ物の味もわかるようになっていた。これも死神様の祝福だろう。


「クビになったのは残念ですが、いい機会だったかも知れませんね。都会で身を立てるという私の夢も十分叶いましたし、後の長い人生はゆっくり暮らそうかと思っています」

「――ならば、最後に余の願いを聞いて貰えませんか?」


私を導いてくれた死神様へ少しでも思いを返す為に必要な物と事柄が書かれた紙を彼女へ渡す。

執事は唸り声を上げながらその紙を訝しげに見ていた。仕方ないだろう、以前の私ならば決してこのような頼みはしなかった。

だが、彼女ならば私の頼みを聞いてくれると確信している。


「随分変わった物を欲しがりますね。それに、紙に書かれた者を呼ぶのも構いませんが、この方達は皆あまり女王陛下に良い感情を持っていませんよ?」

「それが良いのです」


私がそう言うと、彼女は椅子から立ち上がり膝を折って臣下の礼をする。先程までの少女の雰囲気は消え失せ、そこには底冷えするような気配を持った者が居た。


「畏まりました、女王陛下。最後の仕事としてお役目を全力で果たさせて頂きます。それでは、早速事を始めますので失礼致します」

「――それと」

「何でしょう?」

「死神様に、奉謝を告げて下さい」

「……死神?ああ、女王陛下を救うために向かった事は噂として聞いています。女王様が戻られたのはそのお陰ですか」

「ええ、余は死神様に救済されました」


死神様に救われなければ、今の私はここに居ないだろう。

これからもこの感謝の気持ちを返していくつもりだが、それとは別に今できる事もしたかった。


「正直あの人は苦手ですが、それならば見舞金と勲章を私の力でなんとかしましょう」


一礼すると、全く音を立てずにこの部屋を後にしていく。

きっと仕事を完遂してくれるだろう。彼女は、私に与えてくれた死神様の眷属なのだから。



死神様はきっと今も世界を救済する為に動いている。数多の命を奪い、身体を血で汚し、その血肉を喰らっているのだろう。


その力の一つに私もなれるならば、これ程嬉しいことはない。あの人は私を目覚めさせてくれたのだから。

だから、そのお仕事が終わった時には必ず私の事を連れて行ってほしい。死神様の故郷――冥府へと。

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