第十四話
確かな手応えと、骨を断ち切る音がした。奴の頭が落ちて、部屋の隅へと転がっていく。
「ハァ……ハァ……」
終わったのだと実感すると、必死に動かしていた身体が限界だと悲鳴を上げてくる。
私の前に立った者は分も持たずに息絶えてきた。ザペル、お前は間違いなく今まで戦った中で一番厄介な奴だったよ。
しかし、妙だったな。もっと足掻くかと思ったが、最後は自分から首を差し出したような気がする。
それに、もっと負傷させられるような場面でも敢えて見逃したり手加減しているように感じた所もあった。馬鹿な奴だ、それで死んでいては世話がないだろうに。
いや、もういいか。既に死んだ者の事を考えても仕方がない。
それより、私は勝ったのだ。心の中で抑えてきた震えが今になって表れてくる。こんなに本気で剣を振るったのは初めてだった。何度も死を覚悟した。
しかし――私は生き残った。徐々に心の中が歓喜の声でざわついてくる。私の奥にあった奴への恐怖が霧散していき、全能感が支配していく。
本当はこの感覚にずっと浸っていたいが、今もこの部屋は火が広がりつつあり煙が出ている。早く外に出なければ、勝ったが死にましたでは笑えない。
「――ご主人様」
ふらり、と――服装からして、この館で働いている使用人だろうか――女が現れて、ザペルの死体に縋り付く。
逃げる気配は無い。まさか奴と一緒に心中する気だろうか、酔狂な女も居るものだ……。
まあ、こんな場所で働いている者なのだ、きっとコイツも正気では無いだろう。
「おい、外に出るぞ」
呆然としている女王の腕を取って、この場所を後にしようとする。
が、女王はあの男の死体がある方向を凝視したまま動こうとしない。お前も焼け死ぬ気か?
悪魔も厄介な置き土産を残したものだ、彼女が元に戻るには暫くの時間が必要になるだろう。
「死神様……やはり貴方は死をも超越している御方なのですね、僅かでも疑った私をお許し下さい」
相変わらず意味不明な言葉を、クソッ無理矢理連れて行くか―――
「人体切断マジックって有るよな、ずっと疑問に思っていたんだ。確かに斬られているのに、何で生きているんだろうってな」
――は?何故、あの男の声がする?
いけないな、余りにも奴を殺したのが愉しすぎて幻聴でも聞こえているのか。
「ご、ご主人様、一体――」
あのメイドも声を震わせていた。一体何なんだ?振り向いて様子を見る。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッ」
――奴の死体が、目の前で立ち上がってこちら向いていた。
な、何で、どうして?
奴が、奴が動いている!首が無いというのに!?化物か!?
「別にタネも仕掛けも無かったんだな。いやあ、驚いたぜ」
奴は転がっていた頭を手にとって、顔をこちらに向けて床に置いた。
常軌を逸している!まるで、何か悪夢を見ているようだ。比喩なんかじゃない、コイツは本当に化物なのか!?
――い、いや、この光景は見覚えがある!以前他の三人との会合で襲撃が有った時に、今のコイツと似たような出来事があった……。
「お前……お前ッ――三蛇会の薬を使ったなぁぁぁ!」
手が震えて、全身の力が抜け思わず座り込む。あの後、簡単に薬の効能は三蛇会の男から奴も含めて聞かされていた。
そういえば、私の剣が腕に当たった時に、痛みに苦しんでいるように見えなかった。あの時はただのポーカーフェイスなだけだと思っていたが、薬の効果で痛みを感じていないならば納得出来る。
それに、会合の時、あんなに多く居た亡者が私にだけ襲いかかって、奴には全く興味を示さなかった!あの時には既に使っていたのか……。
だが、奴の知能は低下しているようには見えない!一体どんな仕組みなんだ!?
奴の事だ、薬を使ったらどうなるかを知らなかったという事は無いだろう。何か大丈夫だという確信が有った筈だ。
しかし、それでもあんな薬を自分に与えるとは尋常な精神では出来ない。何故今まで成功しているのに、いきなり廃人になるかも知れないリスクを取る必要がある!?
――悪魔。奴の渾名が私の頭によぎった。
「良くわからないが、そろそろ終わりにしようぜ?もう限界だ」
血を流し、首の無いままこちらに悪魔が近付いてくる。
落ち着け、大丈夫だ。あの時のように、細切れにして動かなくしてしまえばいい!斬って、斬って、斬って、斬って――――
「来るなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
何故私の剣は震えているんだ――?
………
……
…
顎を掠めるように拳を振るって、アンブレラさんを失神させます。隙だらけでしたし、最後はあっけなかったですね。
それにしても、不思議な感覚です。思考は頭で考えているのに、身体も僅かに意識があるような気がします。
まるで、起きている自分と寝ぼけている自分、二人に分裂したみたいですね。
「ご主人様!以前三蛇会の方が置いていった薬は何処にあるのです!?」
シドラさんが小走りで私の頭の方に近付いて訪ねてきます。かなり驚いていますね、いつも落ち着いている彼女にしては珍しいです。
「だって、折角貰ったのですし、ちゃんと飲まなきゃ失礼じゃありませんか?」
客先で出された食事は毎回ちゃんと全部食べてから帰りますよ。その方が相手も喜びますからね。
「そ、そんな……それより、一体何故――」
「そろそろ外に出ましょうよ。そういえば、サラちゃんは何処に居るんですか?」
「……街の外に出たご主人様を見失って、探しに行ったまま帰ってきてません」
「良かった。私はアンブレラさんを連れていくので、シドラさんは私の頭とグラディエルちゃんをお願いします。あ、目は常に身体の方に向けてもらえませんか?」
「か、畏まりました」
シドラさんがゆっくりと私の頭を抱えてくれます。聞いた話ですが、結構頭って重いらしいのですよね。
「死を司る神にして矮小なる者の導き手、ザペル様。どうか、我が身にもそのチカラの一部をご教授下さい――」
「それは後にしましょう」
アンブレラさんを片腕で背負っていると目を輝かせてグラディエルちゃんが私の身体の方に近付いてきますが、私の頭を抱えたシドラさんが空いた手で引っ張っていきます。
幸い玄関は近い上に今はドアが無いので、それほど時間も掛からず外に出れました。最後にシドラさんが入り口側で何かを動かしていましたね。
自分で設計しといてなんですが、色々盛り込み過ぎて何だったか忘れてしまいました。
家から離れると、気を失ったアンブレラさんを壁に寄りかからせるように座らせます。ようやく一息つけますね。
それにしても、すっかり雨も上がっています。ここ数日雨だったのでやっと洗濯物を外で干せそうですね。
あ、でも、このままだと洗濯物も燃えてしまいますか。妹に怒られてしまいます。
「ああ、魔術書が、神秘が……今も羽ばたく不死鳥よ、どうか知識だけはお赦し下さい――」
外に出て危なかったのを実感したのでしょうか、グラディエルちゃんが膝を折って祈るように呟やいています。
持っていた杖はそのまま置いていってくれたみたいですね。あれはちょっと私から見ても似合ってなかったので燃えてくれてよかったです。
「ご主人様、とりあえずそのままではいけないので縫合を――」
シドラさんが裁縫用の針を持って私の身体の方に近付いてきます。
「これ、縫えば治りますかね……?」
「……分かりませんが、くっつけば人として生活出来るかと」
長い髪を糸代わりに、私の首を丁寧に縫っていきます。シドラさん裁縫も得意だったんですね、相変わらず多芸です。
それにしても……これからどうしましょうね。家も燃えちゃいましたし。
「暫くは宿屋で生活する事になりますね。宿の料理が楽しみです」
「私はご主人様の元に居ますが……出来れば無茶をする時はお伝え下さい」
別に無茶なんて一度もしていませんが……シドラさんは心配性ですね。
ああ、そうだ。これからまた出費が嵩むでしょうし、このまま無職では居られませんね。
「シドラさん、良いこと考えました。折角新しい芸が身についたのですから、マジシャンとしてデビューすれば――」
「止めて下さい」
シドラさんに即座に却下されてしまいました。結構良い考えだと思ったんですけどね……。
ああ、グラディエルちゃんの事も考えなくてはいけませんね。
「グラディエルちゃん。残念ですが、もう家もこんな状態ですので、そろそろ帰りましょうね?家に着くまではシドラさんが手伝ってくれますので」
本当は私が行きたいのですが、今は見ての通りですからね。
「いえ、我が身一つで大丈夫です。私も時の流れが今こそ運命を告げると思っておりました。これより全てを死神様の為に捧げましょう」
相変わらずグラディエルちゃんの言葉は難しいですね、殆ど理解できません。後、私は死神ではなくザペルですよ。
「それは良かったですね……ああ、落ち着いたら家を建て直すので、その時にはまた遊びに来て下さい。いつでも歓迎しますよ」
「死神様に感謝を――オムニア・ベネディクトゥス」
まあ、お家へ戻ってくれるならば大丈夫でしょう。私の言葉に、グラディエルちゃんは跪くと胸に手を当てて答えます。
そのまま、この場から離れていきました。一人で大丈夫でしょうか……それにしても、不思議な子でした。
「ご主人様に従いますが、本当に彼女を帰して良かったのでしょうか……」
当たり前じゃないですか。親御さんも心配していますからね。
現代に生きる私達は教育を受けているのでどうすれば人は死ぬのかは分かりますが、ザペル君はマトモな教育機関の無い田舎で親も亡くして畑仕事をしていたので最低限の知識しかありませんでした。
普通はそれでも街に来た時に徐々に常識を覚えていくのですが、不幸な事にザペル君と関わった人は非常識な方ばかりだったのです。




