第十二話
「……分かりました。では、お相手しましょう。貴女の言う通り、私が『魔王』で貴女が『勇者』ということで」
片腕を横に振るい、大仰な身振りと芝居がかった口調で、悪魔は私に告げる。
まるで子供向けの童話のような設定だ。しかし、これからの命のやり取りを思うと剣を握った手に力が入る。
「アンタ、聞こえてるなら邪魔にならない所に居なさい」
「神話の戦いが始まると言うのですね……小さき我が身が生き証人になれるとは、これも運命なのでしょうか」
脇に居た娘に離れるように言うが、聞こえていないようだったので手で突き飛ばす。
小さく悲鳴を上げて、女王は壁まで下がって尻もちをついた。
「いけませんよ。お姫様に乱暴しては」
私の行動を目の前の男が咎める。散々娘を好き放題した、お前が言うな……!
「お前が言うなッ!」
握っていた剣を、身体をしならせ大きく振りかぶって投擲する。目標はあの変わらぬ張り付いた笑みを浮かべた顔だ。
殆どの敵はこの投擲で死ぬ。問題は目の前の悪魔が雑魚かどうかだ。
今まで本気で戦った事は無かった。だが、これから奴が本物なのか証明される。
「綺麗な剣ですね」
鈍い風切り音を響かせた剣は、奴に一直線に飛んでいくが、あと少しの所で刀身を握られ止められる。
そのまま私の剣を眺めて感想を言う余裕もあるくらいだ。薄々気がついていたが、やはり雑魚ではない……!
だが、これで終わりではない。投擲はあくまで目眩ましだ。もう既に私はザペルの前へと肉薄している。
新たに抜いた剣を右肩から上段に振り下ろす。全身を使い、間合いも切っ先が食い込む距離だ。
だが、身体に触れる直前、奴は空いた左手で剣身を抑えて私の剣を反らした。
振りきった後で隙が出来るのを嫌った私は、当たらないと確信した剣を手放し、大きく飛び退いて距離を取る。
「お返ししますよ」
まだ鞘に二本得物があるとはいえ、今の私は何も抜いていない無手の状態だ。
先程の動きからして、ザペルの格闘技術は一線を超えている。同じ条件なら勝機が有ると思うはず。
だが、ザペルは一旦下がった私を追撃する事もなく、手に持った一本と手放した一本を拾いあげて、私に投げ返した。
放物線を描いて戻ってきた剣を、片手に一本ずつ受け取って片方は鞘に戻す。
てっきり先程の私と同じように、投げた剣を手に取った隙を狙うかとも思ったが、そのつもりも無さそうだ。
「余裕のつもりか?」
「いえいえ、こんな高価そうな物、私が持ってて壊れたら大変ですからね。弁償し切れません」
毎度の事ながらふざけた発言だ。しかし、お陰で本心が見えない。私が剣を使うことで、奴が有利になるのか……?
ならば、別のやり方で挑むべきか。
握っていた剣を全て鞘に戻すと、再び、足を縮めた後のバネのように動かし接敵する。しかし、剣の間合いに入っても鞘から抜かない。
以前奴が三蛇会のトップと戦っていた時を思い出す。奴は敵の動きに合わせて体術を使っていた。
水月を狙い突くように拳を繰り出す。顔面を狙うと躱される可能性が高くなるが、身体を狙うならば回避されてからの迎撃は受けづらい筈だ。
「……?予備の剣は使わないのですか?」
私の手首が掴まれたと思った瞬間。ザペルの身体が沈む。
肩から担がれるように背負われた私は、接敵する勢いも利用されて投げ飛ばされた。急いで転がるように受け身を取って、追撃に備えて構える。
チッ、不利なのは分かっていたが、相手の間合いに立った瞬間こんなにあっさり打ち負けるとは……投げる時に手を離されなかったら、そのまま床に叩きつけられていただろう。
奴の手の触れる間合いに入るのは危険だ。しかし、入らなくては先程の行為の意味が分からない。
もし剣を使うことで致命的な事が起こるのならば、このまま剣を使う事は――
――いや、もしかして私を体術の間合いに入れる為に敢えて剣を返したのか?
剣を使わせる事に疑心暗鬼を生じさせ、私の行動を縛ったのだ。それならば納得出来る……現に愚かにも相手の得意な超接近戦を挑んでしまった。
何故私を掴んだ時に、そのまま最後まで投げ切らなかったか理由はわからないが……。
「それにしても、こうして遊んだのは久しぶりです」
ゆっくりと、ザペルが歩いてくる。
所詮、奴にとっては戦いというものは遊びなのか、それとも、私程度なら遊びと変わらないという挑発なのか……。
何れにせよ、命のやりとりを遊びと表現出来る精神は異常だった。
それに、怒り、絶望、悲しみ――普通なら鉄火場ではこのような感情が表に出てくる筈だ。
しかし、こうして一戦を交えても、奴の表情は笑顔が張り付いたままで感情は平坦のままに見えた。
まるで、空気か人形と戦っているかのような錯覚を感じる。
「ああ、いけませんね――今の私は魔王でした。ならば、魔王らしく振る舞いませんと」
奴の空気が変わった気がした。
威圧感だ。今まで感じなかった重圧が、私にのしかかってくる。これが、奴の本気か――?
「今まで何千回とこの遊びを繰り返して来たが――やっぱり慣れんな」
張り付いた笑顔が、仮面を外したかのように抜け落ちていく……やはりというか、思っていた通りだった。
奴は相手と戦うことに慣れている。例えば最初の投擲、アレは動きが見えている者ならば殆ど避けるような攻撃だろう。掴んだのは今まで何度も似たような攻撃をされて、それをああして捌いていたからだ。
そして、私の剣を逸した技。あの一撃はまだ奴に見せた事のない私の持つ全力の一つだった。それをいともたやすく――
奴の言葉の通り、何千回も命のやりとりをしなくては習得出来ない、一つの到達点だろう。
「さあ、行くぞ勇者よ。この『俺』が相手をしてやるのだ。せいぜい楽しませろ――」
――奴の姿が消えた。
胸の所に悪寒を感じて、腕を十字にして身構える。響く衝撃。勢いを逃がすために、大きく吹き飛んで扉を巻き込みながら隣の部屋に飛び込む。
大部屋だが使われていない部屋なのだろう。家具が殆どなく、木くずや埃が辺りに散らばっていく。
「グッ……」
不思議だ。腕を二本使って防いだはずなのに、奴の拳の威力が身体に響いてくる。
私も怪力女やら化物と言われているし、剣で人間を真っ二つにする事が出来るが、それは全身の動き、相手の力量、剣の質三つの条件が上手く重なった時にしか出来ない。
だが、奴の拳はどうだ?腰が入っているが、しっかり防いでる筈なのに身体が浮くほどの威力を私に与えてくる。
これが筋肉ダルマの一撃ならわかるのだが、奴は私と体型がそれほど変わらない。
そう言えば、以前の会合の時には何とも思わなかったが、奴は自分より体格の良い武装した男を横抱きに持ち上げて、そのまま三階にある部屋まで運んでいった。
まさに化物染みた筋力だ。一体どうなっている?
「大丈夫か?――ああ、物を壊すのは気にしなくていい。俺は大工も趣味だからな」
隣の部屋まで吹き飛んだ私を見下ろしながら、ザペルは悠々と後を追ってきた。
「フン、残念ね。アンタが好きな物弄り、これが終わったら二度と出来ないわよ」
鞘から剣を抜いて、片手で軽く横に薙いで牽制する。
リーチは私の方が長い。要は奴の間合いに入らなければ良いのだ。
「見えてるんだよ」
剣が跳ね上げられ、頭上を通過していく。奴はそのまま潜り込むように私の前へと踏み込んだ。
跳ね上げられた時点で剣を手放していた私は、刃渡りが短い剣を選んで迫りくる拳に合わせるように剣を振るう。
振り切る前を狙われ、腕が伸びると剣身を直接受け止められる。
そのまま掌ごと切ろうと思ったが、手袋が滑りすぎて上手く斬る事が出来ない。仕方なくまた強く奴を蹴って距離を取る。
近くで見てみると、あの手袋……服もそうだが、刃が上手く通らないように加工してあるな。もちろん、突きは通るだろうし上手く当てることが出来れば斬れるだろうが、掠めただけでは駄目だろう。
それでいて、指の部分は物を持つのは阻害されないように出来ている、特別な一本の糸から職人が少しづつ加工しなければならない、コストが高すぎて一般ではまず出回らない一点物だ。
それこそ、国が用意しないといけないような代物だろう。どうやって手に入れたのだ?
何れにしても、私にとっては向かい風だ。趣味では無いが、ちまちま傷を負わせて弱った所を狙うという事もやり辛い。
だが、いつまでも余裕な表情でいられるとは思うなよ――
明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。
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