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第六話


私がこの館へと連れられてから、暫く経った。

前の自分は随分と酷い状態だったと思う。ここの主人の言葉の受け売りだが、何も無い時間が私を癒やしたのだろうか。



この館に居る人は不思議な人ばかりだ。死を運ぶ主人、時の止まった従者、姿の見えない暗殺者――


始めに感じたのは死の匂いだった。

ここの主人――ザペル様は死神だ。少なくとも、この世の人間では無いと思えた。


初めて街で見た時の、ボロ布を身に纏っているのにもかかわらず、それが自然であるかのように歩く姿。

周りの人は彼をまるで認識していないかのように扱っていた。あの人が時折街の人を呼び止めても、声を掛けられた人は一瞥もする事もなく彼の前を去っていく。


あんなにも強い香りを放っているのに、何故だれも彼を見ないの?


濃厚な死の匂い、この場で私しか認識出来ない姿――私は直感した、あの方は死神だと。

私にしか見えないのは、私が終わりを望んでいたからだ。



目の前の死が無気力だった私を衝動的に動かした。そのまま彼の後を追い続ける。

そのまま彼は一つの建物に、誰にも止められる事なく入っていった。

きっと、建物の中に最期を迎えようとする人が居て、あの方は無慈悲に命を奪いに行ったのだ。


建物で出来た影に座り込んで、私はじっと扉が開くのを待った。

――あの人こそ私を救ってくれる人だと思ったから。




しばらく経って、扉が開いて彼が出てきた。

初めは誰だか分からなかった。出てきた彼は余りにも先程の様子と違いすぎたから。

王宮の使用人のようなキッチリとした黒と白で統一された服装に身を包んだ姿は、まるで普通の人間のようだった。

でも、私には先程の人と同一なのは理解出来た――死の匂いが僅かに残っていたから。


――ああ、仕事が終わったのね。

今は世を歩くための人間に似せた仮の姿。前はきっと死神としての本来の姿なのだと私は気付いた。


彼は私を見る事なく、雑踏へと向かっていく。

道行く人も、あの人が人間としての姿になってようやく認識出来るようになったようで、道を譲る人や恐れるような表情をする人が見られた。

例え人間の姿でも、あの人から染み出す恐怖には普通の人は影響されてしまうのだ。


そして、日が差し込まない暗い路地裏へと彼は入っていく。

追いかけようと一歩踏み出そうとして、私は立ち止まった。ここから先に進んでしまってはもう戻れないと直感したから。

少し考えて、私は歩き出した。人生に未練は無かった。ただ、今まで私の事を心配してくれて未来を託してくれたお兄様達に心の中で一言謝った。


「あ……」


少し歩くと、前に人だったものが倒れていた。

無残に斬りつけられ、顔は苦しみの表情を浮かべていた。あの人が殺したんだ。

死体を見たのは初めてではなかった。でも、このような死に方もあるのだとその時は漠然に思っただけだった。



濡れた服の重さが私の体力を奪い続けて限界が来たのだろう、追いかけてやっと遠くにあの人が見えたと思ったら、私は力が抜けて倒れてしまった。


「大丈夫ですか?」


あの方はようやく私に気付いて、近づくと小さく笑みを浮かべたまま、眉を少し下げてこちらを見てくれた。

近くで聞くと、優しい声だった。思考に霞がかかっていた私は困惑した。もっと怖気がするような声だと勝手に思っていたから。

硬直していた私を立たせると、手を引いてあの方は前を歩いていく。


手袋越しでも体温を感じた。人間ではないと思った私の直感は勘違いだったのか。


「あれが見えますか?鳥たちが食事をしていますよ」


思わず全身が強張った。この人は、今一体何を言ったの?

確かに身体を隠す程の大量のカラスが啄んでいた――先程貴方が殺した筈の死体を。

それを、幼い子どもに言い聞かせるように、優しい声で私に伝える貴方は何なの?

まるで、人間ではないナニかが、無理して人間を演じているような気持ち悪さを感じた。


間違いない、やはり貴方は――死神だ。



………

……



「ご主人様から機密を尋問するようにと言われてますので、今日も失礼します」


シドラさん――ザペル様の従者だ。最初はどう呼べば良いか悩んだが、主人がシドラさんと呼んで下さいと言ったのでそう呼ばせて貰う事にした。

客間に通された私は、向かい合うように従者の方と座った。シドラさんは必要以上に喋らないので私が口を開かないと自然と沈黙が場を支配する。


主人も恐ろしいが、目の前の人も私には恐ろしく感じられた。

彼女は主人が館に居る時には精力的に動き、まるで心が読めるかのようにいつも主人の希望を先回りして用意している。


しかし、家を空けることの多いあの人がこの場所に居ない時は酷く虚ろだった。

普通の人ならば、空いた時間は読書や、趣味を行い時間を潰したりするのだろうが、彼女にはそれは無い。

こうして主人から頼まれた仕事を私に行ってはいるが、それ以外は最低限の家事を済ますと全く動かず、ゼンマイの切れた人形のように椅子に座っていた。

彼女の背中のネジは、主人が居ない限り巻かれないのだとここ数日暮らしていてわかった。


「……もうあらかた話しましたが」


彼女の言葉に、私は静かに答える。

傀儡とはいえ、仮にも私は一国の女王だ。全く知らされていない事もあるだろうが、一般的には知られていない事は全部話した。


「ご主人様がまだ満足しておられないので」


しかし、ザペル様はまだこの情報では不足のようで、今日もこうして従者と顔を突き合わせる日々が続いている。

尋問とはいえ、特に縛られたり拷問されたりということは無いし、退室も自由だが良く知らない人と無言で居ることは居心地が悪かった。


「目的のためなのは分かりますが……」

「では、何か思い出しましたら言ってください」


ザペル様がこの世に来た目的は――世界を手に入れる事だ。この場所に来た時に、ザペル様自身から教えてくれた。


私のような小娘をこの館に連れてきて、この国の事を尋ねてどうしたいのか疑問だった。

思わず尋ねてしまうと、あの人は懐から大陸の地図を取り出して見せてくれた。


電撃が走ったような気分だった。ザペル様の目的は地図に描かれた、この大陸を手に入れる事?

同時に、総毛立つ気分に襲われた――目的が果たされたとして、一体人の世はどうなってしまうのだろう。

それに、ザペル様がこの大陸を支配しただけで満足するとは思わなかった。更に、その手を外の世界に伸ばすだろう。


これを言ったのがただの人間ならば夢物語を、と一蹴していたかも知れない。

ただ、目の前の死神は何ということもなくそれを達成してしまうのだろう――大それた事なのに、まるで普段の会話の延長線上という風に私に教えてくれた、

彼の態度から空恐ろしさを私は感じてしまった。


そして、何故私が今も殺されずにこの場に居るのは、利用出来ると思われたから。

そう考えると他者を無慈悲に殺すあの人に似合わない、私に対する優しい態度がようやく腑に落ちた気がした。

そして、少し前ほど今の私に破滅的感情は無かったが、直ぐに私を終わらせてくれない事がわかって少し残念だった。


「もう何も話す事は出てきません。どうか、私を早く殺してくれませんか?もうあの場所に戻るつもりもありません」

「それ程死にたいならさ、どうして今まで自殺しなかったの?」


突然、隣から声が聞こえてくると鈍い音をたてて、一振りの細長く鋭いナイフが私の前に置かれる。

顔を向けると、私より少し背の小さい子がこっちを見ていた。


彼女はサラという子らしい。この館の主人は『サラちゃん』と呼んでまるで自らの子供のように接している。

相変わらず、全く気配のしない人だった。元々この建物は大きな芸術品や複雑な間取りから隠れる場所は多いが、彼女の気配の断ち方は人間離れしている。

この子に本気で隠れられたら、私は一生見つける事は叶わないだろう。


私がここに連れてこられたのは既に王宮に知られているようで、時折追手がこの館にやってきていた。

その相手を処分しているのは目の前の子だ。私と余り変わらない年齢だと言うのに、毎朝日も出ない内に外で出てはこの館に仕掛けられた人間用の罠に掛かったものを片付けていた。

窓から、あの子が直接追手に止めを刺したのも窓から見たことがある。今目の前に置いたナイフらしきものを使って、静かに館に忍び込んだ人の命を断っていた。

悲鳴は聞こえなかった。大の男を抵抗すらさせずに命を奪うには、どれほどの慣れが必要なのだろう。



それにしても、確かにサラちゃんの言う通りだ、どうして今まで気が付かなかったのだろうか。

置かれたナイフを手に取ってみると、刃の重さが自己主張を始めて、手が震える。取り落とさないうちに、私は喉元へとナイフを導こうとした。


「……」


肌に触れた所で、それ以上腕が動かなかった。

シドラさんはそんな哀れな私からナイフをそっと取り上げると、再び椅子に綺麗に腰掛けて私を見つめ続ける。

わからない。何故私は自分を殺せないの?そんなに私は弱かったの?


気がつくと、ナイフを渡したあの子の姿も消えていた。私の姿に情けなく思っただろうか。


「シドラさん。グラディエルちゃんの家の事は分かりましたか?」


後ろから声を掛けられて、私は背中を氷で刺されたような気分になる。ザペル様だ。

相変わらずあの人は王宮の事を「家」とまるで平民の住居と同列に語っていた。

まさか私が女王だと知らない筈は無いだろう。時折私の事を『姫』と揶揄するように語る時があるのだから。

きっと、死神には人の住処の価値など理解する必要もないのだ。


「申し訳ありません」


死神の従者が立ち上がり、深々と礼をする。


「いえいえ、構いませんよ。グラディエルちゃんも、気が済むまでゆっくりしていって下さいね」


仮面を被ったかのような変わらぬ笑顔で、ザペル様は答えた。今の所、私はあの人の笑顔以外の表情と凪のような感情以外を見たことが無い。

例え出会った時のあの鳥葬のような血腥い話題でも、それは変わらなかった。


「私は少し出ていきます。数日戻りませんので、家を宜しくお願いしますね」

「あ、あの」

「はい?」


踵を返して出ていこうとしたあの人を、私は呼び止めてしまった。


「命を――奪いに行くのですか?」


思わず、そんな当たり前な事を聞いてしまう。でも、面と向かってこの館の主人に所業を聞いた事が無い事を思い出したからだ。


「ええ」


いつもの笑顔のままで、ザペル様は答えてくれた。

この話を書いていて、子供の頃左腕に十字架を模した傷を作ったり、前世の仲間を求めてオカルト雑誌の読者投稿欄にメッセージを送っていたのを思い出して、とても辛かったです。

でも、皆さんもそんな経験ありますよね。


ポイント評価感想有難うございます。励みになります。

誤字報告も有難うございました。ツールを通せば簡単に修正出来る所も有ったのがお恥ずかしい限りです。

誤字は読んでいて目立つ要素の一つなので、改めて気をつけていきたいと思います。

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