第四話
妹の家の玄関に置いてあった傘を借りて、私は再び街へと繰り出します。
雨に降られた人たちが走り出して、どことなく慌ただしい雰囲気を感じますね。
このまま家へと直接帰る所なのですが、普段とは違う街の様子を眺めていたいという気分になりました。
まあ、今の私は自宅への道がわからないので、普通に帰るだけで勝手に寄り道も兼ねてしまうのですが。この先を進めば誰と誰と誰の家だったでしょうか?
まあ北へと進めば家に帰れるのは分かっています。とりあえず北へと向かいましょう。
途中人が密集する露天が並ぶ大通りに出ますが、私が歩くと時々前の人達が通りやすいように道を開けてくれます。優しいですね。
『お兄ちゃん臭い!自分でわからないの!?』
ふと、妹の言葉を思い出します。はっ……危うく勘違いする所でした、まだ妹の言う臭いが消えてないのですね。
でも、ファーの家に行く途中はこんなに避けられませんでしたし、村に行く前からこのような感じで道を譲ってくれるような気がしましたが。
ふと横を見ると、建物の間に二、三人通れる程の小さな道がありました。
この道を通れば大通りをぐるっと回らなくても大丈夫そうですね。時は金なり、ショートカットの為に進みましょう。
一本大通りから離れると、どんどん道が狭くなって入り組んでいきます。私はまっすぐ進みたいのですが……。
それにしても、大通りも賑やかで良いですが、静かなこの場所も趣があると言うのでしょうか、不思議な雰囲気で良いですね。
「おい、お前ここを何処だと思って――い、いえ、なんでもありません」
道を聞こうとしたのでしょうか、路肩で休んでいた男の一人が私の肩を掴みます。困りました、私にはこの辺りが何処なのかわかりません。
そんな私が困ったような顔をしていたのを察してくれたのでしょうか、彼は私をすぐに開放してくれます。
「声を掛けるならば、これからは相手を選ぶ事ですね」
道を尋ねる時は、もっと長く住んでそうな人を選んだほうが良いですよとアドバイスします。
男の人が息を飲んだ気がしました。私が道を知らないのがショックだったのでしょうか。すみません。
あ、そう言えば妹からこの辺りの地図も貰ったのでした。これをあげればこの人が助かるかも知れません。
「もっとも、次はありませんが」
地図を渡したならばもう彼が道を迷うことは無いでしょう。私が見ても良くわかりませんし、それならば少しでも人助けした方が有意義です。
妹からは後で怒られるかも知れませんが、事情を話せば許してくれる筈です。
「クソが!よりによってなんて相手に!おい、コイツに責任を取らせろ!このままじゃ俺達まで消されちまう!」
「あぁ……すみません!俺はそんなつもりじゃ――」
ポケットに手を入れた所で、近くに居た友人達が私に声を掛けた人を引っ張って奥の建物まで入ってしまいました。
肩を抱いて仲が良いですね……羨ましいです。地図を渡せなかったのは残念ですが、彼達の邪魔をするわけにはいきませんね。私はお暇しましょう。
再び私は静かな雰囲気の街を歩き出します。北はどっちでしょうか……もう戻って大通りに出た方が分かりやすい気がしますね。
振り返ろうとした所で、ぱしゃり、と水が跳ねる音がしました。何でしょうか。
見ると、サラちゃん位の女の子が転んで倒れていました。私は道を少し戻ると、その子に手を差し伸べます。
「大丈夫ですか?」
顔はこちらに向けてくれますが、返事はありません。それに、雨にそのまま降られていたのか服が濡れてしまっています。まだ温かい気候ではありますが、身体には良くないでしょう。
私は女の子を抱いて立たせると、傘の中に入れて少し屈んで目線を合わせます。
「家まで送りますよ。道、分かりますか?」
困りました。迷子だと思うのですが、言葉を返してもらえません。
それに、よくよく考えてみると道を教えてもらっても肝心のその道が私には分からないのも問題でした。
「……それでは、私の家に案内しましょう。気が向いたら、貴女の帰る所を教えて下さい」
それならば、と私の家でゆっくりしてもらう事に決めました。幸い男一人だけでなく家には同性も居ますし、この子も心を開いてくれるかも知れません。
手を引くと、女の子もゆっくりと一緒に歩き始めます。出来れば私ではなく前を向いて欲しいのですが……仕方ありません。私がこの子の目になりましょう。
それにしても、何処の子でしょうか。着ている服は少なくとも村で着るような質素なものではないですね。何枚も肌触りの良さそうな布が折り重なっていて、織るのが大変そうです。
それに、胸の辺りに拳程の綺麗な石が飾られています。私もあまり詳しくないですが、宝石というものでしょうか?
長い銀髪も雨に濡れてしまっていますが、しっかりと整えられています。もしかしたら、良いところの子かも知れませんね。
「それにしても、この街は素晴らしいと思いません?ほら、あれが見えますか?鳥たちが食事をしていますよ。自然が少ないこの街ですが、私達以外にもちゃんと生き物が生活しているんですね」
女の子を退屈させまいと、歩きながら私は話し続けようとします。ふと前を見ると、沢山の鳥が何かの餌に集まって鳴いていました。これ幸いと彼女にその様子を伝えます。
子供は小さい動物が好きですからね。返事は相変わらずありませんが聞いてはくれているようで、時折ピクリ、と握られた手が強まります。
「鳥たちを見ていたら、お腹が空いてきました。もう昼も過ぎているでしょうし、貴女も空腹でしょう?よかったら、私の家で食べていって下さい」
他にも、今日の天気はよくありませんがこれはこれで新しい街の様子が見れますとか、家族の事とか、私の友人の事とか、思いついた事をひたすら喋りながら私達は歩き続けました。
徐々に建ち並ぶ物の様子が変わってきます。そろそろ私の家に着きそうですね。私の家は他と比べて目立つのでここまで来たら迷う事はありません。
「お帰りなさいませ」
家の門扉の前に近づくと、シドラさんが迎えてくれます。まるで私が戻ってくるのを分かっていたかのようなタイミングです。
「すみませんが、お風呂と食事の準備をお願い出来ますか?」
「既に出来ております――お客様、宜しければ先に入浴を。着替えも必要ですので」
「良かったですね。すぐにお風呂に入れそうですよ、はい、彼女に付いて行って下さい」
私は一先ずこの子をシドラさんに任せたいのですが、困りました。彼女は握った手を離してくれません。シドラさんもその様子に思わず苦笑していますね。
「嬉しいです。そんなに私の事を気に入って貰えるなんて。でも――貴女とずっと一緒には居られません」
まだ子供とはいえ、流石に男と一緒にお風呂に入るわけにはいきませんからね。
分かってくれたのか、女の子は手を離してゆっくりと前を歩くシドラさんに付いていきます。
「ふー……これから一体どうしましょうね」
「明らかな厄介事じゃないですか。いつもの事ですが、どうなっても知りませんよー」
扉の陰に寄りかかっていたサラちゃんが話しかけてきます。
迷子の子供を助ける位、どうって事ありませんよ?むしろ、人助けをする事によって何もしていない自分が許されるようで嬉しくなりますね。
「厄介事?それは違いますよ。これは歓迎すべき事です、これから楽しくなりますよ」
私一人の些細な力が少しでも世の役に立つのならば、それは良い事でしょう。
幸い退屈していましたし、これから街を出歩いてあの子の家や親を探すのを考えると、どんな出来事があるかワクワクしますね。
「……毎度の事ながら、私はボスを恐ろしく感じちゃいます。アレを連れてきて楽しくなるなんて――ちょっと、罠の整備してきます。多分すぐ使う事になるでしょうし」
「害獣の事ですか。可哀想ですが、仕方ありませんね」
どうやらこの辺りは害獣が多いそうで、庭を荒らしていくのだとか。村でも畑の作物を食べていく猪や鹿には困らされました。
その為にサラちゃんは率先して家の周りに害獣用の罠を張ってくれているのだとか。有り難いことです。
「その害獣を呼び寄せる人が言わないで下さい」
サラちゃんが睨んできます。
私ってそんな臭いですか……?今日だけで複数人に臭いと思われているのを知って、結構ショックです。
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