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第三話


「お兄ちゃんのバカ!」


クッションが私の顔に飛んできて、綺麗な音を立てます。

おかしいですね、何か妹に怒られるような事した覚えは無いのですが……。


「相変わらずファーは元気なぁ……お兄ちゃんは嬉しいべ」

「なんでそんな格好なのよ!」


今の私は里帰りから戻ってきたばかりなので、いつも村に居る時に着ていた格好をしています。

この街で普段着ている服は身体が締め付けられるようでキツいので、この服装が過ごしやすくて好きですね。


「ここに初めてお兄ちゃんが来た時からずっと言ってるでしょ!?今のお兄ちゃんの服だと浮いちゃうからもっとちゃんとしたのを着てって」

「んな事言われても……妹の前くらい普段着でいいべ?」

「家の中ならわかるけど、よりによってその服装のままここに来るなんて!私にも世間体があるのよ!ああ……お兄ちゃんが私の家に入ってるのを他の人に見られてたら、もう街歩けない!」


一しきり叫ぶと妹は顔を覆って床を転げ回ります。見た感じ綺麗に掃除しているとはいえ、ちょっと汚いですよ。


「一応聞くけど、ここに来るまでに誰かと話した?」


一度止まるとゆっくりと顔を上げて、妹が聞いてきます。


「まだこの辺り道わがんねえからなぁ……10人位に道聞いただ」


村と違ってこの街はわかりやすい目印がありませんからね……村はボブおじさん家、マイケルさん家、スミスさん家とはっきりした目印があるのですが……。

この街は家が多すぎて建物を見ても誰の家か覚えられません。妹の家と自宅くらいでしょうか。

そして、残念ながら聞いた人全員妹の家が分からないらしく、思った以上に妹の家に着くのに時間がかかってしまいました。


「……今度こそ終わりだわ!」


再び、妹が転げ始めます。昔から元気な妹でしたが、大きくなっても変わらないですね。


「よく分かんねが、ごめんなぁ……ほら、立で。自慢の髪も乱れちまうだよ?」


私は今も転がる妹に手を差し伸べますが、叩かれてしまいました。


「うるさい!それに、お兄ちゃん臭いんだけど!自分でわからないの!?」


はて、何かおかしいでしょうか。服をつまんで臭いを嗅いでみますが、故郷の村の香りがしてまた望郷の念にかられてしまいます。

この街もいいところですが、やはり自分の生まれた所というのは特別なのでしょうね。


「数日前に別れたばかりなのに、懐かしい匂いがするなぁ」


私の言葉を聞いた妹が震えだします。妹も村が恋しいのですね。

突然立ち上がると私の顔に向かって指を突きつけました。肩の所で切り揃えられた赤髪が、勢いでぶわっと広がります。


「そんなほんのり詩的なコメント求めてないから!村で畑仕事したとき、堆肥いじったでしょ!物に触らないで!臭いが移る!靴も脱いで!」

「んなごと言われても、今の時期村さ忙しいんだがら……もう村に住んでないからっで手伝わねぇ訳にはいかないべ」

「確かに私も戻ったら手伝うけど……もういい。お風呂沸かしてあるから早く入って。新しい服は脱衣所に置いとくから」

「おんなじ奴もう何十着ももってるし、流石に要らないべ」

「じゃあ着替えてから来なさいバカ!毎回お兄ちゃんの服用意する私の事も考えてよね!それに、あの服かなりいいやつなんだから!ホントはお兄ちゃんが触れるのも叶わないような――」

「それにしても、妹んちの風呂も好きだから嬉しいなぁ、じゃ、ひとっ風呂浴びてくるだ」


予めお風呂を沸かして迎えてくれるなんて、相変わらず妹は優しいですね。




妹は私より先に村から出ていって、都会で働き始めたのですが、けっこう街でも上手くやっていけているみたいです。

持ち家もあって、毎回私が来る時には何故かお休みにさせているみたいなのですが、使用人も雇っていると言っていました。

もしかして、今日私と二人だけなのは家族水入らずで過ごしたいと思っているのでしょうか、それならば嬉しいですね。


それにしても、私も家を持って使用人の代わりとして働いてくれている子は居ますが、安定した収入はありませんし、使用人の子も一室を借りているからとお給金を受け取ってくれません。

そんな私と比べたら立派だと思います。自慢の妹です。


さっきの妹との元気な姿も、小さい頃を思い出しますね。

一緒に一日中山を走り回って酸っぱい果物をおやつ代わりに食べたり、手頃な木の棒を見つけたら喜んで振り回したり、秘密基地を作っていたりしました。

とにかく、何事も一度遊び始めたら熱中して毎日暗くなるまで続けていた気がします。


「いい加減上がって。急にお風呂が臭くなったら次の日お手伝いさんに何思われるかわかんないんだから」

「分かったべ」


お風呂から上がると、妹が用意してくれた白いシャツとジャケットに身を包みます。

話に聞いた限りでは、この服は妹の職場で使われているものなのだとか。こんな綺麗な服が使われる所で働ける妹は、やっぱり凄いです。

もう一年以上着ててもムズムズしてしまう私の感性が勿体無いですね。


「うん、ちょっとマシになったかな。ところでお兄ちゃん、話があるの。座って」


一度鼻を鳴らしてから、ファーは対面の椅子を指さします。私も妹と話をするのは歓迎です。


「今までお兄ちゃんがこの街でトラブルに巻き込まれなかったのは奇跡だと思うの。この街に来るって手紙が来た時は絶望したわ、誰だって身内の悲報は聞きたくないもの」

「そうだべか?奇跡なんて起こらなくても普通に暮らせる良い街だべ」

「そ・う・な・の!という事なので、改めてお兄ちゃんのこれからの為に常識矯正会をします!。まずコレ!前にも渡した気がするけどこの街の地図と大陸の地図!」


丁寧に絵が描かれた紙を何枚も渡されます。どの紙も染みもなく綺麗ですね。


「時間ないから簡単に説明するけど、この辺りが私の家!もう迷わないで!あと簡単な地区名とかも書いてあるから覚えて!絶対に!」

「ありがとなぁ」


そのまま服の中にしまい込みます。この服は、ちょっとポケットが小さいのでくしゃくしゃになってしまいました。


「ああっ……一応それも高いのになんて扱い……!」

「はええ……紙ってそんな高いんだべかぁ」

「高いのは紙じゃなくて……もういい。次に、お兄ちゃんはちょっと、いえ、かなりこの街に暮らすにあたって鈍い所があると思います!問1!料理屋でゴハンを食べていたお兄ちゃんは、テーブルに置いてあった財布を知らない人に取られてしまいました!今も取った人は逃げていきます!どうしますか?」


料理屋には友人と一緒に外出した際に良く行きますが、財布を持っていった事は無いので難しいですね……いつも「お代を頂くわけにはいきません。ご自由に利用下さい」で済んじゃいますし。

こういう時には過去の経験から判断するしかないでしょう。


「今度一緒に遊びにいくべって言う」

「何で!?どうやったら窃盗犯に対して遊びに誘うなんて言動になるの!?」


え……違うんですか?おかしいですね、妹の行動を参考にすれば間違いないと思ったのですが……。


「ファーが村で家の塩をマリアさが借りてった時、『塩切らしちゃってたかぁ?いいよいいよぉ!じゃ今度買い出しついでに一緒に街に遊びに行くべー!』って言ってたべ?」

「村の調味料の貸し借りレベルの話じゃないから!お兄ちゃんのバカ!声を上げて追いかけるの!運が良ければ自警団の人が捕まえてくれるから!でも路地裏には入らないように!」


妹の息が荒くなっていきます……大丈夫でしょうか。

私はテーブルの脇に準備されていたポットから、お茶を淹れて妹に渡します。


「ありがと……問2。前を歩いている人が突然剣を取り出し振り上げました。お兄ちゃんはどうしますか?」


これは簡単ですね、よく知ってる人がやってるので私の対応をそのまま答えれば問題ないでしょう。


「こんにちはと手を上げて挨拶するだ」

「何で通り魔に対してフランクに挨拶しようとするの!?お兄ちゃん前よりバカになってない!?」


えっ……違うんですか?おかしいですね、良くアンブレラさんは私と会うと剣を振り上げて挨拶してくるのですが……。


「おらの友達はよくそう挨拶するべ」

「どこの蛮族よそれ!?どうせまたお兄ちゃんの変な勘違いだと思うけど!知らない人が剣をいきなり持ち出したら逃げるの!分かった!?」

「はぇぇ……知らない人が剣を振り上げたら逃げる。分かったべ」


顔を手で覆って妹がため息をつきます。なんだか疲れているようにも見えますし、そんなに仕事が大変なのでしょうか……。

さっきのやり取りで、妹が興奮してすこしこぼしてしまったお茶を、近くにあった布巾で拭き取ります。


「ありがと……私は心配なの……最近は街には危ない人達が多くなってるし、王宮もキナ臭くなってる」

「この街の事はまだまだ良くわかんねえけど……心配してくれてありがとなぁ」

「お兄ちゃんはおバカで天然だけど、それ以上に優しいから。変な事に巻き込まれないか不安なの……本当はもう村に帰って欲しいんだけど」

「村もおらの仕送りに期待してるべ。それに、ここはみんな優しくて良い街だから村も好きだけんども、ここも離れたくないべ」


私も妹も村を出ていきましたが、村はあまり生活が良くなったようには見えませんでした。聞いてみたら私以外に村を出ていって出稼ぎをしている人も増えたと聞きます。

畑仕事も、おばあちゃんやおじいちゃんが中心にやっていて大変そうでした。周りには廃村になった所も多いので、まだ恵まれているのかも知れませんが。


「……それに、最近話題の犯罪者よ。直接見た事はないけど、よりにもよってお兄ちゃんと同じ名前だわ。何かの冗談みたい」


頬杖をついて、憎らしげに妹が呟きます。


「お兄ちゃんと同じ名前の人物が居たら、全て投げ出してその場から直ぐに逃げて。今まで話した事も大事だけど、これだけは約束して欲しいの」

「おらと同じ名前の人が居たら逃げる、わかったべ」


その人が何なのかよく分かりませんが、妹がこう言うのなら良くない事なのでしょう

妹は私よりこの街に長く住んでいますからね。アドバイスに間違いは無いと思います。


「良かった。あと、ゴメンね。もうちょっとゆっくりして欲しかったんだけど、お兄ちゃんがお風呂に入ってる時に職場から呼ばれちゃったの。何かトラブルが有ったみたいで――」

「いいべいいべ。おらとはいつでも会えんだから、仕事を優先しっせ。服さあんがとな、今度一緒に飯食うべ」

「うん」


久しぶりに会った妹とあまり話せないのは残念ですが、仕事の事ならば仕方がありません。

外へ出ると、雨が降り出していました。


妹と話しているのに心の声だけ矯正後なのは不自然なので、本当は地の文も鈍らせようと思ったのですが読み辛くなるので断念しました。


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