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第一話


「グラディエル女王陛下、謁見の時間でございます」


隣から、毎日変わらない時報のように声が聞こえてくる。玉座に座る身体が、鉛のように重い。

周りの淀んだ空気が、余の上へとのしかかっているようだ。酸素を求めているはずの肺が潰れて、逆に空気を吐き出していく。


「女王陛下、今期の予算についてですが」


気持ち悪い笑みを浮かべた欲にまみれた服装の男が、何かに話しかける。

女王陛下とは誰だ?徳と法をもって国を統治する者というのが王と聞いた事がある。

だが、この場に徳や法などない。たまたま生まれが良かった者が好き勝手にやっているだけであろう。


「税の取り方が不公平だという話が出ております。つきましては、税金は全ての市民が一律で納める事に法を変えようと思いますが――」

「好きにせよ」


時間の無駄だ。余は未だ喋ろうとする何かに向かって言うと、不必要な装飾で飾られた椅子に、今も鈍い身体を押し付ける。

そのまま溶けた金属のように、流れ出してしまいたかった。


「フン、小娘がいきがりおって」


何かが無駄に広いこの場所から出て行く。


「――。」

「好きにせよ」

「――!!」

「好きにせよ」

「――」

「好きにせよ」


無駄だ、無駄だ、何もかもが無駄だ……。

脇に置いてあるカップに口を付ける。中に入っていた何かの液体は味がしなかった。


「なんだこれは」


気味が悪い。カップを放り投げると、砕けて中に入った何かが何かに染みを作った。

女の形をした何かが無言で片付けていく。辺りは静かになった。


余は誰だ?いつからこうなった?

昔は良かった。私が私で在れた。厳しかったけれど、利発で周りから好かれていた一番上のお兄様は私に色々な事を教えてくれた。

嬉しかった。一番下の子だった私は、他の国家に差し出す人質にしかならないと見られていたから、お兄様たち以外誰も私を見てくれなかったからだ。


でも、お兄様の発言力が増すのを恐れた貴族が、お父様やお母様と一緒にお兄様を殺した。

犯人は捕まらなかった。代わりに護衛の責任者が処刑されただけだった。

でも、王族しか入れない所で殺人が起こるなんて、貴族の手引きも無くては出来ないのはわかっている。



本を読むのが好きで、よく読み聞かせてくれた優しい二番目のお兄様は、上のお兄様のことをよく見ていたから。

貴族たちに憎まれまいと、とても静かに貴族達の言うことを聞いていた。


ある日、貴族が勝手に進めていた政策の失敗で、大規模な民の反乱が起こった。

お兄様は責任を取らされて、処刑台に登って処刑される事になった。

最期に私を見た時のお兄様の哀しい目と、観衆の歓喜の声は私は忘れない。



活発で、良く私を連れ出して外の景色を見せてくれた三番目の双子のお兄様たちは、恰好の貴族の派閥争いの道具とされた。

双子は国を割るとは言われていましたが、まさか長兄たちが亡くなるとは思っておらずそのままだったのだ。

貴族に利用されたお兄様たちはお互いを憎み、最期には毒を料理に入れ殺害されたお兄様の犯人として、もう片方のお兄様は名誉の死という名の自殺を強要された。


毒が入ったワインを無理矢理口に流し込まれるお兄様の悲鳴が時折残響のように私の耳に響く。



私の上のお兄様方が居なくなって、私が王の証を継承するとついには私の事を見る人は居なくなった。

政を話す言葉は決して相談などではなく、後で責任を取らせるための確認作業。

使用人は仕掛け人形のように、無言で私の身の回りの世話をする。


それは家畜の飼育にも似ていた。家畜を育てるのに何故話す必要がある?と言わんばかりに、

私が声を上げても無視して使用人達は義務的に行動していった。

私もいつしか周りに居るのが人間ではなく別の何かだと感じるようになった。


「女王陛下、これからアサグナ殿と会食の予定があります。馬車で移動します故、ご準備を」


金を持っているとはいえ、仮にも王が自ら商人の元へと向かう……か。

お兄様が言っていた。『今は逆風かも知れない、だが、何があっても王族の誇りは忘れるな』……と。

誇りとはなんでしょう。


いつか、私もお兄様達の元へと向かう事になるのだろう。

それがいつになるのかはわからない。明日かも知れない、他国から婿が来てからかも知れない、子供が出来てからかも知れない――

無駄だ、もう、何をやっても……。


「好きにせよ」


眠ろう。せめて夢ならば、もう居ないお兄様が私を連れ出してくれるかもしれない。

身体をクッションに沈めて、まぶたを閉じる。


「チッ……おい、女王陛下を運べ」


浮遊感を感じると共に、私の意識が沈んでいった。



………

……



「うぉぉ!やっちまったぁ!」


身体を揺らす衝撃と、隣にあった荷物と一緒に投げ出されて触れた大地の冷たさに意識が覚醒する。


「やべえぞ、王家の馬車にぶつかるとはツイてねえ!早く逃げろ!」


馬車を護衛していた衛兵が全員、逃げるように駆ける馬車を追いかけていく。

私を見る者なんて誰も居ない。野次馬も関わりたくないのか、様子を見るだけで直ぐに個人の日常へと戻っていく。


『貴女が居なくても、何も変わらないとは思わない?』


確かにそうだ。久しぶりに私は立ち上がると、辺りを見回す。

ボロを着た、赤髪の浮浪者が目に入った。まるでそこだけぽっかりと穴が空いているかのように視線が吸い込まれていく。

濃い死の臭いを感じた。ふらり、と明かりに惹かれる羽虫のように、私はその男の後ろについていく。

あのひとならば私を終わらせてくれる気がした。



不幸なお姫様が脱走して主人公と出会う。王道ですなぁ。


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