プロローグ
豊かな土地と温かい気候に恵まれたアムステル大陸中央部に位置する大国、ソリニフ。
ソリニフが大陸の全ての国を併合したのも今は昔、今となっては全盛期と比べ国土は半分になり、官僚の汚職と王位継承のいざこざによって衰退しつつあった。
しかし、首都アラバに訪れれば流行の最先端を往く服装、常に工事の音が聞こえる街並み、辺りの往来による活気からは過去の栄光を未だに感じることが出来るだろう。
街の住人も、未だ自分たちが大陸で一番だとプライドと自負を持っており、毎日を逞しく生きていた。
そんな都に一人の田舎者が訪れた。
「ふわあ……話には聞いでいだが、こんなに沢山の人、見たことないべ……」
この街で売られる事は全くないだろう歪んだ茶色一色の地味としか言いようがない服装に、藁で編まれた靴。旅のせいで汚れてくすんだ赤髪に畑仕事のせいでボロボロになっていた手。
しかし、一人で居る彼の背負子には赤く光る石が積まれており、その石が価値の有るものだと分かるからこそ、辺りの人間は彼が奴隷などではないとようやく理解することが出来る状態だった。
奴隷や乞食に一人でこのような金になるものを持たせるはずが無いからだ。
もし、彼が着の身着のままだったならばすわ奴隷か乞食か、と勘違いされ面倒なことになっていただろう。
しかし、そんな事とはつゆ知らず地味な格好の男は、故郷の村との違いに戸惑いながらも初めて見る都会の様子に目を輝かせながら辺りを見回していたのだった。
「やっぱアラバっつーとこは凄いだ、これなら村で見つけたきれーな石も売れるなぁ、村のみんなも仕送りで楽にさせることが出来るだよ」
彼の出身である村では穀物を税として収めていたが、最近の急激な増税により計算もろくにされず穫れた作物のほとんどを国に持っていかれていた。
もちろん蓄えはあったのだが、このままでは今年や来年はともかく、将来的に村全体が飢える事になってしまう。
男はそんな村の未来に憂いて村の口減らしと、少しでも稼ぎを村に送り楽をさせるために、村の山で見つけた綺麗な石を売るべくこの国の都市へと訪れていた。
石の価値は男は全く理解していなかったが、綺麗で光ってるから売れるだろうという直感が彼にはあった。
「周りもぉなんが勝手に店開いて物売ってるべし、おらも適当に空いてるとこで物並べっがな」
ひどく訛った独り言を言いながら、男は露天売りを眺める。村で見たことない物ばかりだったので何に使うのか、食べられるものなのか理解は出来なかったが、好奇心を満たすには十分なものだった。
商品を眺める見るからに貧乏そうで冷やかし目的の男に店主は嫌そうな顔をしているが、全員が身内の為温かく平和な村に暮らしていた彼にはプラスな感情はともかく、マイナスな心の機微は全く理解出来なかったのだった。
そして、露天商はもちろん土地を使っている以上本当は許可を取っているのだが、彼はそんな事を知る由も想像することもない。村では土地はみんなのもので自由に使って良いものだったからである。
彼の村は知り合いの家の隣に勝手に農具を置くための小屋を建てても問題ないくらいには大らかだったのだ。もちろん自分だけではなく他の人にも開放していたが。
田舎者の男は露天商同士のテントの間にわずかに出来ていたスペースに腰掛けると、背負子から布を取り出して地面に敷いて、石を並べ始める。
隣に居た商人たちは最初はギョッとして彼の様子を見るが、可哀想な人を見るような目を向けてから再び商売の続きを始めていた。
「男ザペル、みんなの為に頑張っぺ!」
男は一言大きな声を張り上げる。村で幸せな生活を続けていた彼の想像する未来は、彼同様に明るかったのだった。