覚醒
キリヒトは薄暗い空間で目を覚ました。
「あれ…?俺は確か…ナシャエルと戦って、死にかけて…それから…」
体を起こし、あたりを見回すと自分が白い高台の上に座っているのに気づく。
下を覗き込むが、暗くて何も見えない。
「何だよここ?どうなってんだ!?」
「君の頭の中さ」
声に反応して顔を上げると、奇妙な卵型の物体がふわふわと浮かんでいた。
黒い卵には縦向きのヒビが入り、中心には目がついている。
「頭の中ぁ?じゃあお前は俺だとでも言うつもりか?」
「違う」
下から何かが這いずる音がする。
「君の頭の中にいるのは自分だけではない」
荒い息遣いと、液体が跳ねる音が少しずつ大きくなっていく。
何者かの唸り声がだんだんと近づいてくる。
「今までに何人喰った?何人から能力を得た?何人の記憶を得た?
君の立っている場所は、死体の山で出来ているんだよ」
キリヒトの座っている高台に、腐った手や、骨だけの手がかかる。
ゆっくりと登ってくる者たちにキリヒトは身構えた。
「何者だろうが俺の力で…」
変化させたはずの手を見て、キリヒトは言葉に詰まる。
「ひねり…つぶして…」
どれだけ力をこめても手は通常のままだった。
「何でだ!?まさか、能力が…」
「そう、使えない。
君が喰ったものは今、君の中にはいないのだから!!」
卵の瞳が笑いの形へと変わる。
「ク、クソ、やめろ!」
足首を掴む手を振り払おうとするが、何本も出てくる手にずるずると引きずられていく。
「うわああああああ!」
キリヒトは引きずり落とされ、液体の中へと沈む。
ドロドロの液体をかきわけ、キリヒトは表面に顔を出した。
「ゲホッゲホッ!これは、血…!?血の海か!」
呻き声が後ろから聞こえ、キリヒトの背筋を冷たいものが走る。
いつの間にか卵がキリヒトの眼の前にいる。
「君は今まで喰ったものに喰い付くされるんだ」
体を死体に貪られるキリヒトの叫び声が、暗い空間に響き渡った。
ナシャエルは何もない場所から一振りの剣を取り出した。
「"神器"『ラグナロク』を使う。手加減はせん」
咆哮と共に、化物はナシャエルに飛びかかった。
振り下ろした腕を、ナシャエルは剣で切り飛ばす。
だが、化物の勢いは止まらずナシャエルの右肩に噛み付いた。
血が溢れ出し、肉に牙が食い込むがナシャエルは平然としている。
「離すんじゃないぞ、化物」
剣を持っていない左腕を化物の腹に当て、ナシャエルは笑った。
「『白の衝撃』」
噛み付いたままの化物の腹を、輝く無数の光線が何度も貫通していく。
だが、化物も怯まずナシャエルの肩を噛みちぎり、両腕で胴体を引き裂く。
「我慢くらべといこうか」
お互いの胴体はズタズタになり、瞬く間に辺りは血の海と化した。
突然バチン、という音がして二人が吹き飛ぶ。
「ハアァァァァ…」
噛みちぎった肉を咀嚼しながら、化物は動きを止めた。
「どうした?もうおしまいか?」
剣をクルクルと回しながら、血に塗れたナシャエルは笑った。
暗い血の海に肉を食う音だけが響いている。
死体の群れに体を貪られているキリヒトは、もはや呻き声すらあげなくなっていた。
「おやおや、つまらないな。もっと悲鳴をあげてくれないと!」
ヒビの入った卵が左右に揺れて、目を歪めながら嬉しそうな声をあげる。
「…と…た」
「何だと?」
ヒビが大きくなっている卵がピタリと動きを止めた。
「今、何と言った」
「やっと分かったぜ、ここから出る方法がな」
再び卵が左右に揺れ始める。
「バカなことを。そんなものありはしない」
キリヒトがそれを聞いてくっくっ、と笑いを漏らす。
「今まで喰ったものに体を乗っ取られても、俺はまだここにいる。
俺の意識が消えてなくなったわけじゃねえ」
「だが、君の意識はもう喰い付くされる寸前じゃないか」
キリヒトの肘から先が食いちぎられる。
「そうだ。俺が喰ったコイツらは今にも俺を食い尽くそうとしてる…つまり、俺は身一つってわけだ」
卵のヒビが大きくなり、カタカタと小刻みに震え始めた。
パキ、と音がして卵の殻の破片が飛ぶ。
「それでも俺が、一つだけ持っていた能力があったよなぁ…」
キリヒトは死体の方を少し見て、再び卵に視線を戻す。
「こいつらに明確な意思があるとは思えねえ。元締めはてめぇだろ?」
掴む腕をふりほどき、噛まれた肉を引きちぎり、少しずつキリヒトは卵に近寄っていく。
「やめろ…来るな…」
「今から俺の能力は『アブソーバー』じゃねえ!!」
キリヒトは口を大きく開け、卵に噛み付いた。
イーター
「『喰らう者』だ!!」
キリヒトの口の中で卵は粉々に砕け、辺りの血の海は崩壊した。
「『ラグナロク』でぶった切っても死ぬどころか、戦うことすらやめんとは…。驚いたな」
ナシャエルが息を切らしながらそう呟く。
切りつけた化物の傷が次々と再生しているのを見て、ナシャエルの角がさらに伸び始める。
「次の段階に…!?」
変身を止め、ナシャエルは突然両膝をついた化物を見る。
黄色い眼にはっきりとした意思がやどり、姿形もやや人間に近付く。
「ガッハァ!!」
甲殻の表面がパラパラと剥げ落ち、キリヒトは肩で息をしながら立ち上がった。
「戻ってこれたぜ…死ぬかと思ったけどな」
青い甲殻に覆われた左手を確かめるように動かし、ナシャエルの方を見る。
「それで?まだ特訓は続けるか?」
「いいや…十分だ」
ナシャエルは元の白いローブ姿へと戻り、剣をしまった。
キリヒトも同様に変身を解く。
「では、戻ろうか」
大きな欠伸をして、ナシャエルは出口のドアに手をかけた。
だが、その前にクマがドアを反対側から勢いよく開けた。
ひっくり返ったナシャエルと、座り込むキリヒトに向かってクマは怒鳴りつけた。
「上の地震はお前たちが原因か!ふざけるな!!」