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過去

十数年前 某所


そこは大規模な実験場だった。

非合法な人体実験が日夜行われているため、存在そのものが隠蔽されている場所だった。

被検体は、S.L.ウォールの人間、ホームレスといった、消えても気にもとめられない人間達だったが、

最も多い対象は…売られ、捨てられた子供達だった。


キリヒトもその一人だった。

家族の顔は知らず物心ついた時は既にここの部屋に鎖で繋がれていた。

名前は無くただ番号で呼ばれ、人間として扱われたことなどない。

だが、彼らはそんな扱いに抵抗することは無かった。

生まれてから教育はおろか、会話すらろくにしたことない子供達には

人間性など存在しなかったからだ。

周りにいる子供達も同じだった。毎日順番に呼ばれて扉の向こうに姿を消していく。

帰ってきた者は一人もいなかった。


「次、被検体D-13」


キリヒトは首の鎖を引っ張られ、ふらふらと実験台まで運ばれる。

周りでは数人の人間が様々な作業を行っている。

台の上で両手足を拘束されるが、キリヒトの表情に変化はない。


「実験D、TX-7注入」


マスクをつけた一人がそう言うと、もうひとりが注射器を構えて近づいた。


「了解、注入開始」


薄緑色の液体が、腕に注射されていく。

突然、キリヒトの体を内側から焼くような痛みが襲った。

自身が叫んでいるかも分からず、拘束されたままもがき続ける。

永遠にも思える苦痛の後、キリヒトの意識は途切れた。


次にキリヒトが目覚めたのは、死体置き場だった。

辺りには腐臭がたちこめている暗い場所で、キリヒトは死体の中に埋もれている。

だが、そんなことも気にならないほどキリヒトは飢えていた。

微塵の躊躇いもなく、キリヒトは力を振り絞って近くにある蛆の湧いた死体を食べ始めた。


暗い世界に時間の感覚は無い。

唯一、定期的に放り込まれる死体だけがキリヒトの時間の基準だった。

何体もの死体を食べたキリヒトは、少しずつ知識をつけていた。

胸にある心臓が美味なこと、そしてそれを食べると―

新しい力が手に入ること。

力には様々な種類が存在していて、時には言葉や外の世界に関する断片的な知識も手に入った。

そして、より多くの力を求め始めたキリヒトはここを出る決断をした。

唯一の出口である、死体投入口から。


「はぁ…また死体当番か…」


白衣を着た研究員がガラガラと担架を運ぶ。


「ここは不衛生でイヤだなぁ。皆も寄り付かないし。

 死体の回収ペースを上げてほしいよ。よっと」


いつものように投入口を開けた研究員は、担架を傾けようとして自身の手首が消滅したことに気付いた。

一瞬遅れて激痛が彼を襲う。


「ギャアアアアア…」


悲鳴と共に肉を引き裂く音が続く。

心臓を飲み込んだキリヒトはいつもよりかなり多い知識を得ていた。

この建物について、自身がここにいる理由、能力というものの意味…。

それと同時に憎悪という感情も産まれた。

人として扱われなかったキリヒトは、皮肉にも人を喰うことで人間性を手に入れたのだった。


死体から血に濡れた白衣を剥ぎ取り、自分の長さに合わせて引き裂いた。

それを着たキリヒトは残骸を投入口に放り込み、ここの人間を皆殺しにするために歩き出した。



「一度死んで蘇ったか…?もしかすると完成品となり得るかもしれん…。

 だが、確証はない…アレをぶつけてみるか」


ここまでの一部始終を、監視カメラを通して観察していた人影が呟く。

その人影は受話器を取り、どこかへ連絡を始めた。


「私だ。被検体B-62を出せ。対象は通路Fを南に移動している」


「了解」


返事を聞いて頷き、受話器を戻す。


「さて、これも記録させてもらおう」



廊下を二人の人間が歩いていく。

一人は目出し帽とヘルメットを被り、銃を持っていることから軍人であることが分かる。

もう一人は拘束具をつけており、黒い覆面を上からすっぽりと被せられている。

軍人の方はもう一人をチラチラと伺っており、落ち着かない様子だ。


(クソ、たかがガキ一人にどうしてこんな化物を出す必要があるんだ…?)


「…ヤツが天然の…『アブソーバー』だからだ…」


低い呼吸音と共に、しゃがれた声で男が答える。

思考を読まれ、兵士が身じろぐ。


「『アブソーバー』だと?それは一体…」


「いたぞ…ヤツだ…」


軍人の質問に答えず、男が正面を指差す。

渡り廊下の反対側に、血に濡れた白衣を着たキリヒトが立っている。


「チッ、もうバレてたか」


「投降しろ…ならば穏便に…確保してやる…」


「投降だと?」


キリヒトが男に向かって中指を立てる。


「するわけねぇだろ!てめぇらは全員皆殺しにしてやる!」


「…ならば力づく…で連れて行く…」


そう言うと、男の拘束具の鍵が勝手に開き、地面に落ちる。


「お、おい!貴様勝手に…!!」


軍人が慌てて、男の方にも銃口を向けるが、

男が軍人の方に無言で手をかざすと、銃は軍人の手を離れ、空中で静止する。

さらにキリヒトの方へ向けられ、勝手に引き金が引かれる。

だが、既にそこにキリヒトの姿は無かった。


「速い…な」


天井に腕を突き刺し、ぶら下がっているキリヒトを見上げて男は言った。


「あるいは…私よりも強くなれる…素質があるかもしれん。だが…経験不足だ」


キリヒトは腕を使い、振り子のように二人の上を飛び越えようとしたが、

上手くいかず男に右手で足首を捕まれる。


「チッ!」


逆さづりにされたキリヒトは逆に相手の足を掴もうともがくが、服に指が掠っただけだった。


「動けなく…させてもらう」


左手で男が何度か腹部を殴りつけると、キリヒトの両腕がだらりと下がった。


「あっけない…ものだな…」


男の気が一瞬緩んだ瞬間、キリヒトは口から液体を吹きつけた。


「グウゥ!!」


男は両手で顔を覆い、ふらふらとよろめく。

男の覆面から白煙があがり、肉の焼ける音がする。

地面に着地したキリヒトは、呆然としている軍人の方を見てニヤリと笑った。

ここまでは僅か数秒の出来事であり、常人では彼らの動きを追うことすらできない。

キリヒトにすれば、軍人はただの餌と同じであった。


一瞬で軍人を食い散らかし、体力を回復したキリヒトは男の方を向いて驚愕の表情を浮かべた。

顔のあちこちに縫い合わせたような傷跡があり、潰れた左目の下には62と刻印されている。

右半分は焼け爛れていたが、これはキリヒトによるものだった。


「変わった…能力だな…だが…そんなもので…!!」


男が右目でキリヒトの左腕を睨むと、肘から先が粉々に砕けた。


「がぁっ!!」


キリヒトは左手を抑え、叫び声を上げた。

血がどくどくと溢れ出し、キリヒトはその場に座り込む。


「傷がついたが…致し方あるまい…さて…」


火傷が目に見える速度で治った男は新しい覆面を被り直して、キリヒトの方に歩み寄る。

だがキリヒトを担ごうと屈んだ瞬間、男の全身が火に包まれた。

同時に後ろに飛び下がったキリヒトは肩で息をしながらも笑った。


「頭が良くないのか?それともお前も…ゼェ…経験不足かもな…ぐっ!」


キリヒトは抑えていた手を離し、右手の指を鋭く変化させる。


「服を擦った時に火種を付けられたのに…ハァ…気付かないなんてな…」


「こんなもので…私が…やられるとでも…」


火だるまになりながらも男はまだキリヒトの方へと近づき続ける。

だが、その足取りは不安定なものだった。


「ああ、思っちゃいねえよ。今のままじゃ俺は…ぐぅ…てめぇには勝てねえしな…」


キリヒトはよろめきながらも男に近付き、右手で心臓を抉り出した。


「ガフッ…!能力を…さらに得るつもりか…」


「そうだ、だからこれは貰って行く」


心臓を口にくわえたキリヒトは、炎上する男を蹴り飛ばし、廊下の窓ガラスを破って下に落ちていった。


「じゃあなクソ共!いつか全員殺してやるよ!」


キリヒトはそう言い残して、下にある森の中へと消えていった。



現在 ヌイドー王国


「『アブソーバー』…それが能力の名前か?」


クマの言葉にキリヒトが頷く。


「能力者の場合はその能力、そうでない場合は断片的な知識が手に入る」


「獲得できる能力に制限は?」


ナシャエルの問いにキリヒトは首を横にふった。


「全部確かめたわけじゃねえから分からんが、今のところはない」


「そうか…」


ナシャエルが息を吐く。


「ただ一つ、分からないのは何故ずっとS.L.ウォールにいたのかだ」


「ヤツらの情報を集めたかった。それだけだ。深い理由なんて無い」


ナシャエルの問いに、キリヒトはまた首を振った。


「…そういうことにしておくか。クマ、まだ不満か?」


クマは仕方ない、と呟いた。


「ひょっとすると戦争の切り札となるかもしれん。言いたいことは山ほどあるが…今は認めてやる。

 今だけな」


クマに手で指されたキリヒトは、何も言わず舌を出した。


「それで、俺をこんな体にしたヤツはその…シルヴァ連邦にいるのか?」


ナシャエルが首を振る。


「正確にはそうではない。我々の本当の敵は『ブロック帝国』」


「何だ、その国?聞いたこともねえ」


キリヒトがそう言うとクマは立ち上がり、窓のカーテンを開けた。


「当然だな。ここと同じ物質種族の国だから、隠されている。

 だが、一つだけ違う点があるのさ」


クマは腹の縫い目から、プラスチックの塊を取り出した。


「何だソレ?それが敵…?」


「物質種族の変異種、ブロック。クマが持っているのはヤツらの体の一部だ。

 一般的な物質種族と違い、核に自由にパーツを付けることで体を作っている」


「俺たちのような種族と違って、好戦的で、さらに技術力もある。

 タチの悪い奴等だぜ」


クマはブロックの破片をキリヒトの方に投げてそう言った。


「非合法な人体実験をしているということは掴めていたんだが、証拠が無くてな。

 そんな時お前の噂を聞いたから、戦力増強も兼ねて私がスカウトしに行った、というわけだ」


「俺を実験体にした大本はそいつらだと?」


キリヒトの目に憎悪が宿る。


「私の知る限りでは」


「…他に道はねえ、信じてやる」


ナシャエルの答えに、キリヒトがしぶしぶといった様子で目を閉じる。


「でも、戦力としては俺とナシャエルのはるか下だぞ、コイツ」


クマの言葉に、キリヒトはムッとした顔をしたが、事実なので何も言い返さない。


「それについては考えてある」


ナシャエルはそう言って立ち上がり、キリヒトを見る。


「特訓だ」

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