プロローグ3
キリヒトはゴミの山を滑り降りて、ぱんぱんと服の汚れを払った。
「待ち合わせ場所は…ここで良いんだよな?」
キリヒトは、目の前の炎上してる建物を見上げた。
「…どうなってんだ?」
S.L.ウォールで建物が燃えたり、人が死んだりすることは珍しくないが、
ここまで大規模なものは滅多に起こるものではなかった。
首を傾げていたキリヒトは、倒れている中にまだ息のある人間を見つけた。
「お前達だよな、俺を呼び出したの」
自分を起こしたキリヒトの顔を見て黒服の男は怯えた目をしたが、すぐに体の力を抜いた。
「あ…ああ、君が本物か…確かにまだ子供だな…」
「はぁ?」
何を言ってるんだ、という顔をするキリヒトを見て黒服は苦しそうに笑った。
「そ、その様子だと知らないみたいだな…ゲホッゲホッ」
「知らないって何がだよ?…ああクソ、煙が鬱陶しいな」
キリヒトは仕方なく咳き込む黒服を担ぎ上げ、少し離れたところまで連れて行った。
「た、助かったよ」
「礼はいいから早く何があったか教えろよ」
黒服は端が焦げた、一枚の写真を取り出した。
「わ、私達はこの写真を使って、お前を見つけたんだ」
キリヒトは写真を手に取ったが、一瞥するとそれを捨てた。
「前に撮られたやつだな。カメラは壊したはずだったが、まだ残ってたのか…それで?」
黒服は咳き込み、呼吸を整えた。
「ま、待ち合わせ場所に来たのは、お前とそっくりな顔をした男だった。
多少年齢の差はあ、あったが、写真がいつのものかわ、分からなかったから
本人だと断定したんだ」
「そんなヤツに心当たりは無い。見間違いじゃないのか?」
黒服はそれを聞いて笑った。
「じ、自慢じゃないが、俺は今まで面通しで間違えたことはな、無かったんだ。
あ、あれはお前そのものだ。
双子の兄弟でも、い、いるなら話は別だがな」
キリヒトは呆れたように首を振った。
「いるわけねえだろ、そんなもん」
震えた腕を、男は強く掴んだ。
「だ、だが、たった一つだけ違うところがあった。
今思えば、さ、最初に気付くべきだった…」
「何だよ」
黒服は恐怖に染まった自分の瞳を指さした。
「目、だよ。お前の目は黒いが、ヤ、ヤツの目は赤かった。
ゾっとするような、真紅の、目だった」
「赤い目…分かりやすい特徴だな。よし、もういい」
背を向けてすたすたと歩き出したキリヒトに、黒服は呼びかけた。
「お、おい、どうする気だ?」
足を止めず、キリヒトは答えた。
「決まってるだろ。情報を聞き出して、殺す。
最悪殺すだけでもしとかねえと。またトラブルはごめんだからな」
「お、俺を置いていく気か?情報を話してやっただろ!?」
キリヒトは足を止め、黒服の方を振り返った。
「話さなかったら拷問してでも聞き出した。
それに、お前は弱者じゃないから助ける理由はない。じゃあな」
そう言って、返事を待たずにキリヒトはS.L.ウォールへと帰っていった。
キリヒトが戻ると、S.L.ウォールでは大変な事態が起こっていた。
あちこちに火の手があがり、人々は逃げ惑っていた。
略奪が繰り返され、無法の中で保たれていた秩序は完全に崩壊していた。
その中で、キリヒトは一点を睨んでいた。
「あいつが…!!」
自分の特等席である丘の上に、顔を隠した一人の男。
炎に照らされた真紅の瞳は、キリヒトをしっかり見据えていた。
右手にはキリヒトが昼間、小銭を渡した少年の首を掴んでいた。
男は少年の首の骨を砕き、かかってこいというようなジェスチャーをする。
「てめえが…!!」
そう言ってキリヒトは丘の上まで飛び上がろうとしたが、空中で叩き落とされた。
さっきの少年のように首を掴まれ、ゴミ山に押し付けられる。
「どういう…つもりだ…!!」
ジタバタともがきながら、腕を外そうとするが全く動かない。
自分の怪力が通じない相手が今までいなかったという事実が、キリヒトに焦りを生む。
「私が憎いかね?」
顔を近づけ、キリヒトの瞳を覗き込む。
「殺してっ…やるっ…!!」
圧倒的な力の差を見せつけられながらも、キリヒトは怒りを目に宿らせていた。
「素晴らしい。ではいつか、殺しにきたまえ」
そう言って男は近くにあった瓦礫から、鉄筋を何本か引き抜いた。
「!!」
鉄筋を四肢に突き刺され、キリヒトは声にならない叫び声をあげた。
「再び私の前に立つ日を楽しみにしているぞ」
そして、男は高笑いしながら炎の中に消えていった
アスファルトの地面に縫い付けられたキリヒトは、ただ相手を罵倒することしかできなかった。