本陣
数十分後、二人は巨大な敵の足元をすり抜けて、さらに壊れた城壁を抜けて城内に辿り着いた。
「中にも誰もいない…どういうことだ?」
クマは小声でそう言って、慎重な足取りで先に進み始めた。
二人は城のどんどん奥へと入り込んだが、どれだけ進んでも敵が出てくる気配は無かった。
「もしかして皆逃げちまったんじゃねえのか?
パーズの町でだってあれだけ騒いだのに、住民は一人も出てこなかったじゃねえか」
「いいや、建物の中に人はいた。…住民はただ、顔を出すなと通達されたからそれに従っていただけだ」
クマはしゃがみこんで床を調べ始めた。
「はぁ?はいそうですか、って従うには騒動が派手すぎるだろ。ふつー窓から見たりすんだろ」
「いいや、ここの住民は言われたことにただ従うのさ。
今の生活を失いたくないから、自分が死ぬその最後の瞬間まで何も見聞きしようとしないのさ」
「…変なやつらだな」
クマは立ち上がり、キリヒトをちらと見た。クマの表情が少し緩む。
「…そうだな。大勢の人間が歩いた跡がある。ただ、走ったというよりは…整列して通ったような…」
手をぱんぱんとはたいて、クマは再び歩き始めた。
正面には一際大きな扉があり、スイシはそこにいるのだろうとキリヒトは考えた。
クマが手を触れると、扉は拍子抜けするぐらいあっさり開いた。
「…っ!」
部屋に入ったキリヒトは、強烈な臭気に顔をしかめた。
不快感を煽るこの臭いは、キリヒトにとって何故か嗅ぎなれたものだった。
キリヒトは頭を振って、自分の正面に目を向けた。
部屋の正面には短い階段があり、その先には豪華な椅子にスイシがふんぞり返っていた。
二人を見たスイシは、嬉しそうに手を叩いた。
「いや、いや、いや…あの方のおっしゃった通りだ。二人…汚いクマのぬいぐるみと、黒髪のガキ」
スイシが椅子からゆっくり立ち上がると、クマが一歩前に出た。
「…ここにいた、いや…この国の兵士達をどうした?」
「私も、もう歳でね…。50をこえると、衰えを如実に感じる」
そう言ってゆっくりとスイシは肩を回した。
隙だらけのように見えるが、二人は動かない。
自分より明らかに貧弱な体格をしているスイシ相手に、キリヒトは攻撃を躊躇していた。
クマの方を見ると、憤怒を抑えるのに必死な様子だった。
「兵士を…"使った"のか?自分のために?」
「ずいぶんと聡い。と言っても最初から隠すつもりは無かったがね」
スイシは自分の口を裂き、醜悪な笑顔を見せた。
何本も生えた鋭い牙の間に、長い舌がうねっている。
部屋に満ちた臭いの正体を、キリヒトは自分でも何故気づけなかったのか分からなかった。
「じゃあ部屋に満ちたこの…血の臭いは…!!」
キリヒトの心にも、スイシに対する嫌悪感が湧き上がっていた。
「伺った通り、ガキの方は少々鈍いらしい。同族なら分かるだろう?食ったのだ、一人残らず」
「自分の力のために民を…心の底から反吐が出る」
吐き捨てるように言ったクマの言葉にスイシは口を大きく開けて笑った。
「的はずれなことを!兵士は国のために命を捧げるものだろう!鍛えた強靭な肉体は全て私の力となった。
皆はきっと満足しているに違いない」
クマがナイフを投げると、スイシはそれを手の甲で簡単に弾いた。
「以前ならば今ので私は死んでいただろう。やはりこの力は素晴らしい」
「はっ、自分の部下を取り込んで何言ってやがる。てめえは俺が見た中でも最低のゲスだ」
スイシの顔から笑みが消え、言葉を発したキリヒトへと目を向けた。
「老いを知らぬものには分かるまい。自分が歳を重ねるほどに、衰えていくこの恐怖は…。
だからこそ、私は物質種を排斥した」
「はァ!?何でそうなる!?」
キリヒトの言葉に、スイシはクマを指さした。
「そこの汚れたぬいぐるみはもう200年も生きている。
こいつらは、ほとんど増えないかわりに老いることがない…。
我々人間の生命に対して、冒涜的な生物だとは思わないかね?」
「……」
黙るキリヒトの代わりに、クマが口を開いた。
「老いないということが、人と決定的な違いであることは分かっている。
それが、人間との間に溝を作るということも」
神妙な顔で黙り込むキリヒトを見て、クマは続けた。
「だがな、人間である自国民の命を踏みにじるアンタがそれを言うのか?
それに…アンタ自身寿命を無理やり伸ばしたせいで、もう人間から外れたように思えるが?」
「人間は人間だ。元であれ何であれ、貴様ら物質種とは決定的に違うのだ」
「…ブロックと手を組んでおいてよく言う」
その言葉をきくと忌々しそうにスイシは顔をしかめた。
「そうだ…手を組むことには私も反対したが…あのお方がそう言われるのなら、従うしかあるまい。
だが、我々が物質種そのものを憎むことに変わりはない。そして…そこの黒髪もきっと同調してくれるだろう」
ずっと黙ったままのキリヒトへ、スイシとクマの視線が向けられる。
キリヒトは視線に気づき、口を開いた。
「聞いてもいいか?老いないことがなんで…あー、ぼうとくってことになるんだ?」
スイシの顔から、余裕の表情が消えた。
「何を言って…?」
さらに言葉を遮り、キリヒトは続けた。
「死なねーわけじゃないんだろ?で、増えすぎるわけでもねえ。
じゃあそういう生き物ってことで解決しねえか?何も問題無いと思うんぜ…」
「論理ではない!価値観と倫理の話をしている!」
語気を荒げるスイシにキリヒトはうんざりといった様子で手を振った。
「俺の頭では理解できねえよ…というよりする気がねえ。どうでもいいわその話。ほら、さっさと教えろ。
…すっげーつまんねーことで戦争仕掛けてきたんだな。アグもお前も馬鹿なんじゃないのか?」
その言葉に、スイシの表情が激怒のそれに変わった。
「私だけで無く、あのお方までバカにするとは…!!」
スイシの服がビリビリとやぶれ、どんどん体が巨大になっていく。
引きつった笑いを浮かべ、キリヒトは頷いた。
「確かにこりゃ人じゃねえな。」
「君とてその仲間だろう!全く…国王にあるまじきゴミに、同族嫌悪のクソガキ。
どちらも共に価値が無い!」
服の下から現れた筋骨隆々の肉体の色は、みるみるうちに鬱血したような紫へと変化していく。
「だから…私が…引導を渡してやろう!!」
3mほどの大きさになったスイシは、自分の座っていた椅子をぐしゃりと踏み潰した。
ガチガチと鳴らす牙の隙間からは、荒い呼吸が漏れている。
左右に生えた牛のような角を振り上げ、スイシは床を両腕で叩いた。
さらに地面を蹴り、猛然と二人に向かって突進した。
「うおっと!」
キリヒトとクマは飛び上がって、階段の上に着地した。
扉を突き破って、スイシは咆哮をあげた。
「なあクマ、あれって…」
キリヒトが言い終わる前に、スイシは跳躍して二人の眼の前へと降り立った。
腕を大きく振り回し、キリヒト達を捉えようとする。
階段の手すりや調度品の破片が飛び交う中、キリヒトは軽く攻撃をかわしていた。
着地して反撃のタイミングを伺っていると、となりから鈍い音が聞こえた。
「…がふっ!」
キリヒトの体ほどもある拳が、クマを殴り飛ばしていた。
よけられない攻撃では無かったはずだった。
だが、キリヒトは体力の消耗を計算に入れていなかった。
乱暴な戦闘と、特大の落雷でクマの動きはいつもの半分以下の速度だった。
「てめ…何でっ…!!」
そこまで言ってキリヒトは言葉を飲み込んだ。
クマの手助け無しの一人で、ここまでたどり着ける自信が無かったからである。
きっとクマはそれを理解して、何も言わなかったのだろう。
そのことを理解して、キリヒトは歯ぎしりをした。
スイシは立っているキリヒトではなく、飛ばされたクマの方に視線を向け飛びかかった。
上から振り下ろした拳を間一髪で先回りしたキリヒトが受け止める。
「命乞いでもするかね?」
血の臭いがする息を吐きながら、スイシは下卑た笑みを浮かべた。
「そんなのより死ぬほうが100倍マシだ」
地面に埋まった足を引き抜き、キリヒトは唾を吐いた。
その後ろでクマは動かない体を懸命に引きずっていた。
「や…めろバカ!俺を…かばうな…!!」
再び打ち込まれた拳に、キリヒトは自分の拳を合わせた。
骨が砕ける音がして、双方の腕が折れる。
「耐久勝負といくかね?あのお方は私にも再生能力をくれたぞ」
ミシミシという音とともに腕が治っていく。
「なんで一々あのおかたって言うんだ?アグって普通に呼べよ」
汗を流しながら、キリヒトは自分の腕を確かめた。
スイシの言う通り、幾分再生が遅いようだった。
「お前のようなガキには、あのお方の偉大さは分かるまい!」
先に治ったスイシがそう言ってキリヒトめがけて拳を振り下ろした。
折れていない方の腕でキリヒトは攻撃を受け止め、あたりに血が飛び散る。
今度は治癒を待たず、連続で腕を振り下ろす。
「模造品どもが!どいつもこいつも!能力の根源すら知らず!」
何度めかで、振り下ろしたスイシの腕は縫い付けられたように上がらなくなった。
「何だと…?」
折れた腕で、スイシの両腕を絡め取りキリヒトがそう呟いた。
腕がきしみ、血が滴るがキリヒトは離さず、体を大きく反らした。
「聞かなきゃいけねえことが出来たな!!」
地面を蹴って飛び上がったキリヒトの渾身の頭突きでスイシの角は一本折れ、地面に突き刺さった。
だが、キリヒトの頭からもとめどなく血が溢れている。
「この…モルモット風情がァ!!」
スイシはよろめき、膝をついた。
「ゼェ…おい、モルモットって…ゼェ…クソ、なんでこんなに疲れんだよ…」
同じように、角を頭でへし折ったキリヒトも今にも倒れそうだった。
海の上からの連戦に次ぐ連戦と、超再生の劣化が想像以上にキリヒトの体力を奪っていた。
溢れる血を拭い、なんとかまっすぐ立とうする。
スイシが体勢を立て直し、大きく息を吐いた。
「あのお方は仰っていた…出来の悪い生命は全て消せとな…!!」
両手を合わせ、スイシは腕を大きく振り上げた。
「死ね!!」
だが、スイシの腕は振り上げたまま動かない。
「ぐ…く…!!何…体が…!?」
「あ…?」
唖然とするキリヒトを、誰かが抱えて飛び上がった。
キリヒトは目まぐるしく動く視界の端で、クマも同じように抱えられているのを見た。
「タカ!」
自分を抱えた人間の大声を聞いて、キリヒトはっとする。
「お前さっき会ったトビとかいう…!」
「キツイっす、10秒!」
タカと呼ばれた青年は胸の前で何度か印を結び、口から糸を吐いた。
糸はスイシの体にベタベタと絡みつき、行動の自由を奪った。
「エメラルのゴミどもか!」
トビはキリヒトを見ることなく、再び大きな声を出した。
「モズ!丑の方角!」
「はいな!」
モズは明るい女性の声で応えると、部屋の隅に玉のようなものを投げつけた。
壁に当たったそれはぱっと広がり、綿のような物に変わる。
そこにクマと一緒に放り投げられたキリヒトは、部屋を飛び回る5つの影を見た。
「あいつら、エメラルの…!!」
「邪魔を…するなァ!」
糸を強引に引きちぎると、スイシはキリヒト達の方へ突進し始めた。
だが、突然何も無いところで派手に転んだ。
「力を持った者はそれに頼りたがる。
正攻法で敵わぬ相手も、道具と戦術でいくらでもやりようがある」
「あいつ…浮いてる?」
壁の間に張った細い糸の上に立っていたトビは、二本の刀を抜いた。
その間にも飛び道具が次々とスイシの体に突き刺さっていく。
「ただの力を手にしただけの為政者が、戦うことに人生をかけた我々に敵うと思うなよ」
「グオォ…!」
スイシが怒りの咆哮と共に顔を上げると、その両目にハヤブサが投げたナイフのような武器が突き刺さった。
目をおさえるスイシに、頭上からトビが刀を突き立てた。
上に乗られたことに気付き、スイシが両腕を背に回した。
「あぶ…!!」
キリヒトが叫んだ瞬間、トビの姿は煙と共に丸太へと変わった。
「ね…え…?」
「変わり身も知らないのか」
影の一つとして飛び回っていたツバメが、キリヒトの眼の前に降り立って言った。
さらに刀を抜いてキリヒトに向ける。
「私を負かしておきながらこの体たらく…情けない!」
ツバメはそう言って背を向け、スイシに対して構えをとった。
同じように降り立ったニンジャ達もスイシに武器を向ける。
突き刺さった刀を抜くことも無く、地面に倒れたスイシはのたうち回り始めた。
「毒…?なぜだっ…このっ…私がっ…こんな羽虫どもにっ…!!」
徐々に縮んでいくスイシを見て、トビ以外は刀を下げた。
トビはゆっくりともがき続けるスイシに近づいていく。
「情報戦すらも怠ったツケだ。貴様らの免疫が効かない毒を作るのには骨が折れたがな」
突き刺さった刀を抜いて、トビは冷たい声で言い放った。
「5秒やる。祈れ」
トビがスイシの首に狙いを定めて振り抜いた刀を、割って入ったキリヒトが受け止めた。
「やめろ!!」
ギリギリと押し合いながら、トビはキリヒトがさっきまでいたところを向いた。
「ツバメ!」
「申し訳ありません!」
キリヒトを後ろから殴りつけ、ツバメは上に乗った。
「やめろ!そいつを殺すんじゃねえ!」
「貴様たちの努力は認める。だが、形はどうあれ手柄は我々のものだ」
キリヒトは激しくもがくが、力が入らないうえに関節を極められており動けない。
動けないことを悟り、キリヒトは仕方なくそのまま叫んだ。
「コイツは自国民を殺しやがった最低のクズだ!生かしたまま償いをさせてやる!」
「悪いが、それは我々と関係が無い。生殺与奪の権限は君ではなく俺にある。
運が無かったと諦めろ」
キリヒトが歯を食いしばり、全身に力を入れ始めた。
「トビ…こいつ…!!」
「諦めろだと…!できるわけねえだろ…!!」
キリヒトは力を振り絞り、ツバメの拘束に対して力任せに抵抗をし始めた。
その気迫を見てほんの一瞬だけ、トビを含むニンジャ達の注意がスイシからキリヒトへと向いた。
僅かな一瞬を見逃さず、スイシは地面から跳ね起きて走り出した。
声を出すより速くモズが手裏剣を投げたが、スイシは間一髪で壁にあった隠し扉の中へと転がり込んでいった。
「逃がすな!!」
駆け出したハヤブサが扉を蹴破ろうとするが、扉に当たる前に弾き返された。
「クソ!何だこの障壁!」
見えない壁を叩いたハヤブサは、立ち上がろうとするキリヒトの方へ走ってきた。
「何故余計なことをした!こっちは命を救ってやったんだぞ!」
「もういい!それよりもここを破るのが先だ!」
倒れたキリヒトに攻撃しようとするハヤブサに、トビが呼びかける。
ハヤブサは少し迷っていたが、舌打ちをして隠し扉の方へと戻った。
ボロボロの体を必死に動かして、スイシは隠し通路を走っていた。
刀を抜いた背中からは血が流れ続けている。
「ありえない…あのお方はエメラルのことなんて微塵も…!」
突き当りにあるドアを開けて、さらに奥の広い部屋へとスイシは飛び込んだ。
「あのお方の真意は直接伺うとして…今は逃げなければ…!」
シェルター部屋の電気を入れたスイシは、自分の前に立つ相手を見てぎょっとした。
「よーお、久しぶり…何だ、覚えてないのか?」
スイシは動けないでいた。死んだと聞かされていた男が目の前にいたからだ。
「このヴラドの顔を忘れるなんてつれないぜ」
「今更、何をしに来た…失敗作!」
失敗作と呼ばれたことを気にもせずヴラドは笑って、手に持った大型の注射器を見せた。
「それは…!」
「そうだ。あんたの体に使ったヤツだ。悪いけど、アグとキリヒトを殺すのにこれがいるのさ。
殺すための弾薬は完成したが、弾を撃つ銃も必要だからな」
スイシは入り口近くにあった置物を壊し、中から銃を取り出した。
「おいおい、そんな物で死ぬと思うのか?」
おどけたようにヴラドが言うが、スイシは銃を降ろさない。
「あのお方はナンバーズが裏切った時のことも考えていた…それに対応するための、特殊弾薬も」
「都合よくそれがそこに入っていたってか?どんな備えだ」
スイシは荒い呼吸のまま、しっかりと狙いをつけた。
「この部屋はあらゆる備えがしてある。反対側には普通の銃が入っていたというだけだ」
そこまで聞かされても、ヴラドは余裕の表情だった。
「それは困ったな。じゃあ、俺の新しい力を見せよう」
ヴラドが手をかざすと、スイシは突然銃を下ろした。
「…!何をした…!」
ヴラドは笑ったまま何も答えず、指を細かく動かした。
スイシの腕は無理やり動き、構えた銃は自分の口の中へと向けられた。
必死の抵抗をするスイシを見て、ヴラドはげらげらと笑った。
「"マリオネット"とでも呼ぼうか?施設で獲得し、エメラルでテストした。
これならば奴らとも渡り合えるだろうよ」
「ま、待て!分かった、私は何も見なかったことにする!だから、命だけは助けてくれ!」
その言葉に、ヴラドは手を止めた。
「私はただあの御方に従うだけで、永遠の安寧を約束してもらっていた!
ヴラド、君を殺せという指示は受けていない!注射器も持っていっていい!
頼む、殺さないでくれ!」
「永遠の安寧…ね」
ヴラドは大きくため息をついて、額に手を当てた。
「そのためなら負けたまま生きても構わないってのか。
足掻かず、ただ負けたことを受け入れ続けるのか。
スイシ、お前は何のために生きている?ただ死なないためだけか?」
「誰だって死にたくは無い!命と引き換えなら何だって差し出すはずだ!」
縛っていた力が消え、スイシは銃を手から落とした。
「つまらん。俺達と同じか、それ以上の力を手に入れたのにただ生きることが目的か。
自分の勝利のために命を張った奴と、臣下を犠牲にしても勝とうとしないお前…。
比べようもない。勝とうとしない相手との勝負はする価値が無い」
ヴラドは落胆した様子で、背を向けた。
それを見てスイシはゆっくりと、静かに落とした銃を拾った。
「だが―」
背を向けたままのヴラドが指を一本立てると、手に持った銃はスイシの口の中へとねじ込まれた。
「生かしておく理由もない」
必死の抵抗もむなしく、ヴラドの能力によって引き金が引かれた。
弾切れになるまで銃声は続き、あとに残ったのはスイシの死体だけだった。
数分後、ドアを蹴破り5人のニンジャがその部屋に飛び込んできた。
「観念しろ、スイシ!…クソ」
一番最初に飛び込んだハヤブサが、スイシの死体を見て悪態をついた。
トビが刀をしまい、大きく息を吐いた。
「自殺か…」
少し遅れて走ってきたキリヒトも、死体を見て怒りと悲しみが混ざった表情をした。
「ふっ…ざけんなよ…最低の形で…逃げやがった…!!」
キリヒトが座り込むと、トビは懐から短刀を出した。
スイシの死体の側に屈み、首に刃を当てる。
「とりあえず首を持って帰るか…」
首に半分ほど切れ込みを入れた瞬間、トビは突然自分の正面へと短刀を投げた。
一瞬遅れて、残りの4人もそれぞれの飛び道具を投げる。
だが、投げられた各々の武器は突然空中で止まり地面に落ちた。
「凍った!?」
ハヤブサは高い音を立てて地面に落ちた武器を見て驚いた。
凍った武器を踏みつけて、フードをかぶった二人が何も無いところから現れる。
「ナンバーズ!?」
キリヒトが驚きの声を漏らす。
「人間はおろか、野生動物にすら見破られたことは無かったのだが…何故わかった?」
さらに飛び道具を構え、ニンジャ達は相手を睨んでいる。
質問したのとは違う方のナンバーズが首を振った。
「答えてくれそうに無いですよ」
「構わんさ、実際のところあまり興味は無い。
それよりもスイシが死んでることが問題だ。殺せと言われたのに、これでは任務を果たせないな。
まあとにかく、ニンジャ共を排除するのが先だ」
そう言った瞬間、ニンジャ達が飛びかかった。
それを見ても、ナンバーズは動じること無くどん、と足を踏み鳴らした。
突然床に模様が浮かび、光を放ち始める。
光はどんどん強くなり、キリヒトは思わず目を閉じた。
「…転移装置を作動させるための、ですね」
目を開けた時、部屋にいるのはキリヒトとナンバーズだけだった。
「っ…!!おい!あいつらをどこへやった!」
「ただ外へ追い出しただけだ。それよりも、他人の心配をしてる場合か?」
フードを外してナンバーズ達は手袋をはめた。
「俺はナンバーズの2、フロスト。隣にいるのは3のブレイズだ」
ブレイズと呼ばれた女性はひらひらと手を振り、手から炎を出した。
「あなたが出せる火とは、威力も範囲も段違いですよ」
キリヒトは体を硬化させるが、すぐに維持できなくなりその場に座り込んだ。
両手を使って後ろに下がるキリヒトの方へ二人はゆっくりと近づいていく。
「仲間はいない。体力も無い。絶体絶命というやつだ。どうする?
諦めるのが賢いと思うが?」
「投降すれば…まあ命は助かりませんけど、苦痛無く死ねますよ」
壁際にまでキリヒトを追い詰め、ブレイズとフロストはそれぞれ右手と左手を前に出した。
「投降だと…」
氷の塊と炎の塊を目の前に向けられたキリヒトは口を開いた。
「だからてめえらはダメなんだ…すぐに諦めると思ってやがる…」
壁に手を付き、キリヒトは立ち上がった。
「例え俺の命と引き換えにしたって…ミーナは…ヌイドーは絶対守ってやる!!
来いよ!やれるもんなら、殺してみろ!!」
血だらけで胸を張って立ち、キリヒトは叫んだ。
「ハハ、命を張っても守れないとは残念ですね」
「望み通り、殺してやろう!」
二人が攻撃を放とうとした瞬間、一枚の黒い羽根が二人の間を舞った。
「復讐に燃えていた以前とは別人だ…成長したか」
羽根は二枚になり、四枚になり、瞬く間に全員の視界を遮った。
「何だこの…!」
フレイムとブレイズは攻撃を遮った闇雲に放つが、羽根が余計に舞うだけだった。
「大方は筋書き通りか。アグ…やはり侮れない」
羽根が一気に散り、キリヒトと二人の間には一人の青年が立っていた。
その姿を見て、キリヒトは唖然とする。
「ナ…ナシャエル…」
かつて暴走したキリヒトを抑えた時の姿で、ナシャエルはそこに立っていた。
全身を黒の服で包んだ姿は、キリヒトにとっては初めて見る姿だった。
「ナンバーズとやら、私が相手になろう」
4枚の黒い翼を広げ、ナシャエルは二本の剣を何もない空間から抜いた。
「"天使もどき"か!行方知れずだと聞いたが、まさか自分から来るとはな!」
両手を炎で包み、フレイムは嬉しそうに大声で言った。
フロストも同じように体に氷を纏っている。
ナシャエルは少し眉を上げた。
「その呼び名は不愉快だな」
ナシャエルの言葉を無視して、二人は興奮し叫び始めた。
「最重要標的が二人も揃うなんて、俺達は最高にツイてる!」
「ええ、そうでしょうとも!どっちも殺してアグ様に持っていきましょう!」
激しい炎と凍てつく冷気が同時にナシャエルの方へと飛ばされた。
触れもせずに部屋を破壊するその塊を、ナシャエルは剣の一振りで弾き飛ばした。
「アグ、どうせこの戦いも見ているのだろう」
一迅の風と共に、ナシャエルは二人の後ろに移動した。
「だから教えてやる。こいつらでは相手にもならない」
一瞬遅れて、二人の片腕が宙を舞った。
その腕を二人が掴む前にナシャエルの翼が切れた腕を絡め取り、消失させた。
「ぐ…!!」
「再生は出来ない。パーツがあれば別だが」
それぞれが炎と氷で傷口を塞ぎ、再び同時に攻撃を繰り出した。
今度は弾くこと無く、ナシャエルは正面からそれを受けた。
「ハハ、馬鹿め、余裕ぶって…いるから…」
ブレイズの笑いがどんどん恐怖の表示様へと変わる。
上着が僅かに破れただけのナシャエルは、下のシャツに付いた破片をパンパンと払った。
「余裕ぶっているんじゃない。実際に余裕なんだ」
「フロスト!アレをやるぞ!」
呼びかけられたフロストは、焦った様子で首を横に振った。
「ここでやるのは危険すぎます!許容された以上の被害が…!!」
「そんなこと気にしてる場合か!殺されるよりマシだ!」
ブレイズが叫んで、フロストを掴み自分の体に押し付けた。
二人の体がくっついた部分はずるずると融合を始め、あちこちに炎と氷の破片が飛び散っていく。
「ナシャエル!何ぼさっとしてる!さっさと今やっちまえよ!」
その様子をただ見ていたナシャエルに、キリヒトは我慢できずに叫んだ。
それでも、ナシャエルは剣をくるりと回し肩に担いで融合する様をただ眺めている。
「私が、こいつらに正面から勝つところを見せる必要がある。
例えどんな手を使ったとしても」
融合して二回りほど大きくなった二人は、もはや人とは呼べない姿へと変わっていた。
かろうじて人型を保ってはいるものの、炎と氷が入り混じったもので体が構成されていた。
地の底から響くような声で、化け物は叫んだ。
「後悔、しろォ!」
部屋をメチャクチャに破壊しながら、化け物はナシャエルへと攻撃をし始めた。
腕の一振りで、部屋の反対側に離れたキリヒトの所まで猛烈な熱気と痛いぐらいの冷気が交互に流れてきた。
だが、ナシャエルはその攻撃を時々腕で受けるだけで、回避しようとすらしなかった。
「哀れだな。アグはお前らを消耗品としてしか見ていない。
今回も、私の底を測るためだけにぶつけられた」
ナシャエルは剣を交差させ、化け物の胴体を貫いた。
「そして、その企みは完全に無意味だ」
剣が突き刺さったまま、化け物はナシャエルの体を掴んだ。
動かない化け物の体に、物凄い勢いでエネルギーが溜まっていく。
「超高温と極低温をぶつけると大規模な消滅が起こる…それを利用して、自爆か」
「気付いたところでもう遅い!この城程度なら丸ごと吹き飛ばせる!」
ナシャエルの翼が一層大きくなり、化け物と自分を完全に包み込んだ。
「やってみろ。私にかすり傷でもつけられればいいな」
化け物の体から発する光が翼で完全に遮られた瞬間、轟音と共に城全体が大きく揺れた。
振動が止まると、翼の中からすこし汚れたナシャエルが姿を現した。
傷は無いがジャケットが破れ、下からはノースリーブのシャツが覗いていた。
「私の上着を破いたか…少しショックだな」
ナシャエルは小声でつぶやいて、体を撫でると服は元通り綺麗になった。
キリヒトはそれを見てフラフラと立ち上がり、近づいていった。
「このヤロ…心配させたと思ったら…いきなり現れて…しかもあいつらをあっさり…」
今にも倒れそうなキリヒトの肩を、ナシャエルは両手で支えた。
「無理するな。少し休んだら、さっき抜き取った心臓を…」
キリヒトの全身を見て、ナシャエルの表情が険しくなっていく。
「ゼェ…マジかよ、あの状況で抜き取ってたのか…?まあいいや…ゼェ…くれよ。
食ったらすぐに回復するからよ…」
「…ダメだ」
キリヒトは疲弊しながらも、怪訝そうな顔をした。
「あぁ?何でだよ?」
「これ以上、戦いにも参加するな。このままだと…お前は死ぬ」




