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出立

通信室ではあちこちでパラボラアンテナが回転し、ひっきりなしに通信が行われていた。

旧式の無線機もフル稼働しており、ギリギリといった様子だ。


「どうだ?」


クマが声をかけると、パラボラの一つが回転を止めた。


「パニックは割と収束したス。でも建造物の被害が甚大スね。

 皆協力して復興してるスけど、しばらくはインフラも自分達の以外は機能しないス。

 当分は俺らの休みはなさそうス」


パラボラはそこまで言って、再び回転に戻った。


「やはりか…よし、映像を出してルヴィ国につないでくれ」


マイクが机をとことこと歩いてきて、クマの前に座った。

モニターの電源が入り、コランの顔が映る。


「キリヒト!目を覚ましたのか!」


「パーズ軍は押し返したぜ、コランさんよ」


そう言ってモニターを横からのぞき込むキリヒトを押しのけ、クマが正面に居座った。


「こちらの被害は甚大です。兵達も多くが傷つき、戦力はほとんど残っていません。

 そちらはどのような状況ですか?」


「それなんだがな、お前たちを襲撃したのはパーズ軍だと言ったな?」


クマは走ってきた兵士から資料を受け取ってうなずいた。


「そうですね。シルヴァと前線でやりあってる間に不意をつかれた、という形です」


「偵察機から、パーズとエメラルが海でやりあっていると情報が入った。

 そこで、俺達もその戦いに参戦しようと思う」


「おーい、それより」


キリヒトは天井に腕を突き刺してぶらさがり、逆さまでモニターを覗き込んだ。

クマは押しのけるのを諦めて隙間から顔を出した。


「俺達が捉えられていた施設はどうなった?たしか人を送ったんだよな」


コランはそれを聞いて、バツが悪そうに視線をそらした。


「…あの建物に広大な地下施設が発見された」


キリヒトは当然といったように頷いた。


「へえ…やっぱりな。それで、俺達が救った捕虜は?」


コランはしばらく黙った後、一枚の手紙を取り出した。


「自分の目で見たほうがはやいだろう」


「『キリヒトへ 施設を制圧してくれて感謝する。捕虜たちはすべて俺のための実験体になってもらった。

  俺はシルヴァにつくつもりはないが、仲間になるつもりもない。 ヴラド』」


「派遣した調査隊は、施設の地下に巨大な施設を発見した。

 その全てが破壊されていて、情報を得るのは困難だがな…」


キリヒトは目の前にある金属製の机を思い切り叩いた。

机が大きく凹み、マイクはバランスを崩しそうになって慌てた。


「ヴラド…!!あの…クソ野郎…!!」


「…察しの通り捕虜も全滅だ。死体すら残っていなかった」


「さっさと仕掛けて、戦争を終わらせんぞ!」


キリヒトはモニターに顔を近づけ、大声で叫んだ。


「その話をしてるんだろうが…ちょっとどけ」


クマは再びキリヒトをおしのけ、コランを見る。


「パーズ軍に対して攻撃を仕掛けるとして…エメラルの動向はどうなんですか?」


「エメラルとパーズは今も海戦を繰り広げているようだ。

 当然エメラルも警戒すべきだが、パーズを攻撃すれば自ずと協力関係は築けるだろう。

 さらにその後本土へ突入し、城も含めてパーズを完全に制圧する」


「本土を!?シルヴァ…というよりナンバーズを抑えきれるのですか!?」


コランは少し眉間にしわを寄せ、黙った。


「無謀な戦いを挑むよりは、周囲を攻撃して降伏を誘発する方が確実かと思いますが」


「定石としては、そうだろうな」


難しい顔をしながら、コランは続けた。


「だが、嫌な予感…いや、予感というよりは予測だ。

 ヤツらは自国民が全員死んでも降伏しない…そんな気がするんだ。

 戦争に勝つためではなくその裏になにか…もっと不気味な目的がある気がする」


キリヒトはよく分かっていないようだが、クマは薄々感じる部分があった。

ナシャエルの策があるとはいえ、この流れは不自然だった。

パーズとシルヴァは相手だけでなく、自分も消耗させるような無茶な仕掛け方を続けてきていた。


「だからこそ、市街地を素通りして一気にスイシ=パーズを叩く。

 側近もまとめて始末すれば、降伏させるのは容易だろう。あとは…」


「ナンバーズ、ですか」


コランは黙って頷いた。


「ナシャエルにやらせたらダメなんか?」


黙っていたキリヒトが、逆さまのままそう言った。


「ナシャエルは…行方不明だ。襲撃中、いつの間にか病室から姿を消していた」


「はぁ!?」


素っ頓狂な声をあげ、キリヒトは地面に着地した。


「行方不明って…探さねえのか!?」


詰め寄るキリヒトを、クマは手で押し返した。


「ヌイドーは深刻な人手不足だ。だから俺の国から人を出してはいるが…望みは薄いだろうな」


キリヒトは振り返ってモニターに映るコランを見た。


「何でだよ!」


「まず第一に!」


胸のあたりの布を掴む腕を引き剥がして、クマが大きな声を出した。


「あいつがいなくなった、ということは自分で消えたか、さらわれたかの二択だ。

 次に、前者だった場合見つけるのはほぼ不可能だ。あいつが簡単に足取りを掴ませるとは思えない。

 後者だった場合、どっちにしろ取り戻すまで戦力としてアテに出来ない。わかったか?」


「でもよ―」


ピッ、とクマの拳がキリヒトの顎をかすめた。

キリヒトは派手な音をたてて倒れ込み、そのまま動かなくなった。


「話が進まん。少し寝てろ」


苦笑いするコランに、再びクマは顔を向けた。


「では、ルヴィとサイアの連合軍でパーズへと侵攻するのですね?」


「ああ、次は海戦だ。それが終われば、いよいよパーズの本土へと上陸する。激しい戦いになるだろう」


「ヌイドーからもいくつか船を出しましょう。船員は十分とは言えませんが、私も同行します」


敬礼をするクマに、コランは頷いた。


「うお!ここどこだ!?」


寝ている間に船に乗せられ、キリヒトはルヴィの港まで運ばれていた。

目を覚ましたのは甲板で、ぬいぐるみや人形が周囲をせっせと動き回っていた。


「良い夢見れたか?ここはルヴィ港第三ドックだ」


キリヒトが寝ていた近くの木箱には、クマが座っていた。


「もうすぐパーズと戦闘することになる。勝っても負けてもしばらく帰ってくることは無いだろうな。

 …ところで、今ヌイドーの住民は大半がルヴィとサイアに避難してるんだ」


「…だから?」


呆けた顔をするキリヒトに、クマは頭をかいて外を指さした。


「鈍いやつだな…ミーナも苦労しそうだ。

 会えなくなる前に会って来いと言っているんだ」


地面に落ちていたよく分からない金具を投げつけられ、キリヒトは船から飛び降りた。

飛び出したはいいものの、キリヒトにとってルヴィの町を見るのは初めてであり、

どこに行けばいいのか検討もつかなかった。

道をゆく多くの人に混じって物質種もちらほらと見える。

だが物質種の大半はキリヒトを見ると目を逸らし、そそくさと人混みに消えていった。


「どこに行けばいいんだよ俺は…」


キリヒトとしてはよく知らない町より船で時間を潰したかった。

だが、会わないまま帰れば今度はクマに金具を頭にねじこまれそうだった。


「…そうだ!」


キリヒトは狭い路地に行き、辺りを見回して人がいないのを確認すると、屋根の上に飛び上がった。

そのまま屋根伝いにひょいひょいと飛んでいき、一番高い時計塔の上に登った。


「物質種の集まってるところにいるよな…たぶん。いなけりゃ聞くだけだ。…お、ラッキー」


キリヒトは物質種のキャンプの中で、炊き出しをしているミーナの姿を見つけた。

かつてS.L.ウォールでしていたように、ボロ布で顔を隠してそこへと近づいていった。

難民キャンプの物質種達は、目の前のことで精一杯らしい。

そのおかげでキャンプの中に入っても、キリヒトだと気づいた者はいないようだった。


「ミーナ」


炊き出しをしているミーナの肩をとんとんと叩くと、キリヒトの姿を見たミーナは驚いて器をひっくり返した。

辺りにいた物質種達は不思議そうに二人を見ている。


「キリ……」


そこまで言って、何故キリヒトが顔を隠しているのかを気づいたようだった。

ミーナは並んでいる物質種達に笑顔を向けた。


「何でもないの。ごめんなさいね」


そして、キリヒトに視線を向けないようにして囁く。


「このテントの裏に回って。すぐ行くわ」


テントの裏は表にいる者たちが嘘のように静かだった。

何をするでもなくただ待っているキリヒトに、ミーナがやって来て声をかけた。


「…もう会えないかと思った」


下唇を噛み、そう言うミーナにキリヒトは首を傾げる。


「何でだ?」


「あの時…あなたがシェルターの中にいる私達を守ってくれた時、私は何もあなたに言えなかった」


両手を顔の前で合わせ、ミーナは下を向いた。


「血を流して、命を賭して守ってくれのに…私達はあなたに怯えてしまった。

 …ごめんなさい。あの一瞬、あなたが…本当に怖かった」


キリヒトは目を閉じて話を聞いている。


「あんな態度をとられて、報われなくって…きっと、怒ってしまうと思ってたから。

 私の…私達のことなんて、もう嫌になったかと思ってた」


「…別に、そうはならねえよ。それが…人の本能だからよ」


悲痛な面持ちをしていたミーナは、それを聞いてくすりと笑った。


「何だよ、何か面白いのかよ」


「あら、ごめんなさい。あなたがそんな事言うの、ちょっと可笑しくて。

 ……誰かに、教えてもらったの?」


キリヒトは立ち上がって、大きく伸びをした。


「実のところ、そうだ。その人…人か?まあいいや。そいつに言われたよ。

 俺は人と怪物の間で揺れてるってな」


近くの木の幹を掴み、キリヒトは左手の指を食い込ませた。


「俺は化物じみた力を持ってる。俺にとっては当然すぎて気づかなかったけどな。

 この力が皆に恐怖を与えるってこともわかった。…でも、捨てるわけにはいかねえ」

 

キリヒトの顔の左半分が、『喰らう者』へと変わった。


「俺は人の中に混じって、ミーナと勉強をして…そうやって過ごしていた。

 でも、この化物みたいな姿だって俺自身だ。この力が無いと、何も出来ない」


顔の半分だけではなく、左腕も『喰らう者』への姿へと変わっていく。


「…正直なところ、怖がられたのは悲しいと思った。

 だけど、俺がミーナを、ヌイドーの人々を守ったのは俺自身が怪物にならないためだったんだ」


ミーナの瞳を見て、キリヒトは少し安心した。


「俺はもうただの人にはなれねえと思うけど、怪物もクソ食らえだ。

 この先に何があるのかは分からねえし、俺がどういう姿になるのかも分からねえ。

 ただ一つ、分かるのは…俺は、絶対にミーナを守るってことだ」


顔を赤くするミーナに気づいて、キリヒトは不思議そうな表情をした。


「何だよ?何か変なこと言ったか?」


「今のは…その…告白ってこと?」


意味を理解して、キリヒトは掴んでいた木の幹をうっかり引き裂いた。


「いや!そういう意味じゃない!ただ純粋に、俺は…」


ミーナはくすくすと笑って、キリヒトの方へと近づいた。


「じゃあ、そういう告白も待ってるわ」


体の半分を『喰らう者』へと変えているキリヒトを、ミーナは抱きしめた。


「……!!」


キリヒトがどうして良いか分からず慌てていると、横で引き裂いた木が派手な音を立てて倒れた。


「わ!何!?」


「ここの裏だ!木が倒れたみたいだぞ!」


音を聞いた物質達が、テントの裏へとやってくる声がした。

ミーナが手を離すと、キリヒトは倒れたのとは別の木の上にぴょんと飛び乗った。


「…待ってるわ」


ミーナはキリヒトをじっと見て、最後の言葉を繰り返した。

キリヒトはその言葉に、笑い返して姿を消した。

書きためが無くなったので以降更新が遅れます

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