対話
ヌイドー国内の病院で、キリヒトは目を覚ました。
全身に包帯が巻かれており、傷の手当は完璧だった。
キリヒトは自分があの後どこまで歩いたかは覚えていなかったが、
周囲の静けさを見るに戦闘は終了したようだった。
「う…ぐっ!」
キリヒトは体を動かそうとして、痛みに顔をしかめた。
しばらくそんな事を続けていると、病室の外から声が聞こえてきた。
「大まかには俺の指示通りに続けてくれ。割り振りは表にしておいた、コピーして回せ。
細かいことについては、各庁の責任者の判断に任せる。ああ」
ドアが開き、クマが病室へと入ってくる。
隙間からたくさんの兵士や、人形が立ち去っていくのが見えた。
「本当に無茶をする奴だな。傷を見てミーナが泣いていたぞ。
大活躍だったらしいがな」
クマは肩にかけたクーラーボックスを地面に置き、椅子に座った。
「まずは…我が国民を守ってくれたことを感謝する」
クマはそう言って、両膝に手を付き深々と頭を下げた。
キリヒトは顔をそむけ、舌打ちをした。
「てめえは人間嫌いじゃなかったのかよ」
「礼儀はわきまえてるつもりだ。俺の感情なんてちっぽけなものだ。
褒美…ではないが、いいものをくれてやる」
クマはクーラーボックスから、冷えた心臓を2つ取り出した。
「こっちにきたナンバーズのものだ。お前が殺した方は損傷が激しいが大丈夫か?」
クマはキリヒトの口元に心臓を持っていき、食べさせ始めた。
「何でも良い…。それよりも、もっと栄養をくれ。再生が追いつかない」
「栄養剤を点滴で注入し続けている。胃の中にも、既に2日分ぐらいの栄養を流し込んだぞ?」
キリヒトはミシミシと音をたてて再生する体を起こし、もう一つの心臓を自分でかじる。
「最近、傷の治りが悪いんだよ。余分に食わなきゃ回復できねえ」
キリヒトは2つ目の心臓を飲み込んで、ベッドから飛び降りた。
「…大丈夫なのか?」
不安そうな空気を出すクマの前で、キリヒトは体に巻き付けられた包帯をびりびりと破いた。
「とりあえず食えば治るんだから平気だろ。どれぐらいたった?」
治りきってない傷口を見ながら、キリヒトは尋ねた。
「倒れてから約20時間ってところだ。俺は対応に追われて食事をする暇もない。
ついでだから一緒に食べさせてもらおう。運ばせようと思っていたが食堂でいいな、こっちだ」
二人は静かな廊下を歩いていく。
「人がいねえんだな」
「ここは比較的安定した患者がいるところだからな。ER(緊急救命室)は大騒ぎだ」
食堂のドアを開けると、料理がテーブルいっぱいに並べてあった。
「すまんな、おっちゃん」
クマが厨房に向かって呼びかけると、蜘蛛のフィギュアが脚を振った。
「いいってことです!大急ぎで作ってるんでどんどんどうぞ!」
「だとよキリ…」
既に空っぽになった料理の皿を積み上げ始めているキリヒトを見て、クマもテーブルについた。
「食事が終わったら、ある人物に会ってもらう」
料理を胃に流し込みながら、キリヒトは視線だけをクマに向けた。
「お前さんがこの国を守った功績と、その人物の強い要望でな。
…無礼を働くんじゃないぞ」
数時間後、食事を終えた二人はヌイドー城内を歩いていた。
「30kgは食ってなかったか?どうなってんだお前の腹は」
「食ったそばから消化して吸収してんだよ。おかげでほぼ全快だ」
調子が良さそうにキリヒトは腕を回していたが、突然咳き込み始める。
「ゲホッゲホッ…ゴボッ…」
キリヒトの口から大量の血が溢れ、地面に血溜まりを作った。
「おい!どうした!」
クマが駆け寄るが、キリヒトはそれを手で制した。
「すまねえ、床を血で汚しちまった…」
「そんなことはいい!これは…これは、普通じゃない!」
クマの言葉を無視して、口の周りについた血を拭いキリヒトは再び歩き始めた。
「おい、一度休んで…」
「戦争が終わったらそうしてやるよ。それより、会わせたいってやつの所にさっさと連れてってくれ」
クマの引き止めを強引に振りほどき、キリヒトは歩を進めた。
玉座がある部屋に着くと、クマはさらに奥にある隠し扉を開けた。
「さあ、お前が会う相手はこの奥におられる。ここからはお前一人だ」
「わざわざこんなことして…一体誰なんだよ」
そういって扉をくぐると、後ろでガチャンと扉が閉められた。
首をすくめて、キリヒトは薄暗い通路を歩き始めた。
通路の奥には、豪奢な部屋が広がっていた。
シャンデリアに、輝く調度品。窓がないことを除けば最高の部屋だった。
壁には農場の絵が飾ってあった。
キリヒトは絵に詳しくなかったが、高そうだ、とだけ思った。
中央には天蓋付きのベッドがあり、ヴェールで奥が隠れている。
「…キリヒト。あなたが、キリヒトですね?」
ヴェールの奥にいる、華奢な人影が静かな声を発した。
「そうだけど…アンタ誰だよ?それに寝たまま話すのか?」
「すみません…私は最近、体を起こすのも難しくなってきています…。
もしよろしければ、ヴェールを開けてくれませんか?」
キリヒトは無遠慮にツカツカとベッドへと歩いていき、ヴェールを開けた。
中にいた相手を見て、キリヒトは絶句する。
ベッドには精巧な女性の人形が横たわっていた。
肌や、瞳、髪すら人と見まごう程だった。
だが、全身にひび割れたような傷があり瞳の片方は抜け落ちていた。
クマもおんぼろのぬいぐるみだが、この人形はそれとは明らかに違っていた。
年季が入ったのではなく、何者かに意図的に壊された…そんな印象をキリヒトは受けていた。
人形は関節を軋ませながら、笑顔で右手を差し出した。
「キリヒトさん、わざわざ来てくださってありがとう」
「ああ、うん…動けねえんならしかたねえ…その傷…」
キリヒトはさっきとはうってかわって、遠慮がちな態度をとっていた。
恐る恐る差し出された手を握り、握手を交わしてキリヒトは近くの椅子に腰かけた。
「そうですね。まずは私のことを話すのが礼儀でしょう。
私はルードヴィア・アンティカ。ヌイドーの女王です。
あなたが驚いたこの傷は…昔、心無い人間の方々によってつけられました」
ルードが体を動かすたびに、関節がきしんでいた。
「クマは今でもそのせいで、人間を恨んでいるようです…。
私は構わないと言ったのですけれども…」
「…何か、聞いちまって悪い」
キリヒトが下を向くと、ルードは僅かに首を横に振った。
「疑問に思うのは当然のことです。率直な対応の方が、私としてもありがたいですよ。
…それよりも、本題に入りましょう」
ルードの声が、優しくも厳しい調子へと変わった。
「クマから聞いて、あなたのことはよく知っています。
あなたが今、何に苦しんでいるかも。
…先に謝ります。ごめんなさいね」
首を傾げるキリヒトに、ルードはひびの入った手を見せた。
「私は握手をすると、その時間に応じて相手の心を読むことが出来ます。
記憶や、感情、思考回路…5分以上握っていれば、その人のことをほとんど理解できます」
「勝手に読んだのかよ。…ちっ、だから謝ったってか」
ルードは申し訳なさそうに微笑んで、話を続けた。
「あなたは今、揺れているのです。ここに来る前、あなたの中は空っぽだった。
でもここに来てすこしずつ、あなたの中に様々なものが流れ込んできています。
…最近、人を食べなくなりましたね?」
キリヒトは上を向いて、考え始めた。
「…そういえば人肉はナンバーズの心臓以外、口にしてねえな」
「それは無意識下であなたが人に近づこうとしているからです。
他の…仲間と呼べる相手と交わり、理解していく中であなたは変化しています」
ルードは一呼吸置いて、再び話し始めた。
「しかし、それと同時に獲得した能力によってあなたの体は人から離れていっています。
あなたが出会ったものを守るための力が、逆にあなたをそれらから遠ざけているのです」
「俺が…揺れている…」
キリヒトは自分の手をじっと見ている。
「そう、人と怪物の間で揺れているのです。
だからこそ、人はあなたを恐れ、ナンバーズ…怪物たちからは浅く見える」
静かな部屋に、時計の針の音だけが響いている。
「人は理解できないものを恐れます。自分より遥かに強いものも。
あなたが必死で戦っていたのなら尚更です。
命を賭した戦いならば、その様子はきっと鬼気迫るものなのでしょうから」
「理解、できないもの…。俺は…何なんだ?」
「あなたは虚無だった。幼い頃、何も無いところに他人の記憶を強引に流し込んだため、
自分自身というものが非常に不安定だったのです。
だからこそ、あなたは周囲を模倣し、感情に振り回された」
ルードは腕を伸ばし、キリヒトの胸に手を当てた。
「でも、今は違う。ここに来てから、あなたは様々なものを得た。
そしてその中に…大切なものがあるはずです。
損得ではなく、情であなたのことを想ってくれる人。
あなたを見て、恐怖を感じて…それを経て、なおもあなたを大切に想ってくれる人」
キリヒトの脳裏を、クマの言葉がよぎった。
―ミーナが泣いていたぞ―
「…ミーナ」
キリヒトはルードの手を握り、立ち上がった。
「俺は…ミーナを…この国を守りたい。
今は…復讐よりも、それが大切だ」
ルードはキリヒトを見て微笑んだ。
「その人自身を決定するのは、『何になりたいか』ではなく『何を為したいか』です。
…誰かを守りたいと思うことは、その人が守りたいものを守ることにも繋がります。
きっと、あなたはまだ不完全です。でも、人は皆成長するものなのですよ」
体をベッドの中に戻して、ルードは目を閉じた。
「あなたへ道を示すことができて良かった」
キリヒトは頭を下げて、ヴェールを閉めた。
「…ありがとう」
隠し扉を開けたキリヒトは、そこで立ち止まった。
「最後に聞きたいんだけどよ…あんたは、何なんだ?何で俺にこんな…話をしてくれたんだ?」
ヴェールの奥から静かな返答が帰ってきた。
「私はただの隠居した女王ですよ。
ただ、かつてあなたみたいだった者を知っています。
その者にあなたはよく似ていて、ついお節介をしたくなったのです」
時計の音は、もうしなかった。
「ずいぶん顔つきが変わったな?何か吹っ切れたか?」
部屋から出ると、クマが玉座から立ち上がってキリヒトに話しかけた。
「多分な…そういえばルヴィ王と連絡はとったのか?」
「それを今からするところだ。襲撃をしのぎ切ったという連絡は既にしてあるが、
細かいことはまだほとんど報告できていない。通信室に行くぞ」




