実力
ヌイドー城内、王の間でクマは玉座に座っていた。
他に兵士は一人もおらず、ただクマだけがいる。
雨戸を閉め切った暗い部屋で、静かな声で呟く。
「面白いものだ。防衛すべき場所に一ヶ所穴を作っておく。
すると、敵は防御を破ろうとせず何とかしてその穴から入り込もうとする」
クマは玉座から立ち上がり、入り口を見た。
「それが、ここだってことかい」
クマとは反対に、そこから軽い声がした。
「悪いが、アンタじゃなくてその奥に用があるんだ。
このナンバーズの4、クイック様に道を開けてくれよ」
「通りたければ、俺を殺さないとダメだな。
それにどっちにしろ、皆殺しだって言われてるんだろう」
両手を前に出した構えをとってそう言うクマを見て、クイックは大声で笑った。
「そう、そうなんだよ!実のところ無視するって選択肢は無くてね…。
大人しくどいたら不意打ちで殺すつもりだったんだよ、ははは」
ひゅん、と風を切る音がしてクイックは一瞬で壁際に移動した。
「俺は能力のせいか、せっかちでねぇ。さっさと任務をこなしたいのさ。
だからさっさと死んでくれよ」
再び空を切る音がして、さらに何度か打ち合う音がした後、クイックは地面に叩き伏せられていた。
「さっさと任務を…何だって?」
鈍い音がして、クイックの顔に下段突きが打ち込まれた。
だが、壊れたのは仮面だけだった。
「見えてんのか?それとも感覚で合わせてるのか?」
片目が無いものの、端正な顔立ちをしたクイックは距離をとってそう言った。
クマは何も言わず、ただ構えている。
しばらく警戒していたが、緊張をとき再び笑顔に戻った。
「でも、今の攻撃は外してたな…」
クイックは高速移動をして、クマに対して一気に距離を詰めた。
何度かフェイントを挟んでから後ろから殴りかかったが、
攻撃は受け止められクマから反撃が繰り出される。
反撃の裏拳を回避して、クイックは再び距離をとった。
「このクマ人形、ちょっと厄介」
クイックはその場でぴょんぴょんと飛び跳ね、ファイティングポーズをとった。
「人形じゃない、ぬいぐるみだ」
クマは変わらず、同じ構えをとっている。
「ヒット&アウェイでいくしか無さそーだ」
クイックはその場から姿を消し、部屋中を飛び回る。
その過程で、様々な角度からクマに攻撃を浴びせ始めた。
だが、クマはその全てをいなし、回避し、受け止め、的確な反撃を繰り出す。
反撃の一つがクイックを捉え、壁へと叩きつけた。
壁が崩れ、床に破片がガラガラと落ちた。
「ゴホッゴホッ…やっと分かった…カウンターだ」
壁に埋まった手足を引き剥がし、クイックは床に飛び降りた。
口から大量の血を吐き、膝をつく。
「正解だ。ちなみに俺が死なない限り、奥の部屋には行けないようになってる。
時間はかかったが、封印式を完成させることが出来たからな」
クマは喋ってはいるが同じ構えをとり、全く動かない。
「いいや?タネが分かったら対策もできるのさ」
血を拭って、クイックはまっすぐに立った。
「ちょっと癪だが…高速移動しないという手があるんだ」
そのまま、玉座の前に立つクマの方へゆっくりと歩み寄る。
攻撃の構えをすることもなく、クイックはクマのすぐ前に立った。
そしてゆっくりと、クマの腕を掴んだ。
掴まれた瞬間クマは腕を捻り、クイックへの顎へと掌底を入れる。
だがクイックは素早くそれをかわし、掴んだ腕を戻し膝蹴りを入れた。
「ぐ…うう…」
クマは腹をおさえて、よろよろと後ろにさがった。
「カウンター重視なら仕掛けてもらえばいい。
スピードではこっちが勝ってるから、負ける理屈は無いって寸法さ」
腕組みをしてしたり顔でクイックは説明をした。
その間に体勢を立て直し、クマは再び構えをとった。
先程とは違い、一般的な構えである。
「武道の達人だってのは知ってる。でも…」
クイックの足が一瞬消え、クマが弾き飛ばされる。
「ぐうっ!」
左右のハイキックを同時に打ち込まれ、クマの頭がぐらぐらと揺れた。
のけぞったクマの背中をクイックは思い切り蹴り上げ、前に回り込み肘を腹部に入れる。
「高速で動けば、どの技も達人級の威力になる。それにカウンターも克服できた」
ふらふらと揺れるクマに、クイックは無数の打撃を加えて部屋の端まで吹き飛ばした。
「さあ、死までの秒読みだ」
うずくまるクマのすぐそばにクイックは一瞬で移動した。
頭を踏みつけ、足に力を込めた。
その時ふいに、何かが足元から飛び出した。
飛び出したそれはごろごろと転がり、べちゃりと音をたてて壁にぶつかった。
「これは…!!」
遅れてきた痛みで、クイックはそれが自分の足だと気づいた。
クイックが反応するより前に、クマは足を掴み放り投げた。
「…仕方ない」
腕の縫い目を解きながら、クマは言った。
「俺は武器が嫌いだ…だが、守るためには曲げなきゃいけないこともある」
クイックの背筋がぞくりと凍る。さっきまでとは異なる得体の知れない感覚が、クマの体から漂っていた。
結び目を解き終わると、腕の隙間から爪が飛び出した。
「それ、切れ味はいいみたいだ」
クイックは千切れた足のところまで移動し、元通りにくっつけた。
血は垂れているが、両足でしっかりと地面を踏みしめている。
クマは爪の出た手で、挑発するように手招きをした。
「言われなくても…!!」
クイックの姿がまた消え、クマのすぐそばに現れた。
振りかぶって打ち下ろされた拳を、クマが受け止める。
激突音がして、地面にぼたぼたと血が流れた。
「…!!」
クマは腕ではなく、右腕から半分ほど出した剣で攻撃を受け止めていた。
剣の刃はざっくりとクイックの左腕に食い込んでいる。
「その剣がとっておきってことか」
クイックが腕を引くと、クマの体内からずるりと大きな剣が現れた。
「違う」
クマはささったままの剣を蹴飛ばし、反対の腕から出した鎌で斬りつける。
クイックはそれを、腕にささった剣で受け止めた。
金属音が響き渡り、クイックはニヤリと笑う。
「武器をもらっちゃって悪いね」
「好きなだけ持ってろ」
突然、目に見えるほどの電撃がクイックへと放出された。
稲光にも匹敵する輝きを放つ電撃が、クイックの全身を焼き尽くす。
放電が終わると、黒焦げになったクイックがドサリと地面に崩れ落ちた。
倒れたクイックを見下ろし、クマはただ立っていた。
しばらく静寂が流れたが、ふいにクイックはがばりと起き上がった。
「これで終わったと思ったか!?」
何度目かもわからない高速移動をしながら、クイックは叫んだ。
クマは左手から鎖鎌を取り出し片手で持って、ため息をついた。
「最初にもっと殺すつもりで攻撃していれば、結果は違ったかもしれん」
クマは背後から襲いかかってきたクイックに鎖鎌を巻き付け、さらに右手から出した薙刀で突き刺した。
「何度も見れば目が慣れる。そして同時に、俺に武器を使わせる決意をさせる時間も与えた」
さらに無数の武器をクイックの体に突き立てていく。
「昔から俺はありとあらゆる武器を使いこなせた。ロクに練習もしてないのにな。
こんな面白くもなんとも無いものを使いたくなかったからこそ、俺は格闘技を極めた」
最後の一本の槍を突き刺し、再び電流を流す。
「だが、俺一人の勝手な感情のために"本当の王"を危険にさらすわけにはいかない。
だから…いや、もう聞いてないか」
瀕死で拘束されたクイックを転がして、クマは玉座に座った。
「…ここを離れられないのは歯がゆいな」
ぼろぼろになった王の間で、クマはただ静かに座っていた。




