暗躍
メルートとスカルの傷はそこまで深くは無かったが、クラムの傷は深刻だった。
キリヒトは窓から外を見て、治療を終えた3人を見た。
「兵士はみんな逃げちまった。…それで、クラムは?」
クラムは切れた足を縫い合わせ、上から包帯を巻き付けている。
「大分綿がこぼれたので…結構しんどいですね。
それに、しばらくは歩けません」
「隊長、俺達の装備を探してきてくれないか?」
再び外を眺め始めたキリヒトに、スカルは言った。
「建物があちこち崩れてるから、行けなくなった箇所も結構あるだろ。
でも隊長なら亀裂ぐらいサクッと越えられるはずだ。
…この戦いに巻き込まれて壊れてるかもしれないけど」
「無事だといいけどな。しゃーねえ、探してきてやる」
スカルはクラムを背負って、最初に辿り着いた部屋の入り口に手をかけた。
「俺達は王を保護して、外に出てるからよろしく頼む。
あと移動手段なんかもあれば助かるけどな」
「注文が多いぜ、全く」
キリヒトは亀裂から飛び降り、姿を消した。
3人が部屋に入ると、ベッドの上に拘束されたコランが転がっていた。
「ご無事で!!」
メルートが駆け寄り、片手で拘束を解いた。
「君たちはどうしてここに…、いや、それより外はどうなってる!?
俺は外にいたブロック兵に、騒ぎが起こった瞬間拘束されてしまったんだ」
スカルは姿勢を正して、王に目線を向けた。
「さっきまでの騒ぎはここを守っていた『ナンバーズ』と呼ばれる精鋭達との戦闘です。
詳しいことは帰ってから報告します。メルート、王を」
メルートの差し出した手を、コランは拒否した。
「いや、いい。怪我をしてる君たちに甘えるほど俺も呑気じゃない。
だが、すぐに国へ戻らないと…」
ツカツカと部屋の外に歩いて行くと、外を見てコランは絶句した。
「とんでもない戦闘だったようだな…背負っている物質種の方は無事か?」
「お心遣い痛み入ります。足を怪我して歩けなくなってしまっただけです。
このような形で話すご無礼をお許しください」
クラムの言葉を聞いて、コランはほっとしたようだった。
「いい、そんなこと言ってる場合じゃない。命に別状が無いようで良かった。
それより、ここを出る方法はあるのか?」
「一応、隊長であるキリヒトが探しています。
ここにいた兵士達も徒歩で来たわけでは無いでしょうし、乗り物がある可能性は高いです」
スカルは無事な階段の方へとコランを案内しながら話した。
4人が崩れた壁から外に出ると、ちょうどキリヒトが3階から飛び降りてきたところだった。
「あったぜ、多分これだろ?若干うろ覚えだけどよ」
袋に詰まった荷物をドサリと地面において、キリヒトはコランを見た。
「あー…確かアンタは、アレだ。ルヴィの王だったよな?」
「覚えていてくれたんだな。そうだ。会議の時は助かったよ」
「隊長、王にその態度は…まあ、いいですか…」
スカルの背中で、クラムがため息をついた。
スカルは足で袋を開けて、中身を確認している。
「確かに俺達のだ。無事で良かった…。それで、乗り物は?」
キリヒトは施設から少し離れた建物を指さした。
「あそこにヘリがあるみてーだ。使って逃げようとしてた兵士がいたから、適当に失神させて縛っといた」
「殺さなかったのか?」
メルートが不思議そうに言うと、キリヒトは首を傾げて笑った。
「捕虜が役に立つってことを今回"身をもって"経験したからよ。
殺さねーメリットもあるんだな」
楽しそうにそう言ったキリヒトは格納庫に向かって歩き出した。
「そういえば、他の捕虜はどうすりゃいいんだ?
全員ヘリに乗せるのはどう考えても無理だぜ」
ロクに抵抗もせずに兵士達が逃げ出したせいで、捕虜のほとんどは無事だった。
鎮圧をしても大した手柄にはならないし、雑用隊の彼らにとっては命を懸けるメリットなど無いのだろう。
「あとで回収に来させる。俺が話そう。捕虜は我々の国の者たちなのだろう?」
堂々としたコランを、スカルは少し不安気に見る。
「多分そうですが…メルート、お前ヘリの操縦できたよな?」
メルートは頷いた。
「片手だが、普通に飛行する分には問題無い。護衛としてついていくなら、クラムは俺が預かろう」
コランの演説は見事なものだった。
またたく間に捕虜たちの顔に元気が戻り、コランは助けを送ることを確約してその場を立ち去った。
5人は王を救出し、施設を脱出することに成功したのだった。
「連行されてきた時はどうしようかと思ったが、結局手を出さなくて正解だった」
崩れた施設の中から、飛んでいくヘリを見送るフードを着た影が呟いた。
「しかも邪魔者を処理してくれて…有り難いことだ」
「おい!お前そこで何してる!」
捕虜の一人が影を見つけて走り寄ってきたが、少し離れたところで立ち止まる。
「何だ…お前…誰だ?…ひぃっ!」
背を向けて逃げ出そうとするが、後ろから突き飛ばされ踏みつけられた。
「時間が無い。使える素材はさっさと使わなきゃな…」
倒れた捕虜を担ぎ上げ、忙しなく動き回る人々の中に悠然と歩を進める。
フードを脱ぐと、他のナンバーズとは違い傷のない顔が顕になった。
「この、ヴラドが進化するために」
「一つ不思議に思ったことがあるんだけどよ」
帰りのヘリの中でキリヒトが思い出したように言った。
クラムとコランは力尽きて眠っており、交代してヘリを操縦しているスカルを除けば
話を聞いているのはメルートだけだった。
「装備を探すために施設中を走り回ったんだけど、俺が最初に能力を得た場所は無かったんだ。
思い返せば、以前階段を登ったのは2度や3度じゃなかったんだよな。
最低でも10回は登った記憶があるんだ」
メルートは首を傾げた。
「あの建物は地下2階と地上3階の計5層だった。道に迷っていたんじゃないのか?」
キリヒトは強く首を振る。
「階段は一度も降りなかった。とりあえず上に行けばどうにかなると思ってたからよ。
それに、飛び降りた廊下は見つけたから同じ建物だ」
メルートはしばらく考えて、口を開いた。
「じゃあ…あの建物はもっと地下があるってことだ。
俺がするはずだった仕事は、もしかしたらそこに関係していたのかもしれん」
「仕事?」
「ロックされたデータがあるらしい。何にせよ、本国から人を送った時に明らかになるんじゃないのか?」
キリヒトは床にごろんと寝転がった。
「そりゃ、考えても仕方ないんだけどよ…。どういうことだ?」
ぼーっと考えているうちに、キリヒトはいつの間にか眠りに落ちていた。
キリヒト達が去った後の施設でヴラドは捕虜達を大部屋の一つに集めていた。
初めに2,3人を見せしめに屠ったため、他に抵抗する者はいなかった。
扉に鍵をかけて、ヴラドは壁に手を這わせた。
「煙玉で姿を眩ませたはいいものの、どうしようかと思ってたが…よし、ここだ」
ヴラドは壁のコンクリートを剥がすと、中にあった端末を操作し始めた。
捕虜達が集められた部屋が大きく揺れ、地下へと下がり始める。
「動力が生きてて助かった。この人数を運ぶのは手間だ」
そう言ってヴラドは破壊された拷問部屋へと飛び降りて、床の石を剥がした。
固くしまったハッチをこじあけ、さらに下へと潜っていく。
「シルヴァに戻っても殺されるだけだ。
だったら新しい力を手に入れてやる…ここを使って」
地下に広がる大量の機械と端末の間を歩き、ヴラドは呟いた。
「まず殺すのはキリヒトだ…そしてシルヴァの王、アグ。
戦争はもはやどうでもいいが、この二人を殺さないと俺は前には進めない」
端末を操作して、次々とデータを出していく。
「パスワードも変更無しか。随分と不用心だ」
ヴラドがキーを叩くとモニターにはずらりと薬の一覧が並んだ。
「薬は投与するまで効果が分からないのが問題だ…まあいい、被検体は山ほどいる。
それよりも時間が無い。あいつらがいつ戻ってくるか」
ヴラドは倉庫から薬品を次々と取り出して、機械の中へ投入し始めた。
しばらくして、注射器に完成した薬を流し込み始める。
「さあ、実験開始だ」




