プロローグ2
再び丘に戻ってきたキリヒトは、ゆっくりと沈んでいく日を眺めていた。
あたりが薄暗くなる頃、キリヒトは大きく息を吐いた。
「何だよ、今日は本当に客が多いな。店じまいしたいんだが…何の用だ?」
後ろにいる人影に向かってキリヒトが言うと、一人の壮年の男が姿を現した。
襲ってきたのとは違い、上品なスーツを着たその男は丁寧にお辞儀をした。
「失礼いたしました。ドン・リザベンの使いの者です。キリヒト様でいらっしゃいますか?」
慇懃な態度の男は名刺を差し出したが、キリヒトはそれを握りつぶした。
「誰だソイツは?どうせ、真っ当な人間じゃねえだろうが」
「これはこれは、手酷い物言いですな。確かに表に出るような方ではありませんが、
裏社会では1,2を争う顔役ですよ」
潰された名刺をしまい、男は地図を取り出した。
「ドンはあなたと直接会って話したいとのことです。今夜、この場所でお待ちに…」
キリヒトは顔も見ずに、中指を立てた。
「どうせ懐柔だろ?金をやるからここでの活動を認めろだとか何とか…行くもんかよ、ボケ」
「あなた様の探している情報を、こちらは用意しております」
キリヒトの眉がピクリと動いた。
「何だと?」
「研究施設の一件、その情報をドンは手を尽くして集めました。
無論、完全とは言い難いですが…あなた様ならきっと役立てることでしょう」
イライラした様子でキリヒトは拳を握った。
「この場所に行って話をしていただくだけで、情報は提供いたします。
…お待ちしておりますよ」
そう言って、男は静かに闇の中へ姿を消した。
キリヒトは舌打ちをして、地図を広げた。
指定された場所はS.L.ウォールの外れにある、大きな廃屋だった。
廃屋といってもちゃんとした建物ではなく、ここの住人がいい加減に作ったものだ。
以前崩れてから人が寄り付くことは無かったが、今はどうなっているか分からない。
「…行くしかねえか」
再び顔を隠して、キリヒトは地図の場所へと向かった。
「おお!!キリヒト様…ですか?」
廃屋の前に突然現れた人影を見て、見張りの二人が警戒しながらも挨拶をした。
キリヒトよりも少し背の高い人影は、直立したまま何も言わない。
二人は懐から写真を取り出し、相手の顔を伺った。
「失礼ですがお顔の方を…」
無言でフードをとり、素顔を見せると警備の黒服達は深々と頭を下げた。
「どうぞ中へ」
中へ入ると、ヒゲを生やして太った、いかにもといった様子の男が出迎えた。
周囲には銃を携えた護衛が十人ほど並んでいる。
「君がキリヒト君か?ドン・リザベンだ。よろしく頼む」
リザベンは握手をしようと手を差し出すが、動かない相手を見て顔をしかめた。
「少年と聞いたが…何だ、立派な男じゃないか。まあいい、取引しようか」
そう言ってリザベンは一枚の封筒を取り出した。
「何もアンタらのところから金をいただこうってワケじゃない。
欲しいのは人材だ。S.L.ウォールの人間は、公的に死んだか、生まれていないことになってる
だろ?
そういった人間はウチの商売には何かと便利でね」
何も答えないのを確認して、リザベンは話を続ける。
「もちろんタダとは言わん。今から俺が渡す情報に加えて、定期的に情報を集め続けてやる。
もし今回渡す情報が気に食わないってんなら、この話は無しにしてくれてもいい」
表情一つ変えない相手に、リザベンは首を傾げた。
「まあとにかく、来てくれて感謝する。これは約束のものだ」
しばらくリザベンから受け取った封筒の中身を見ていたが、突然それを破り捨てた。
「な!?どういうつもりだ!」
リザベンの叫び声と共に、護衛が銃を構えた。
「君たちがこれを知っているのは構わないが、ここで彼に情報を渡すのは駄目だ。
計画は既に始まっているからね」
「てめえ…キリヒトじゃねえな!!どういうことだ!」
そう言われた青年は、指を振った。
「私は自分がキリヒトであると名乗った覚えはない。
確かに同じ血を引いているから、顔はよく似ているがね」
「S.L.ウォールの主に兄弟だと…?そんな話、聞いたこともない!
てめえら何ぼさっとしてやがる!早く殺れ!」
ドンの怒鳴り声に、護衛達は慌てて引き金を引いた。
「彼に効かないマシンガンが、私に効くワケが無いだろう」
男がひょいと片手をふっただけで、弾丸は全て逸れた。
「さて、さっさと片付けてしまうか」
廃屋に銃声と悲鳴が飛び交った。