王城では
ここはスエズ王城の広間。重鎮達が集まり、国の行く末を左右する議題を協議していた。
しかし今はその協議も一段落がつき、配られた紅茶を嗜みながら雑談をしていた。
「経済も上を向き、治安も上々。陛下の御世は安泰ですな」
「陛下のご威光の賜物ですな。我ら臣は、お陰で楽をさせていただいております」
参加している武官と文官の機嫌は概ね良かった。利権の増加により懐が潤い、椅子を争う相手に役職が与えられた為地位も安泰である。
しかし、そんな中で不機嫌そうな人物がただ一人。
「何を申す、余こそ優秀な臣下に支えられておるよ。のう、マゼラン卿」
国王陛下は不機嫌なただ一人の人間、マゼラン辺境伯へと話を振った。
「我らは臣としての責務をこなすのみに御座います」
「素っ気ないのう。だが、その分純粋な忠誠を感じる。ユーリ嬢共々、これからも頼むぞ」
一人を除き和やかな一時。しかしそれは、一人の騎士により打ち砕かれた。
「申し上げます。只今門衛より伝言が届きました。ツガル男爵が陛下に至急お目通りしたいとの事です」
それを聞いた重鎮達は、例外なく顔をしかめた。
「男爵ごときが陛下に即日お目通りだと?」
「ふざけた奴だ。追い返してしまえ!」
通常、陛下へのお目通りは予約制である。当然地位が高いほど優先され、貴族階級とはいえ最下層に近い男爵では早くて数日。遅くて一月はかかるのが常識だ。
故に、至急のお目通りを望んだツガル男爵は「常識知らずの馬鹿者」というレッテルを貼られてしまう。
そんな中、冷静に騎士へと質問する者がいた。
「ツガル男爵がお目通りを望む理由は聞いていないのかね?」
「はっ、ツガル領都がワイバーンに襲われたそうです。恐らく、援軍を乞うものかと思われます」
マゼラン辺境伯の問いに、騎士は憶測混じりの返答を返した。
本来ならば、前半のみを告げるべきである。しかし、い並ぶ重鎮はワイバーンに気を取られ騎士を叱責しなかった。
「到着次第ここに呼べ、今日の議題は変更する」
陛下の命令を受け騎士は踵をとって返し、重鎮達は表情を引き締めた。
「騎士団長、抽出出来る兵力はどれだけ居る?」
「第二より五十名は可能です。空いた穴は第一騎士団よりローテーションで埋めます」
陛下の問いに、即座に答える騎士団長。しかし、文官がそれに異を唱える。
「騎士団長、兵は抽出出来ても馬や馬車はどうなさる?」
騎士が動くというのは、簡単な事ではない。騎士は馬に乗り移動するが、それなりに補給を必要とする。
馬に与える飼い葉や水。騎士の食料と水も必要となる。そうなればそれを運ぶ馬車が必要となり、その馬車を曳く馬の物質も必要だ。
途中の町や村で補給をするという手立てもあるが、一人二人ならまだしも五十名分の物資ともなれば難しい。
「城の備蓄を使って、馬車は徴用すれば……」
「備蓄を放出して、王城に何かあったらどうするのだ?お主に責任が取れるのか?」
活発に議論が交わされる中、先ほどの騎士が戻ってきた。
「ツガル男爵が到着しました。お通し致します」
「わ、我が領都にワイバーンがっ!お救い下され!」
転がるように入室するツガル男爵。その後ろには息をきらせた幼女が続いていた。
その大きな声に、続いていた議論は中断され室内に沈黙が降りる。
「来たか、ツガル男爵。後ろの幼女は?」
「はっ、我が娘レイナ・ツガルに御座います」
父親に紹介されたレイナは、礼を取るでもなく頭を下げる事もなく、ただ突っ立っているだけだった。
「子供は居ても邪魔になる。別室へ連れていけ」
鬱陶しそうな陛下の声に、騎士がレイナの腕を掴み引っ張っていく。
「痛い、痛いわ!ちょっと、丁寧に扱いなさいよ!」
遠ざかるレイナの声に、一同は不機嫌さを隠せない。
「子供を陛下の御前に連れてくるとは、何と非常識な!」
「下級貴族とはいえ、あれは酷すぎるのではないか?」
ワイバーン対策そっちのけで、ツガル叩きを始める重鎮達。ツガル男爵は、相手が格上な為言われるがままになっている。
「まあ、まだ幼いようです。多少は仕方ないですよ」
温厚そうな文官が、ツガル男爵を庇う。
「しかしな、幼いながらも礼儀作法を完璧にこなし、功績まで挙げている者もいるのだ。のう、マゼラン辺境伯」
言うまでもなく、ユーリの事である。転生者なので比べるのは可哀想と言いたい所だが、レイナも転生者なので比べられても仕方ない。
「そう言えばマゼラン卿、冷血姫様は何処に?」
「騎士団長、ユーリは獣人を狩りにツガル領へ……」
ユーリがツガル領へ向かっている。それを聞いた重鎮一同は、今までの議論が無駄であった事を悟った。
「……何もせずに数日様子見じゃ。ツガル男爵、下がるがよい」
「へっ、陛下!援軍を!陛下~!」
騎士に引き摺られ、ツガル男爵は退出させられた。
三日後ツガル領からの早馬が到着し、ツガル領都のワイバーンがユーリにより討伐されたとの知らせが王城に届くのだった。