ファンタジー世界のお約束
「ちょっ、ちょっと待った!ユーリ・マゼランと言えば強大な魔法で獣人を狩って、魔法の練習台にしてるって聞いたぞ!」
「ええ、表向きそう噂を流していますが何か?」
「表だって獣人を保護すれば、辺境伯令嬢とてタダでは済みません。なのでユーリ様は世間を偽り獣人をパナマ王国に逃がしているのです」
ミリーが詳しく説明を足しました。私はただ獣人の方々をモフりたいだけなんですけどね。
「確か、まだ八歳だろ?お貴族様の子はこんな小さい頃からしっかりと教育されるのか?」
「私達が助けられたのは三年前、ユーリ様が五歳の時でした。ユーリ様は特別なんですよ」
セティーまで私を持ち上げてるけど、ジブラルタル家やカテガット家のご令嬢もしっかりしてましたよ?
「そんな事より、パナマに向かいましょう。一瞬で着きますからね」
何かキラキラとした目で見られて落ち着かないので、空間魔法を発動して国境へと繋ぐ。
「ユーリ様、始めから国境に繋げば手間が少なかったのでは?」
「いきなり空間移動を体験したら驚くでしょう?これだけの人数の獣人さんがパニクっていたら、国境警備の兵士さんもパニクるわよ」
状況を把握出来ずに攻撃とかされたら面倒です。他にも理由はあるのですけどね。
「……多人数の移動は初めてだから、移動先の国境に何らかの被害が出たらまずかったし」
質量オーバーで空間が歪んで、国境一帯が更地にとか洒落になりません。
その点、この屋敷周辺なら更地になってもパナマ王国に迷惑はかかりませんからね。
「ユーリ様、今恐ろしい事をさらっと仰ったような……」
「独り言よ。聞き流しなさい」
小さい声で呟いたのですが、耳のよい狼獣人の二人には聞こえたようです。
「十分に練習したから、事故を起こさない自信はあったのよ。細かい操作も蹴り返したし」
扇を振ってビー玉大の暗黒球を幾つか作り出します。それを手近な岩に打つと、当たった場所が次々と消滅していきました。「ユーリ様、今のは……」
「強制的に転移させる球を作り出したの。当たった場所の空間が転移させられるから、消滅したように見えるのよ」
ラノベや漫画ではお馴染みの、空間消滅系です。相手の硬度に無関係で消滅させるので、ゴーレム系などの防御力が高い相手にお勧めの一品。
「……ユーリ様が味方で、本当に良かったわ」
「敵だったら、ユーリ様一人で獣人を滅亡出来るわよね……」
「それは無駄な心配ね。私が獣人を滅ぼすなんて、世界が滅んでもあり得ないわ」
世界が滅ぼうとも、モフモフは守ってみせます。そして、世界がモフモフを滅ぼすならば、私は世界を滅ぼします。
「いつか、ユーリ様はモフモフの為の世界を造りだしそうで怖いわ」
「セティー、本当になりそうだから止めて」
いくら何でも、世界の創造は流石に無理でしょう。
……亜空間広げたら出来る?でも、生き物が入らないから無理ね。
「ユーリ様、獣人は全員移動しました」
思考に沈んでいたら、騎士が移動の終了を報告してくれました。
「ありがとう。私達も行きましょう」
境界を抜け国境に出ると、先に移動した獣人さん達が国境警備の兵士と話していました。
「あっ、冷血姫様!」
私に気付いた門衛さんが、跳んできて土下座をかましました。
「前方抱え込み四回転一回捻り……また進化しましたね」
この門衛さんは、どこまで進化するのでしょう。ちょっと見届けたいです。
「ありがとうございます。私もパナマ王国に移住させてもらえる事になりました」
「この方は同胞を匿ってくれたそうですからな。当然ですよ」
兵士さんの言葉に、その場の獣人さん全員が頷きました。義理堅い人達です。
門衛さん一家と獣人さん達は、迎えの馬車に分乗し去っていきました。
「ユーリ様、今回も無事に送り届ける事が出来ましたね」
「あんなに義理堅くて優しい獣人さんは、保護されて当然よね」
領都の屋敷に帰る馬車の中、ミリーの耳をモフりつつ上機嫌な私。
でも、領都の屋敷に帰るなりそんな気分は吹き飛びました。
「お嬢様、ご当主様がすぐに来るようにとの仰せです」
帰宅するとすぐにお父様に呼ばれ、書斎へと通されました。
「お父様、ユーリです。只今戻りました」
「お帰り、ユーリ。早速だが、王都に向かうから準備をしなさい」
旅から帰ったばかりで、すぐにまた旅ですか。一体何があったのでしょう?
「王城に、お前に会いたいという者が来ている……勇者様だ」
「………へっ?」
ちょっ、ちょっと!何で勇者が私に会いに来るのよ!魔法が使えるからパーティーに勧誘?
この世界は乙女ゲームの世界で、RPGの世界じゃないわよ!




