転生者のお約束
無事に獣人の里を制圧した私達は、里のある森を抜けました。すでに薄く日が射し、夜が明けかかっています。
「流石は冷血姫様、感謝の念に絶えません!」
朝早くにも関わらず、子爵が出迎えてくれました。いつ来たのでしょう?
「子爵様、この通り獣人どもは全員捕らえました。移送用の馬車をお借り出来ますか?」
兵員輸送用の馬車四台に獣人を乗せ、領都に帰還した。兵士詰所前で捕らえていた兎獣人一人と門衛さんたちも引き出してもらう。
「子爵様、これで彼らに朝食を食べさせてやって下さいな」
「冷血姫様、奴等に食事を与えるのですか?」
私が獣人に施すのが意外だったのでしょう。無礼であるという事を忘れて聞き返しました。
「一日歩かせますから、倒れられては帰る日程が狂います。捨てて行くという選択肢もありますが、活きの良い的は多い方が嬉しいですからね」
子爵様は納得してくれて、兵士が手分けして付近の屋台から食べ物を調達してきてくれました。私も一緒に朝食です。
「冷血姫様までこのような物を……」
「我が家は武門の家、必要ならば野営もしますし、一日携帯食という事もあります。これはこれで美味ですよ」
辺境伯令嬢という、上から数えた方が早い地位の私が庶民が食べる物を食べると思わなかったのでしょう。子爵様のみならず、獣人さんや兵士、居合わせた市民の人までが目を丸くしています。
「子供は行進の遅れになるので、私と馬車に乗ります。当然ひとじちを兼ねていますから、逃げようなどと思わないで下さいね」
八人いた獣人と人の子供と馬車に乗り、行列が動き出します。
先頭にうちの騎士が一人。獣人の集団と門衛さん夫妻が続き、私の馬車の後ろでもう一人の騎士が後ろを警戒します。
セティーとミリーは馭者台に座っています。
「ちょっとお耳触らせてね」
馬車の中はモフモフ天国です。六人の獣人の子供がさわり放題。楽園はここにありました。
私達の一行は、すれ違う行商人の目を引きました。しかし、マゼランの紋章付き馬車を見て誰も話しかけてきません。
恐らく、ベーリング領都で情報を集めるでしょう。
「ユーリ様、ここで昼食にいたしましょう」
馬車が止まり、ミリーが扉を開きました。近くに小川があり、開けた場所に馬車は止まっていました。
「水は小川の物が使えるわね。昼食はこれを配ってくれる?」
何もない空間から調理された料理の数々を出すと、セティーとミリーは呆れていました。
「いつもながらユーリ様はとんでもない事をなさいますね」
「ユーリ様の辞書には、常識という言葉が無いのですね」
ぼやきながらも作業の手が止まっていないあたり、二人の優秀さを感じます。
私も手早く食事を摂ると、風魔法で周囲に人がいない事を確認しました。
「さて、面倒だから一気に帰るわよ。本邦初公開、空間接続魔法よ!」
漆黒の闇が四角い形を成し、中心から消えていきます。闇が消えた先には、鬱蒼と木が生えた森が広がっています。
「騎士は先行して向こうの安全確保。その後獣人さん達を移動させ、最後に私の馬車が潜ります」
おっかなびっくりと森に移動した騎士が周囲を警戒します。異常無いようなので獣人さんを移動させ最後に馬車が通ります。
馬車が境界を抜けて森に入ると、境界は幻のように消え去りました。
「あの距離を一瞬で……ユーリ様に不可能は無いのですか?」
「不可能だらけよ。だから私に出来ることをやってるだけ」
本当に不可能が無いのならば、虐げられている獣人さんや隠れる事を強いられている獣人さんをすぐにパナマに集めますとも。
でも、神ならぬ我が身にはそれは不可能。だから助けられる獣人さんを助けているのです。
「それよりも、枷を解かないとね。怪我をしている人はいないかしら?」
扇を振ると、獣人さんの手を拘束していた枷が消えました。
「これはどういう事なんだ?ここは一体何処なんだ?」
混乱したベンガル虎獣人の男性が聞いてきました。
「ここはマゼラン領の森の中で、パナマ王国の国境近くです。これから皆さんをパナマ王国にお連れします」
いつものお約束で、獣人さん達が固まりました。今のうちにモフりまくりましょうか。
セティーさんとミリーさんの目が冷たいです。良いじゃないですか、今回は空間魔法のせいでモフる時間が短かったんですから!




