天丼
領都を離れた私達は、獣人の隠れ里に一番近い村まで来ました。
既に日は傾き、長閑な村はオレンジ色に染まっています。
まあ、私の視界にはお世辞にも長閑とは言えない風景が広がっているのですけどね。
村はずれに立てられたテント村では、むさ苦しい野郎共が忙しなく動き回り夕食の準備をしています。
「止まれ、ここは領主様の兵団の駐屯地だ。許可なき者は去れ!」
「我々はマゼラン家の者だ。ここの指揮官を呼んでもらいたい」
護衛の騎士が名乗ると、誰何してきた兵士は目に見えて狼狽えました。
「す、すぐに連絡いたします。少々お待ちください」
弾かれたように兵士は走り出す。あっ、転んで勢いよく転がってる。
「まずは本物か確認するのが先決な筈なんだけど。田舎の兵士にそれを求めるのは酷かしらね」
然程経たずに先程の兵士が豪華そうな鎧を着た騎士を連れて帰ってきました。兵士さん、顔中擦り傷だらけです。
「マゼラン家からの使者様というのはこちらの方で?私はここの指揮官、ハルゼー・ベーリングと申します」
責任者が来たので馬車を降ります。出てきたのが幼女だったので、驚いてますね。
「私はマゼラン家の長女、ユーリ・マゼランです。こちらの書状を」
騎士を介して預かった書状をハルゼーさんに渡します。家名からすると、領主様の縁者ですかね。
「これは助かります。信頼と実績の冷血姫様がいらしてくれたなら百人力です」
「幼い、非力な身ですが獣人排除の一助になればと思います」
笑顔で挨拶しましたが、ハルゼーさんは馭者席のセティーと馬車から降りたミリーを見て眉をひそめました。
「冷血姫様が側に獣人を置いているという噂は、本当だったのですね」
「ストレス解消に良いですわよ。ストレスはお肌の天敵ですから」
軽く冗談を交えて答えたら、渋い顔をされました。ユーモアを解さないようですね。
本部となっている大きなテントに通され、お茶をいただきました。
「……では、進軍する度に待ち伏せされ、大きな被害を被っていると」
「はい、スパイでもいるのかと偵察や部隊内の洗い出しも行ったのですが効果がなく……」
領都にはスパイ(門衛さん)が居ましたが、他には協力者はいない様子でした。
恐らく斥候が優秀か、王都と同じパターンでしょう。
「わかりました。私達はこれから奇襲を行います。捕縛した獣人の移送準備をお願いします」
「はあっ?まさかこれからですか?もう日が落ちます。夜は夜目が効く奴等の方が圧倒的に有利!戦うなら昼というのが常識ですぞ!」
教科書通り真っ昼間に隊列組んで、正面から数に頼んでの力押ししかしていないようですね。
この人には、空母に中型爆撃機積んで飛び立たせるみたいな柔軟な発想力は無さそうです。
「ご心配なく。制圧までは私とおつきの四人で行いますから。ハルゼーさんはここでお待ちください」
「そうはいきません。ここの責任者として、ベーリング子爵の甥として、王子様の婚約者であり辺境伯様のご令嬢である冷血姫様を危険に曝す訳にはいきません!」
改めて言われると、私は本来なら守られるべきVIPだと思い知らされるわ。
「ベーリング子爵からの書状には、何と書いてありましたか?」
「それは……冷血姫様の指示に従うようにと」
苦虫を潰したような顔で答えるハルゼーさん。子爵からの命令です、従うわよね。
「ならば決まりですね。私は獣人程度に遅れはとりませんよ」
テント内にいたハルゼーさんの幕僚が、一瞬動きました。自分達は幼女以下だと言われたのです。悔しいでしょうね。
「ではせめて、護衛に騎士を十名お連れください」
「……まあ、良いでしょう」
その辺が落とし所ですかね。逆上されても始末が面倒ですから。
「おい、一班から十班の隊長は集合しろ。これから奴等に奇襲を仕掛ける!」
テントから出てハルゼーさんが叫ぶと、ガシャガシャと派手な音をたて騎士が走ってきます。
「冷血姫様、この者らが同道致します。おい、冷血姫様をお守りするのだぞ!」
集まった騎士達は、一糸乱れぬ敬礼を返しました。練度は高いみたいですね。
「ハルゼーさんは、この奇襲を失敗させるおつもりなんですか?」
「何を言われますか?私は冷血姫様の身の安全を確保したいだけです」
王都第二騎士団の失敗の話は聞いていないのかしら。騎士団の失策だから広まってないのかしらね。
「奇襲に行くのに、こんな物音をたたせてどうするのです。これでは、これから奇襲に行きますと喧伝するようなものですよ?」
指摘され、驚愕の色を露にするベーリング領の皆さん。逆に私達はため息を漏らします。
「獣人は私達より五感が鋭いわ。金属鎧の音を響かせて進軍すれば、すぐに察知して迎撃の準備をするでしょうね」
目に見えて落ち込むハルゼーさん。そのお陰で今まで獣人達が無事だったのだから、私は喜ぶべきかな?




