接触
「おい、聞いたか?」
「ああ、俺の所にも来た」
顔を付き合わせ、ヒソヒソと話す二人の獣人。ここ数日、スラムに潜伏する獣人のする話は決まっていた。
始まりは、とある日の夕方。フード付のローブを着て家路を急ぐスナメリの獣人。
「ちょっといいか?」
いきなり声をかけられた獣人は、聞き覚えのない声に警戒しながらも振り向いた。
「……怪しい奴だな」
そこには、スナメリの獣人と同じようなフード付のローブを着て顔を隠した人物が立っていた。
「それはお互い様だと思うがな。こういう事情がある以上、仕方ないだろう?」
フードをずらした人物の頭には、虎の黄色いケモミミが覗いていた。
「話を聞こう。あっちに良い場所がある」
スナメリの獣人が案内したのは、半壊した二階建ての建物だった。
階段を上り、辛うじて残った二階部分に入る。
「ここなら誰にも聞かれないし見られない。安心して話が出来る」
スナメリの獣人がフードを外す。それに応えるように虎の獣人もフードを外した。
「あんた、ここの獣人じゃないな?」
「ああ、俺はツガル領の虎獣人の里から来た」
「遠い所から来たんだな。しかし、よく王都に潜入出来たな?」
スナメリの獣人は、虎の獣人が来た場所よりも王都に入り込めた事に驚いた。
王都に入るには、騎士による検査を通る必要がある。それは出る時よりも厳しい。
そして、王都にいる獣人達はその検査を抜けられない為に王都から逃げられずスラムに潜伏しているのだ。
「人間の中にも、我々獣人に協力してくれる人もいるのさ。そんな人達の手を借りたんだ」
「成る程、俺達もそんな人のお陰で食料を手に入れられてる。で、何で態々とこんな場所に入り込んだんだ?」
現在王都では、獣人に対する取り締まりが厳しくなっている。
その原因は、とある貴族の娘が魔法の実験台にするため生きた獣人を欲しているからという噂だった。そこに好き好んで来る獣人が居るとは思えなかった。
「それを聞いたからだ。俺達は、この王都に居る獣人全員をパナマ王国に連れて行こうと思っている」
「な、何だって!」
予想もしなかった返答に、大きな声を出すスナメリの獣人。
「静かに。そんな大声を出したら、誰かに聞かれて不審に思われる」
「済まない、しかしそんな事が可能なのか?」
一人や二人の獣人が王都を脱出するのさえ難題なのだ。それを王都に居る全ての獣人を脱出させるなど、スナメリの獣人には夢物語にしか思えなかった。
「俺もこれを聞いた時には驚いたものだ、だから疑う気持ちはよくわかる。しかし、断言する。絶対にこの作戦は成功する」
自信満々に言い切った虎の獣人に、スナメリの獣人はたじろいだ。
「凄い自信だな」
「詳しくはまだ話せないが、誰もが想像もつかない方法だからな。それで、どれだけの人数が王都には居るんだ?」
「俺が知っているのは……十五人だ。知らない奴も居ると思う」
知り合いの人数を頭の中で数え答えたスナメリの獣人に、虎の獣人は満足そうに頷いた。
「ありがとう。工作員は俺以外にも居るから、その辺はちゃんと調べる。漏れが無いよう最大限の努力はする」
「頼む、ここから俺達を連れ出してくれ!」
「任せろ。ここの獣人にも連絡網はあるんだろ?俺達の事を通達してくれると助かる」
獣人は住む里で情報を共有する連絡網を構築する。それは複数の種族が住む里でも殆どの場合構築された。
虎の獣人は、王都でもそれはあるだろうと踏んで脱出計画を広めるよう頼んだ。
「間違いなく伝える。こちらから連絡するのはどうすれば良い?」
「済まん、俺達は協力者の所に身を寄せている。そちらからの連絡は受けれないんだ」
獣人に協力していると知れられれば、その協力者の身も危うくなる。
なので、その人が協力者とバレる要素は極力少なくしなければならない。
「わかった。その日を楽しみにしているよ」
「大船に乗ったつもりでいてくれ。と言っても、俺は船に乗った事は無いんだがな」
笑い合い、笑顔で別れる二人。その日から、スラムではそんな光景が度々見られるようになった。
王都の獣人達の中に、希望が生まれていく。
脱出する事も叶わず、見つかれば命はないという緊張を強いられる日々。そこから抜け出せるかも知れない。
そんな希望をもたらした虎の獣人達は、スラムの獣人達から警戒心というものを完全に奪い取っていた。




