こだわり?
フェネック親子と別れて一週間。王家やマラッカ家からのちょっかいもなく、平穏無事に過ごせています。
今日は国境の森で魔物退治。風の魔法で探知をかけて、氷の魔法で倒します。
「毎回思うんだが、俺達護衛の意味ないよな」
「ユーリ様の方が遥かに強いもんなぁ……」
脳天を氷の針で貫かれた狼の魔物を荷馬車に載せつつ二人の騎士がぼやきます。
「そんな事は無いわよ。私だって不意を突かれたら危ないし。まだ五歳の、か弱い女児なのよ?」
探知魔法で奇襲を受けないよう用心はしていますが、絶対に奇襲を受けないとは言い切れません。
何かしらの特殊能力で探知をかわす魔物がいても可笑しくはないのです。
「シルバーウルフの群れを近寄らせもせずに無傷で全滅させる女児って……」
「か弱いって言葉の意味がわからなくなるよな」
毎分四千発もの発射速度を誇るCIWSに、一度に百五十の標的を探知、追尾出来るイージスシステムを連動させたのです。二十程度の群れなど楽勝でした。
「そう言えば、ユーリ様は炎の魔法も超一流ですよね。なのに普段使わないのは何か拘りが?」
「そりゃあ、ユーリ様の二つ名は冷血姫だしな。氷には思い入れがあるんじゃないか?」
ミリーの問いに、騎士が答えます。でも、二つ名も関係ないですし、拘りも特にありませんから。
「別に拘りがある訳じゃないし、二つ名も関係ないわ。当然理由はあるけれどね」
「その理由、聞きたいです!」
休憩を兼ねて、ミリーのリクエストに応えるとしましょうか。
きりの良い所で狩りを中断し、馬車の中で座ります。
「自然に、流れるようにモフるのですね」
「ミリーのリクエストに応えるのだから、これはその対価ね」
隣に座らせたミリーの耳をモフります。今日も極上の手触りですね。
「炎の魔法を使わないのには、三つの理由があるわ。まず一つは、森の中だから火事を防ぐため」
「あっ、言われてみれば当たり前ですね!」
この森は危険な魔物が潜む森であると同時に、木々や動物を育む恵みの森でもあります。
そんな森を焼く訳にはいきません。
「二つ目は、炎の魔法では魔物の素材をダメにするからです。退治が目的ですが、素材を売る事も重要ですから」
魔物の売却で得たお金は、獣人の購入資金になります。これは私の我が儘なので、領や家のお金は使いません。
「消滅させたら売れないもんなぁ」
「あれはデモンストレーションの意味もあってやったのよ。普段はあんな強力な魔法は使わないわ」
あの時は「魔物を骨まで焼き尽くす魔法」を想像出来るよう見せるという目的がありましたから。
「一分間に四千発の氷の針を射つ魔法も十分に強力だと思うが……」
「破壊力過剰なのは間違いないと思う」
そこの騎士二人、的確な突っ込み入れないの!
「三つ目は、意識を誘導するためよ」
「「「意識を誘導?」」」
「そう。氷の魔法以外を見せなければ、私は氷の魔法使いと皆は思うでしょうね。氷の魔法使いならば、炎の魔法使いを揃えれば抑えられると」
低温の限界は、マイナス二百七十三度。所謂絶対零度と言われる温度です。これ以上の低温は、物理的に存在しません。
対して、高温には限度がありません。なので、炎の魔法使いは氷の魔法使いよりも優位にあると言えます。
「鍛冶に使われる炉の温度ですら、絶対零度の五倍の温度よ。町に何ヵ所かある炉の炎なら、氷の魔法使いに勝てるの」
鉄の融点は千五百三十五度、それより低い銅でも千八四度です。
「強い魔力を持っていても勝てると、油断する人は居るでしょうね」
必ず切り札を持て。それを使うなら、更なる切り札を持て。命の軽いこの世界では、とても重要な教えです。
「ユーリ様、どれだけ先を見ているのですか……」
「単純な俺達には、どうやっても見えない世界だな」
国を丸ごと騙すんです。打てる手は何だって打ちますよ。
「さあ、休憩は終わりです。狩りを続けましょう」
森の魔物を狩る事が、ここに他の騎士を寄せ付けない条件です。
モフモフの保護の為、狩りに精を出しましょう。
その頃、遠く離れた王城の謁見の間では。
「こうして各国の書状もあります。それを無視なさるので?その被害者に話を聞きたいだけなのですよ」
「貴君の組織が害を加えた被害者に、更に足労をかけろと?」
国王は苦い顔をし、謁見を申し出た中年の男性を見る。
「こちらから出向こうにも、冒険者はお国の移動を禁じられました。私とて冒険者の一員ですから」
「……仕方ない。ユーリ・マゼランを招聘しよう」
再度決定したユーリの王都召喚。ユーリの試練はまだ続くようであった。




