手品
「まずはセティー、これを持ってちょうだい」
薪用に拾っていた枝をセティーに渡すと、何も聞かずに持ってくれました。
軽く扇を振るい枝を凍らせます。
「一度凍らせた物に更に魔力を注ぐと、氷を増やす事ができるのよ。こんな感じでね」
更に魔力を注ぐと、バキッと音がしました。
「一部だけ氷を厚くすれば、物を折る事が出来るわ。それが人の手や足でもね」
魔法を解いて氷を消すと、真っ二つに折れた枝が残りました。
この技法を使うと、氷で拘束した相手の手足を自由に折る事が出来ます。
「流石はユーリ様、常識外れな魔法の使い方ですね」
「セティー、もう少し別の言い方が無いかしら?否定は出来ないんだけどね」
自分の魔法がこの世界の一般的な使い方から逸脱している自覚はあります。
氷の針を一分間に四千発撃つなんて、この世界の人間には発想すら出来ないでしょう。
「ではもう一度。次はミリーにお願いしようかしら」
ミリーに新たな枝を渡し、扇を振るって凍らせました。
即座に魔力を追加すると、先程と同じように枝が折れた音がします。
「魔法を解くと、あら不思議……」
氷が無くなった枝は、先程と違いどこも折れていません。
折れた音がしたのに、枝は折れていない。不思議な現象に騎士二人とセティーとミリーは枝をまじまじと観察しています。
「折れた枝が直ってる!お姉ちゃん凄い!」
フェネックの娘さんが、素直な称賛の言葉をくれました。それに慌てたのは両親です。
「ご主人様、申し訳ありません!大変なご無礼を!」
「この子はまだ幼く、全ての責は親の私達に!」
貴族であり、奴隷である自分達の所有者にあんな口をきいたのです。
普通なら即座に切り殺されます。
「そう、それなら責めを負ってもらいましょうか。まずはあなたからよ」
父親に近付くと、観念したように目を閉じました。母親は心配そうに見ています。
丸太に座った父親の背後に立ち、まずは耳を一撫で。毛はフワフワで、耳本体は手応えを残しつつ柔らかな感触です。
「セティーやミリーとはまた違った柔らかさ。気持ちいいわ」
「「へっ?」」
何が起きているのかわからず、軽く混乱するフェネック夫妻。
「あの夫妻、いつになったら解放されるかしら?」
「少しでも短い事を祈るしかないわね」
そこそこ、モフモフに集中したいのだから余計な事を言わないの!
暫し耳の感触を楽しみ、元の位置に戻ります。
「ユーリ様のモフモフがこんなに早く……」
「お気に召さなかった訳じゃないわよね。あんなに気持ち良さそうだったもの」
セティーの言葉の通り、旦那さんのモフモフは極上でした。しかし、今日はやらねばならぬ事があるのです。
「やる事があるから自制したのよ」
「そう言えば、先程の枝はどうやったのでしょう?」
折れた枝が折れていなかった件を思い出した騎士が問いました。
「種を明かせば単純よ。氷を二重にして、内側だけを折ったのよ。音は氷が折れた音で、枝は折れていなかったの」
氷が二重になっているだけの単純なトリックです。
普通は凍らせる時に二重になんかしないから、言われなければ分からないでしょうね。
種明かしをしていたら、フェネック夫妻は硬直していました。
私とセティーやミリーが普通に話しているのが信じられないのでしょうね。
「先にこちらをどうにかした方が良さそうね。心配はいらないわ、私はあなた達に絶対に危害は加えないから」
「そうです、私達も保証します。ユーリ様は私達獣人に危害を加えたりはしません。モフモフはやりますが……」
「ですが……」
夫妻は私とセティーの顔を交互に見ています。
ああ、化粧を落としていませんでしたね。
「セティー、ミリー、メイクを落としなさい。本物だと思ってるわ」
木の桶に水を満たし、布と一緒に渡します。
水に浸し絞った布で顔を拭くと、青アザが綺麗に無くなっていきました。
「これは特殊なメイクで痣のように見せていただけよ。ほら、この通り」
ミリーの痣の半分だけを拭くと、拭いた場所だけが綺麗になっています。
それを見た夫妻は、ミリーとセティーが無傷だと信じてくれました。
「驚きました。ユーリ様と言えば、その……」
「獣人を率先して狩っていて魔法の試し撃ちの的にしている、でしょう?」
言い辛いセリフを、引き継いで言いきりました。旦那さんはばつの悪そうな顔をして頷きます。
「国の方針が獣人排除である以上、そう装わないと消されるからよ。辺境伯令嬢といっても、ただの幼女だもの」
中身は大人、体は幼女だから「ただの幼女」ではないのだけどね。
事情の説明が終わったところで、協力してもらう内容を話しましょう。
すぐに始めるつもりが、予想外に時間をくってしまったわ。




