狐と狸
王妃様の体調に関する情報を得られないまま、お茶会に赴く事になりました。
王城に着くと昨日の執事さんが待ち構えており、中庭のテラスへと誘導されます。
今日は前回来たときと違う事がありました。
途中通りかかった人達が、態々足を止めて深く礼をするのです。
「辺境伯令嬢とはいえ、足を止めて礼までしなくとも……」
「ユーリ様、辺境伯様の令嬢だから礼をしているのではありません。ユーリ様だから皆敬意を表しているのです」
執事さん、その方が余計に困るのですよ。
冷酷な令嬢を装い、畏れで獣人達を提供してもらおうと画策していたのですから。
それに、主人公にはゲーム通りに進行していると思わせた方が楽なのです。
「王妃様、ユーリ様をお連れ致しました」
「ありがとうセバスチャン。ユーリ嬢、そちらに」
テラスに着くと、既に王妃様が待っていました。慌ててドレスの裾を摘まみ、挨拶をします。
「王妃様、本日はお招き下さってありがとうございます」
「まあ、義娘になるのだから、そんなに堅苦しくしないで。座って頂戴」
王妃様の正面に座ると、メイドさんが紅茶を淹れてくれました。一口飲んで口を湿らせます。
「王妃様、体調を崩されたと伺いましたが回復なされたのですね?」
「ええ。かなり苦しかったけど、今は何ともないわ。あんなに腹筋が痙攣したのは初めてよ」
はい?腹筋?どんな症状だったんですか!
「あれはユーリちゃんのせいよ。あの会議で笑いを堪えるのに腹筋を酷使したのよ。会議の後爆笑が止まらなかったわ」
やはり演技がバレていたようです。で、それを見抜けずに手のひらで転がされている貴族たちが可笑しくて爆笑したんですね。
「分かっていて黙っていたのですね」
「国にとっても悪くない提案でしたもの。陛下など感激しまくって陣頭指揮をとられていたわ」
この国で一番の曲者は王妃様ですね。本来の目的を悟られないようにしないと。
「ユーリちゃん、あそこまで執着した理由を聞かせて欲しいわ。ここでの話は誰にも漏れないから大丈夫よ」
メイドさんとセバスチャンさんは、王妃様の側近か暗部ですか。
これは言わないと逃がしてくれそうにないですね。用意しておいたもう一つの目的を話すとしましょう。
「保険、ですわ。国の統制が効かない武装集団がいるのは好ましくありませんもの。排除出来るなら、そうするのは当然です」
一旦話を切り、紅茶を一口含みます。王妃様は楽しそうに私を見据え、続きを促しました。
「冒険者ギルド程度、陛下と王妃様ならば何の障害にもなりません。しかし、次代もそうとは限りませんわ」
「それなら、あなたが王妃となってからでも良いのではなくて?」
「私は所詮婚約者です。婚約を破棄される事も、命を落とす事も考えられます。なので不安要素は出来る時に排除すべきと判断しました」
実際、ゲーム通りなら私は婚約破棄されますから。全て嘘ではないですよ。
「うちのバカ息子には勿体ないくらいね。ユーリちゃんが居ればケントの治世も万全になるわ」
「過分なお言葉、恐縮です」
どうやら騙せた上に合格を貰えたようです。その後は当たり障りのない世間話でお茶会を終えて………くれれば良かったのですが、話題は王都の噂の事に。
「民が顔を合わせれば冷血姫の噂を話し、吟遊詩人は争うように今回のお話を歌っているそうよ。一人招いて歌って貰おうかしら」
「王妃様、お願いですから止めて下さい………」
そんな事をされたら、恥ずか死ぬ事になりそうです。
前世で女優をやっていたので慣れている筈なのに、面と向かって持ち上げられると恥ずかしいんですよ。
「王家に入るユーリちゃんの評価が上がるのは、私も嬉しいわ」
「王家に仕える者として、当然の事をしただけです」
この人、広める気満々………いえ、暗部を使って既に広めてるわ!
ならば止めるのは不可能、ここは戦略的撤退するしかない。
「王妃様、私は明日には領地に戻ります」
「あら、もっとゆっくりとして行けばいいのに」
引き留めて呼び出すつもりですね。そうは問屋が卸しませんよ。
「お父様が王都に詰めている以上、領地を長く開ける訳には参りません」
「領地には辺境伯夫人が居るではないですか。ユーリちゃんが戻る必要は無いのでは?」
「冒険者ギルドの始末もあります。家臣に負担が増えますので、魔物への対応を私が行いますから」
実際はそれが無くても私がやる予定だったのですが、そんな事を言う必要はありません。
「そう………確かにユーリちゃんは有力な戦力ですものね。王都に来たら必ず私の所に来るのよ」
「畏まりました、王妃様。また呼んでいただけるなんて、光栄の極みです。」
席を立ち、深く一礼をして御前を去ります。王妃様との会話は、神経を使うから疲れるわ。
明日は出立だし、帰ったらこの疲れを癒すためミリーとセティーをモフり倒しましょう。




