断罪の序章
講堂前のロータリーに乗り付け馬車を降りる。
講堂を訪れる全ての者がロータリーに乗りつければ、広いロータリーとはいえ馬車で埋まってしまう。
そうなっていないのは、下級貴族はロータリーへの乗り入れを禁止されているから。
このロータリーに乗り入れを出来るのは、王家・公爵家・侯爵家・辺境伯家・伯爵家の上級貴族のみ。
子爵家・男爵家・騎士爵家・準男爵家の者は、ここから離れた乗降場にて降り歩かなければならない。
「他の馬車はいないな。少し遅れたか」
「王太子を待ってギリギリに出ましたもの。仕方ありませんわ」
お父様の後につきパーティー会場への廊下を歩く。お父様付の護衛がその後ろを油断なく従った。
会場の扉を開き、お父様にエスコートされ会場に入る。既に出席者は全員集まっていたようで、注目が集まる。
視線を無視して会場の中央へと歩く。進む先にいる出席者達は後退り、道が自然に開かれていく。
その先にいるのは、この会場にいる最上位の王太子殿下。その右腕にはハニーブロンドの可愛い女子が抱きついている。
二人の周囲を固めるのは、王太子殿下の取り巻きたち。王太子殿下が王位を継いだ暁には、重職につく事が確定している者たちだった。
「いい身分だな。今頃ノコノコとやって来るとは」
王太子が不機嫌を隠さずに言い放つ。
身分が高い者ほどパーティー会場に入る時間を遅くするのがルール。
この場合、一番身分が高いのは王太子殿下なので最後に会場入りするべきは王太子殿下となる。
その彼を差し置いて最後に会場入りした私とお父様は、普通ならば王太子殿下に不敬を働いた事になるのだけど。
「申し訳ありません。エスコートしていただける筈の婚約者様をお待ちしていたのですが……」
指先にまで神経を使った優雅な礼をしつつ申し開きをする。勢い込んでいた王太子は、遅れた理由を漸く理解して言葉を失う。
もし私がもっと早くに会場入りしようとしたら、迎えに来る筈の王太子殿下を無視する事になる。
今回は来ない事がほぼ確実だったのだけれど、もしも入れ違いになっていたら。
王太子は迎えに行ったエスコートすべき婚約者に無視された者として数年は笑い者になるでしょう。
それを防ぎ王太子を信じてギリギリまで待った私達親子を咎める事など出来はしない。
「遅刻に関しては咎めまい。だが、お前に言わねばならない事がある。ユーリ・マゼラン、お前との婚約を破棄する!」
期待通りの言葉を頂きました。これで王太子は婚約者のエスコートをせずに放置し、浮気相手を堂々と侍らし婚約破棄を一方的に宣言した事になります。
正式な婚約破棄は国王陛下の判断待ちとなりますが、辺境伯家に公衆の面前で恥を掻かせた以上そのまま婚約とはならないでしょう。
「王太子殿下との婚約は国王陛下のご命令。国王陛下の許可は頂いておりますの?」
そんな許可を得ていない事は百も承知で訊ねる。もしも事前に許可が出ているのなら、マゼラン家に連絡が来ない筈はない。
国境を守る辺境伯家と王家の婚姻による関係強化は王家から打診されたもの。
それを辺境伯家への連絡もなしに王家の独断で破棄をしようものなら、辺境伯家の王家への忠誠は大幅に減ってしまう。
しかも、影響はそれだけでは済まない。上級貴族でも実力の高い辺境伯ですら王家は軽く扱う。
そんな印象が王家につけば、他の貴族家にも王家に対する不信が蔓延するでしょう。
辺境伯家ですらあの扱い。ならば男爵家や子爵家に対する扱いはどうか。考えるまでもない。
「父上の許可はまだ得ていない。しかし、非道なお前を王妃にする事は国の崩壊を招く。父上もわかってくれるはずだ」
この人の頭の中では、国王陛下に婚約破棄を認められ愛するツガル男爵令嬢と結婚する未来が確定しているのでしょう。
「では、私達は臣下として国王陛下に事の次第を報告に参ります。失礼します」
軽く礼をして立ち去ろうとする。勿論本気ではなく、王太子が引き留める事は承知している。
「待て、まだ話は終わっていない。お前にはこれまでの罪を償って貰わねばならん!」
予定していた展開に、思わず唇の端が開く。それを隠す為に愛用の扇を口元に開く。
「罪、で御座いますか?さて、覚えがありませんが」
これからが本番。思う通りに事を進めているのは誰か、思い知らせてあげましょう。