王都へ
「ユーリ、これは大した物だな」
「ありがとうございます、お父様」
私とお父様は、王都へ向かう馬車の中で揺られています。
ファンタジー物の馬車と言えば、座席が固く揺れが酷いというのがお約束。
カミアイも例外ではない為、事前に大量のクッションを用意してもらいました。
お父様は慣れているのですが、私には初めての経験です。
しかも、途中二泊する長時間移動です。柔な日本人の私に耐えられるはずがありません。
そこで手っ取り早い解決策としてクッションを持ち込みました。
お父様にも好評なようです。慣れていても苦痛に感じるのでしょうね。
旅行の日程は、領内で一泊し隣のダーダネルス伯爵領でもう一泊。明後日の夕刻に王都へ到着する予定です。
マゼラン辺境伯領は広く、抜けるのに時間が掛かります。
広くとも草原や森が多く、未開の地が大半を占めます。
これは魔物が溢れたりパナマ王国が攻め入って来た際の干渉地帯となるようにです。
我がマゼラン家の守りが崩壊しても、広いマゼラン領を出るまでに隣のダーダネルス伯爵領で迎撃。
念のため王都のある直轄領とダーダネルス伯爵領の境にて王都からの騎士団が陣を張る事になっています。
これだけの防衛体制を敷いている為、今まで王都へ脅威が迫った事は過去に一度もありません。
正確にはマゼラン辺境伯家を抜けられた前例が無いのです。
そんなマゼラン家は王族からの信頼も厚く、そのため母の嫁入りによる関係強化が図られました。
しかし、お祖父様が亡くなり、母も亡くなった為その意味は薄れてしまいました。
そこでてこ入れとして私と王太子の婚約話が浮かびます。
今回の園遊会は、王太子の婚約者探しが目的と見なされていますが、実際は私が王太子妃に相応しいかを判定する会です。
遅くなりましたが、今回の旅程に同行するのは護衛の騎士が五名のみです。
身分を考えると少ないのですが、多人数だと移動が遅くなるのと、ダーダネルス領と王領に配慮しての人数です。
連れていく人数が多ければ、ダーダネルスの騎士団や王領警備の騎士団も警戒します。
護衛する騎士よりも、護衛される父の方が強いと言う理由もあります。
騎士団の皆様、面目丸潰れです。少しは自重して欲しいものです。
王都への道にある中継の都市は、特段語るような内容はありませんでした。
領都と同じ、中世ヨーロッパのような街並み。
滞在は代官屋敷の特別室で、マゼラン家の領主一族が王都を往復する際に使われる専用の部屋。
食事は……中世ヨーロッパレベルですから、察して下さい。味噌と醤油が懐かしいです。
ダーダネルス領の領都では伯爵の館に滞在しました。
夜は伯爵の家族と共に晩餐会です。豪勢な料理が並びましたが、味は覚えていません。
長男と私を結婚させようとする伯爵と、のらりくらりとかわす父の攻防。
奥方と長男は私にせっせと話しかけ、気を引こうとします。
どうやら私は優良物件のようです。
家柄はトップクラスで良い上に、神童と評判が高いそうです。
貴族同士の婚姻は政略絡みで、恋愛での結婚はほぼないと理解してます。
今回もマゼラン家の後ろ楯欲しさでしょう。
流石に十六歳の青年が四歳の幼児を本気で口説くなんて無いわよね?
もしそうならば、全身全霊をもってこの話を潰したいと思います。
晩餐会は言質を何一つ与えなかったマゼラン家の優勢で終了しました。
伯爵が父の気を引いているうちに奥方と長男が私の言質をとるという作戦だったのでしょう。
その目論見を四歳児に粉砕され悔しそうです。
四歳児からなら簡単に言質を取れると思いましたか?残念でした。
こちとら前世で魑魅魍魎か蠢く芸能界で生き抜いて来たんです。
そんな簡単に言質を取られるようなヘマはしませんよ。
下手を打ったらロリコンのお嫁さんという罰ゲーム付きです。笑顔で隠していましたが、そりゃあもう必死でしたよ。
翌朝、帰りにリベンジをと燃える伯爵家一同に見送られ伯爵家を後にしました。
長男だけは燃えずに萌えていらっしゃいましたが……
ええ、昨夜の攻防で惚れられたようです。途中から視線が変わってました。
「お父様、帰りは伯爵家に滞在せずに素通りするわけには……」
「気持ちはわかるが、我慢しなさい。私とて変態を義息子と呼びたくない。全力で防御しようぞ」
私と父の思惑は一致しましたが、素通りは許されませんでした。
ゲームのシナリオに従い、私が王太子の許嫁になる事は決定すると思います。
しかし、園遊会から決定するまでは間が空きます。
なので、帰りの時点ではまだ私の伴侶は空白のまま。
帰りの一度を凌げば、王太子との婚約が発表されます。
いかなる手段を使っても、帰りを凌いでみせましょう。