お勉強
「それでは、お勉強を始めます」
「お願いしましゅ」
底上げされた専用の椅子に座った私は、対面に座ったメイドさんに頭を下げる。
「まず、この国の人は王族・貴族・平民に別れます」
初めてのお勉強は、身分に関してでした。と言ってもザックリしたもので、ゲームの説明書にあった簡単な説明よりもなお簡素化されていました。
拍子抜けしましたが、教える相手はやっとお喋りが出来るようになった幼児です。
王族の下に公爵、侯爵があり、なんて説明しても理解する筈がありません。
私はキッチリ理解しているのですけどね。そんなの予測しろと言う方が無理です。
簡単な説明ながら、カミアイの設定と違っている所は無い事が確認出来ました。
この分なら、貴族制度も私の持つ知識で適応出来る筈です。
授業の中身は、徹底して身分と貴族のあり方に関してでした。
私が強い魔力と魔力制御能力を持つ事は、父は重々承知しています。
恐らく、この力が仕えるべき王家に向かないように配慮しているのでしょう。
授業開始から一年が経ち、授業内容は段々と具体的に難しくなっていきます。教えられた内容を一度で理解しているので、教育予定が前倒しになっているそうです。
これまでは大人しく授業を理解する姿勢を見せてきましたが、そろそろ動き始めましょう。
「神はそのお姿に似せ我々人間を作られました。しかし、獣と交わった背徳者が現れます。その子孫が獣人なのです」
今日の授業は歴史と宗教。この国の国教となっている光神教の教義です。
「なので、背徳の証を抱え産まれた者を神の身元に帰すのは崇高な行為なのです」
地球の……日本の人からすれば、許容出来ない教義だと思います。
人を殺す事を是とするなんて、まともな日本人ならば受け入れられないでしょう。
でも、一神教ではありがちな教義です。
人は神の名の元ならば、どんな行為も正当化出来るのですよ。
中世ヨーロッパの魔女狩りや、現在のエルサレム問題が分りやすい例ね。
演劇はヨーロッパの物も多いから、中世の歴史や風習、文化や宗教も勉強しました。
一流の女優になるため、努力は惜しみませんでしたとも。
その夢は叶わなかったのですけどね。
「先生、私達貴族は民の手本となるために、率先して獣人を神の御元に帰すべきですね?」
「そうですね。しかし、きちんと理解出来ずに神の意に反する貴族の方が居るのが現状です」
貴族でも、教会と王家に逆らって獣人を匿っている人もいると。
それって、バレたら重罪になるんじゃないの?
「それは悲しいですね。そんな貴族はどうなるのですか?」
「獣人を庇った貴族は、国賊として処分されます。敵国に利するのですから、当然です」
メイドさんが貴族の基本として教える内容なのですから、その考えが普遍的となっているのでしょう。
ならば、貴族家の長女たる私に求められる答えは……
「私は魔法の力に磨きをかけて、獣人達を神の御元に帰す手伝いをしなければなりませんね」
「流石は由緒正しい辺境伯家のご令嬢です。将来が本当に楽しみでなりません」
楽しみにしていて下さい。17年掛けて培った女優の全てをもって理想的な辺境伯令嬢を演じてみせますとも。
メイドさんを感嘆させた私の勉強は、至極順調に進んだ。
算数は転生者の私には正に子供レベルだし、言語は日本語を使っているから問題なし。
宗教は求められる模範回答は把握済みだし、歴史もゲームをやり込み小説を何度も読み返した私に死角なし。
「ユーリ、とても優秀だと聞いた。しかし、無理はしないようにな」
様子を見に来た父から、そんな言葉を貰う位には優等生を演じました。
そして、今回は私の運命に関わる命令が下されました。
「来週、王城で園遊会が開かれる。子供達のお披露目の役割をもつ会だから、ユーリも出席させる。明後日に出発だ」
「わかりました、お父様。移動に備え、体調を整える事にします」
王太子や主人公に出会う園遊会です。それに出席するために、領都から王都の屋敷に移動しなければなりません。
「我が娘ながら、四歳とは思えんな。王都へ行くのは、私とユーリのみだ。気張る事はないからな」
最後に頭を軽く撫でて父は義母の待つ館へと帰って行きました。
「お嬢様、明日のお勉強は中止となります。ゆっくりと休むようにと御当主様のお言いつけです」
「ありがとう。あなたも明日は休みなさい」
産まれた時からお世話になってるこのメイドさん、お休みをとっていません。
乳母も務めてくれたということは、私と同い年の乳兄弟がいるはずです。
その子を放置して大丈夫なのかと聞いてみたところ……
「その点ならご安心下さい。ベビーシッターを雇ってあります。ご心配くださり、ありがとうございます」
との答えが帰ってきました。ちょっと忠誠心高すぎませんか?有難いけど。