マゼラン家
「ユーリ行くぞ、これ以上は待てん。期待してはいなかったが、最後のパーティーまでエスコートしないとはな」
「来られても嫌な思いをするだけですわ。アレに何かを期待するだけ無駄というものです」
名前だけ婚約者の馬鹿王子に、そんな知恵が回る事を期待する方が間違いです。
「聡明な陛下と王妃様から、なんでアレが産まれたか不思議でならんな」
その原因は異世界からのイレギュラーな存在なのですが、そんなこと言える筈がありません。
「どうせ今日で婚約解消となるのです。このツケは王家に払っていただきましょう」
「そうだな。……やってくれ」
父が合図を出すと、前方の馬車が走りだし次いで私とお父様が乗った馬車が。最後に後ろにつけた馬車が走り出す。
今日はスエズ王立学園の卒業記念パーティーが開かれる。辺境伯息女の私は、それに出席するためにお父様と馬車に乗り込んだ。
本来ならエスコート役であり婚約者の王太子様が迎えに来る手筈になっていた。
婚約者持ちの女性がパーティーに参加する場合、婚約者がエスコートするというのは常識。
それをしないと言うことは、婚約者とその家を軽んじていると受け取られる。
今の私は、婚約者に放置された情けない辺境伯令嬢ということ。お父様が怒るのは至極当たり前。
「王太子も当然だが、ツガルの小娘も気に入らん。王太子の側近をたぶらかしおって!」
「まあ、彼女のお陰で使えない王太子を廃嫡させられるのですから。私、少しですが感謝していますのよ。平民と仲良く暮らすと言う望みを叶えて差し上げる程度には」
今日のパーティーで王太子とツガル男爵令嬢は私を断罪して婚約を破棄させる予定でいる。
私とお父様はそれを逆手にとり、廃嫡に追い込むつもりです。
「担ぐ御輿は軽い方が楽ですが、あれでは国が滅びてしまいますわ」
「いや、そこまででは無いと思うが……お前と比べるから余計にそう思えるのであろうな」
苦笑いを浮かべるお父様。私は辺境伯令嬢に相応しいように文武も魔法も鍛えましたもの。
馬車は貴族街から商業区へと入る。商業区を抜け王立学園へ向かう手筈になっていた。
「あら……お父様、少し時間をいただけますか?」
「うむ、構わん」
扉脇に吊られた紐を引くと、馭者の脇に設置された鈴が鳴る。三台の馬車は速度を落とし停車した。
扉が開かれ、先に降りたお父様の手を借り外に出る。
「そこな商人、待ちなさい」
「はっ、これはユーリ様。お声掛けいただき、光栄に存じます」
太った身なりのよい商人は私の方を向き膝をつく。その後ろで護衛とおぼしき男が数人同様に膝をついた。
「狩り尽くしたと思ったのですが、まだ残っていたのですね。その玩具、売りなさい」
商人の背後には、十代と思われる男女が数人縛られていた。全員私を見ると敵意の籠った目で睨んでくる。
そんな彼等には、ある共通項があった。色や形は違うものの、頭から飛び出た耳と尻から生えた尻尾。
「不届きな者がこやつらを匿っていたのです。そいつらはお役人様に引き渡しまして、報奨に頂いたのです。ですので……」
「ええ。その功績も評価した額で買い取らせて頂くわ。功労は正しく評価されるべきですもの」
「恐れいりまする。おい、そいつらを辺境伯家の方に引き渡せ!」
商人が獣人を縛った縄を後ろの馬車から降りた騎士に渡す。
「思わぬ所で新しい玩具が手に入ったわ。あなた達は玩具を例の場所に運びなさい」
私は獣人を受け取った私の護衛騎士に獣人を連れていくように指示をした。
「はっ、しかしおユーリ様の護衛は……」
「お父様の護衛もいます。それを連れて学園に行く訳にはいきません」
「畏まりました。ユーリ様、どうか御無事で」
卒業記念パーティーで何が起きるかを話してある騎士達は、私の身を案じながらも指示に従い獣人を連れていく。彼等は私の共犯だから、安心して任せられるわ。
「今日はこの後用事があります。後日辺境伯家に代金を取りに来るように」
伏したままの商人を残し私とお父様は馬車に乗り学園へと向かう。
封建社会のこの国で、貴族でも上位に位置するマゼラン家の地位は高い。商品だけ受け取り、代金は後からと無茶を言っても商人では逆らう事など出来はしない。
最も、私もお父様も代金の踏み倒しなて見苦しい事をしたことはないのだけれど。
「美辞麗句を並べるだけの、愚かな人達。現実というものを知ってもらいましょう」
ここはゲームに似た世界であって、ゲームの世界ではない。その違い、思い知ってもらいましょう。