こんにちは赤ちゃん
体を、何か柔らかい物が包んでいる。それは分かるのだけど、目を開けても白い光と薄暗い影しか見えない。
私は目が見えなくなったのでしょうか。
だとすると、女優業は廃業しなければならないかもしれない。
事務所に辞表を出して、ハローワークにも行かないと。蓄えはあるけど、それを食い潰すだけではすぐに生活が成り立たなくなる。
……その前に点字を覚えたり、白い杖を購入しなくちゃ。冷静なつもりだったけど、結構混乱してるわね。
順を追って一つ一つ思い出しましょう。
私はカミアイの舞台稽古をしていたはず。でも、サユミさんと監督の言い合いが始まって……
そうだ、サユミさんは出ていったのよ。それで稽古は中断、監督さんはサユミさんの事務所に電話をかけて。
それを見ていたのよね。そしたら誰かが叫んで。
上を見たら白い光が眩しくて。
眩しい光?舞台照明、よね。それが見上げた私の顔面を直撃?
うわあっ、目が見えなくなって良かったかも。照明ってかなり熱くなるもの。それが顔面直撃……
自分の顔がどうなっているのか、確かめたくないわ。
ホラーなお仕事もあるし、耐性はある程度はあるわよ。でもね、自分の顔が特殊メイクでなしにってのは見たくないわ。
ちょっと待って、それで完全に失明しなかったのって奇跡に近いんじゃないの?
それ以前に、命があるだけでも儲け物かも。
ここは察するに病院かな。救急搬送されてすぐに手術、麻酔が切れて目覚めた所とみた。
探偵役も見事にこなした私の推理に間違いはないわ。
ではナースコールで看護師さんを呼んで……目が見えないから、何処にあるのかわからないわね。声をあげて、誰かが来るのを待ちましょうか。
「うぁー……だぁー」
どうやら喉もやられたみたいね。自慢の滑舌が、見る影もないわ。
だけど効果はあったみたい。視界が黒い影に覆われた。看護師さんが来てくれたのね。
と思ったら、ジェットコースターに乗った時のような浮遊感。もしかして、持ち上げられた?
何かを言われているみたいだけど、耳栓をしているみたいに聞こえが悪くて内容が分からない。
視覚に続いて聴覚にも支障が出てるの?これじゃあまるでヘレン・ケラーじゃない。
口許に柔らかい何かが当たる。唇を割って少しだけ固い物が差し込まれた。
吸えって事ですね。心の何処かから吸いたいって衝動が生まれたので吸い付きます。
温い、僅かに甘い液体が喉を通過していく。
これはアレです。ネット小説界に雨後の筍のように乱立した転生という奴ですね。
流石に重量のある照明器具を顔面に直撃されたら生き残れませんでしたか。 こうして記憶と人格を残して転生したのは、幸か不幸か。
まず大切なのは情報収集。定番の転生ならば、剣と魔法のファンタジーな世界に来ているはず。
お迎えの神様や天使様に会わなかったから、チートは貰えなかったのかしらね。
期待してガッカリするより、無いものとしてあったらラッキーな方が精神衛生上良いでしょう。
……ゲップをしてオムツも替えて貰いました。新たな情報を入手する事に成功です。
まず、今世でも女の子でした。そして、高い確度で文明レベルは昭和初期以前です。
女の子だと判明した理由は……言わせないで下さいよ。
オムツが使い捨ての紙製ではなく布でしたので、それが出回る昭和初期以前と推察しました。
貧乏で節約するためという可能性もありますが、肌に触れる布地のさわり心地が良いのでそれは無いでしょう。
最後に、重大な発見です。私を包む温い感触。これ、物理的な物ではありませんでした。
オムツ交換で脱がされていた間も感じていたので、服のような物ではありません。
転生者が感じた、不可解な感触。もうこれは魔力しかないでしょう。
ならばどうにかして鍛え上げ、莫大な魔力で魔法使い放題に!
……と、その前に。
こういう場合、二つのパターンに分かれます。
魔力チートになるパターンと、膨大な魔力に体を蝕まれるパターンです。
前者なら良いのですが、後者だと魔力が暴走して魔法を使えなくなるか、最悪死に至るか。
ここはよく熟慮して選択を、と言いたい所ですが、もう決めています。
前世の私は、世界でもトップクラスに安全だと言われた日本でさえ寿命を全う出来ませんでした。
それなら今世は、やりたい事をやっていきたいと思います。
寝るのが仕事の赤ん坊な私です。余りある時間で魔力を掴んで見せましょう!