虹の舞台
「獣人など、人に尽くすための存在ではないですか」
右手に持つ黒い扇を、倒れている男性に向ける。
ピクリとも動かない男性の頭には、白いネコミミが生えお尻からは長い尻尾が垂れていた。
「違うわ!獣人の人達も私達と同じよ!……どうしてそんな悲しい事を言えるの?ねえ、何でよ!」
脇に立つ男性に支えられた女性が、気丈にも私を睨む。
「はい、カット!ちょっとぉ、違うって言ってるだろ?」
メガホンを持った監督が、不機嫌そうな顔でレイナ役の女性を見る。
「ユーリとは違って優しい令嬢なんだから、そこは憂いを帯びた儚げに言わないと」
「でも、カミアイは守られてるだけの令嬢じゃクリア出来ないんです!」
これは、今日も残業確定ね。まあ、女優という職業に残業なんて無いのだけど。
「だから、芝居なんだからゲームは関係無いんだよ!」
「ゲームが元なんだから、ゲームの通りに演じるべきです!」
もう何度目だろう、監督とレイナ役のサユミの口論は。
確かに、カミアイは守られてるだけでは悪役令嬢に論破されバッドエンドを迎えてしまう。
だけど、これは舞台。ゲームを原作にしているけど、どう表現をするかは監督が決める事。私達役者は、求められた演技をすれば良い。
「全く使えない奴だな。アヤちゃん、ちょっとやって見せて!」
あ、言い合いに飽きた監督が私に見本をやれと。はいはい、従いましょうお仕事ですから。
「違うわ!獣人の人達も私達と同じよ!……どうしてそんな悲しい事を言えるの?ねえ……何で…よ」
始めの間を開けた時に少し俯き、目を僅かに閉じる。下ろしていた手を軽く握り、悔しさを表現した。
「それそれ!その演技が欲しいんだよ!ちょっとはアヤちゃんを見習ったらどうなんだ?」
手放しで誉めてくれる監督握り対して、サユミさんは親の仇でも見るような顔で睨んできます。
見た目や印象が大切な女優ですよ?人目がある場所でそれは不味くないですか?
「みっともないわね、監督に媚びて。そんなに役が欲しいの?」
「女優なんて偉ぶっても、役が回されなければただの人なのよ。それに、周囲を見たらどうなの?」
この稽古場にいるのは、私と監督、サユミさんだけではない。他の俳優さんや、セットを切り替える裏方の人、衣装を用意し着替えを手伝う人など沢山の人がいる。
「サユミさんと監督のいさかいで、稽古が進まなくて皆が迷惑してるわ。あなたは自分の我が儘に皆を付き合わせるつもりなの?」
芝居は役者だけで作る物ではない。スタッフの人達と力を合わせて作っていく。
どんな名優だろうと、自分の事しか考えない俳優が居ればその芝居はまず成功しない。
私は子役からこの業界に身を置いているので、それを骨身に染みて知っていた。
子役の寿命は案外短い。子供の頃に早熟で天才ともてはやされても、周囲が成長すればその差は無くなっていく。
芸を磨き、人脈を築き、生き残る努力を怠ればたちまち消えてしまう。そんな業界で生き残ってきた自負が私にはある。
「それなら、あなたが演ればいいじゃない。私はいくらでも仕事なんてあるのよ!」
あーあ、出ていっちゃいましたね。これは少し言い過ぎたかな?
「アヤちゃん、良く言ってくれた!」
「俺達が言いたかった事、全部言ってくれたよ!」
「あの子、俳優舐めてるわよね。ちよっと売れたからって!」
「アヤちゃん、売れてるのに俺達スタッフにまで気を使ってくれるもんなぁ」
他の出演者やスタッフの人達は、私を擁護してくれました。肝心の監督さんは……
「全く、アヤちゃんの言う通りだな。演技は上手いし、演出の思惑を漏らさず汲んでくれる。アヤちゃんは業界の宝だよ」
「私は、この仕事が好きなだけです。だから、求められる事に応えたい。ただそれだけですから」
このスポットライトの虹の中なら、私は何にでもなれる。
貴族令嬢でも、女海賊でも、探検家でもロボットメイドでも。
無限の可能性が広がる、この虹の舞台に立つのが好き。
「いっその事、アヤちゃんが二役やってくれないかな?」
「おっ、それ良いな。アヤちゃん、やってくれないかな?」
ちょっと思考に沈んでる間に、とんでもない話になってるのですが!
「無茶言わないで下さい。私は一人しか居ないのですよ?」
「分身とか、出来ないかな?アヤちゃんくの一役もやっただろ?」
そりゃあ、映画のお仕事でくの一役も演りましたよ。でも、だからって分身なんて出来ませんから。
「役をやったからって、その能力が身に付くのなら俳優は超人だらけですよ……」
「アヤちゃんならと思ったんだがなぁ」
私だって人間です。人間離れした期待をされても困ります。
「取り敢えず、主役に関しては向こうの事務所に責任を取らせる。一旦休憩だ!」
初演まで期間が短いので、新たに主役になる人は苦労しそうです。まさか、中止にはならないですよね。
少し離れた場所でスマホに怒鳴っている監督さんを、ぼーっと見る。
「あ、アヤちゃん上!危ない!」
反射的に上を見た私の目に入ったのは、真っ白な強烈な光。
それが私が地球で見た最後の光景でした。