終焉
終わりが見えない事。これは想像以上に神経を削っていきます。
何とか騎士の攻撃を凌いでいる私とお父様ですが、凌いだ所で勝ち目は無いのです。
増援が来るならそれまで耐えれば良いのですが、お父様の護衛騎士は既に討ち取られているでしょう。
私の護衛騎士は途中で手に入れた獣人と共に領地に向かっている筈です。
こうなると会場の貴族も私達に味方する筈はありません。味方してくれた所で、すぐに殺されるのがオチでしょう。
江戸時代、侍の果たし合いでの死因は殆どが失血死だったそうです。
切りつけても胴体には中々届かず、届いても致命傷には程遠い。
手足の切り傷から血が失われていき、動けなくなって死亡。それが実態だそうです。
時代劇でそれを忠実に再現しても、視聴者は喜びません。なので時代劇では派手な切り合いになります。
「くの一役をやった時、殺陣指導の先生がぼやいていたけれど、まさか身を持って体験するとはね」
あの時、短刀で長刀を捌く指導を受けていなかったら、ここまで耐えられなかったでしょうね。
「ぐっ、がはっ!」
「ふん、漸くか。かなり時間が掛かったな」
正装で来た私達は、体に剣を受ければ切り裂かれます。でも、相手は鎧に守られているので反撃をしても有効な効果を挙げられません。
そんな一方的な戦いを耐えてきましたが、とうとうお父様が力尽きました。
「手間を掛けさせやがって。娘も直ぐに後を追わせてやる。安心して地獄に落ちな」
お父様を斬った騎士が、背後から切りつけようとしたその時でした。
「ガハッ……グフッ、バカな」
盛大に血を吐いた騎士は、前のめりに倒れて動かなくなりました。
その腰には、先程までお父様が握り剣を捌いていた長剣が刺さっていました。
「……くはっ、た、只では…し…なん…」
油断した騎士を倒したお父様は、今度こそ動かなくなりました。
「死んだふりをして後ろから刺すとは、何と卑怯な!」
「ケント様、卑怯な男の娘だから極悪非道になったのですわ」
私を産んだ母は早逝して、直接の肉親はお父様だけでした。家督は腹違いの弟か継ぐ予定で、一度だけ会いましたが肉親という感情はありません。
そんな唯一と言って良い肉親が死んだと言うのに、私は泣けませんでした。
「父親が死んだというのに、涙も流さんか」
「血も涙もない極悪令嬢ですもの。あっ、ケント様、ユーリは殺してはいけませんわ。公の場で処刑して、パナマ王国との関係を修復しませんと」
騎士に守られ、安全な場でイチャつく二人。勝ちは揺るがないと安心しきってますね。
悔しい事に、それを否定する事は今の私には出来ません。
それでも体が動く限り剣を捌き身をかわします。
正直、私の目的は達成されているのでいつ倒れても良いのですが、足掻いてしまうのは性分ですかね。
騎士は王太子の指示を守り、致命傷を負わないように突いてきます。浅く傷をつけ、消耗を強いる一番嫌らしい戦いかたです。
「貴様は獣人を死なないように傷付け、ポーションで治してまた傷付けていたそうだな。そんな自分が死なないように傷付けられる気分はどうだ?」
「何事も経験してみるものね。あなたも如何かしら?」
女優たるもの、息を途切らせながらセリフを言うなどプライドが許しません。
息を整え、滑舌を気にしながら返します。
「思ったより余裕があるな。もう少し切ってみるか?」
「殿下、あれは虚勢です。もう動けるはずがありません!」
護衛役の騎士に見抜かれましたね。動くどころか、意識を保つのもキツくなってきました。
「おい、何の騒ぎだ!」
「……だと?……まずい……」
何かトラブルが起きたみたいです。でも、もうどうでも良いんです。私はこれで退場するのですから。
薄れる意識に浮かぶのは、接してきた獣人の人達の姿。
しなやかな尻尾を持った猫獣人のお姉さん。
ふさふさの尻尾に精悍な顔つきの狼獣人のお兄さん。
驚くと尻尾を太くしてピンと 立たせたリス獣人の少女。
金色の耳と尻尾が美しい狐獣人の男の子。
みんな、今頃幸せに暮らしているでしょうか。いえ幸せになっているでしょう。
「……最後にモフリたかったなぁ」
それが、唯一の心残り。
「……し……なら……らせて…から!」
体が軽くなり、顔が柔らかい物に包まれました。
そして私の意識は、深い闇の中に沈んで行ったのです。