不毛な戦い
「先生、やらなくてはなりませんか?」
「頼む、成績に上乗せはさせてもらうから」
翌日の放課後、数人の生徒が教師に呼び出され頼み事をされていた。
「将来の国王陛下に近付けるのだ、悪い話ではないと思うのだが?」
教師の言葉にも、生徒たちはばつの悪そうな顔をするばかり。
普通に考えれば、将来の国王陛下に学園公認で接近出来るなど願ってもない話だ。
しかし、集められた生徒は誰もが嫌そうな顔をしている。
「私達が嫌がる原因は、先生もよくおわかりなのではないですか?」
おわかりどころか、その為に頼み事をしているのである。
「頼む、学園を救うと思って……」
そう頼む教師だったが、内心では安直に依頼を受けずに慎重な態度を見せた生徒達の評価を上げていた。
「はぁ……話し掛ける頻度は上げます。しかし、それを学園が依頼した事と、それにより不敬罪に問われない事を書面にして頂けますか?」
貴族の中には口約束を平気で反故にする者もいる。学園の教師なのでそれは無いであろうが、用心するに越した事はない。
「わかった。引き受けてくれる者全員と書面を交わす。だから頼んだぞ!」
こうして教師と生徒の契約は成立した。その翌日よりそれは実行される。
「殿下、おはようございます」
「おはよう、今日もよい天気だな」
契約に従い、子爵令嬢が話しかけた。馬鹿王子はそれに気さくに挨拶を返し、取り巻きもそれを諌めたりはしない。
子爵令嬢から王子に話し掛けるなど、本来なら無礼な行いである。
王子本人か、取り巻きがそれを咎めなくてはいけないのだが、誰一人それをしようとはしなかった。
「殿下、最近はよくその娘といるようですが、婚約者持ちですので誤解を生むかと思われます」
子爵令嬢は、この機会を利用して馬鹿王子に言いたかった事をオブラートに包んで述べた。
「酷い、私が男爵令嬢だから差別するのね!」
ここぞとばかりに大声で嘆くレイナ。馬鹿王子と取り巻きは、俯いたレイナを気遣い周囲を囲んだ。
「身分が低いからと暴言を吐くとは、貴族にあるまじき振る舞いだな。ユーリに命令されたか?」
暴言も何も、子爵令嬢はごく当たり前の事を控え目に言っただけである。
居合わせた生徒達や、採点の為に観察していた教師の表情が固まった。
「不愉快だ。もう話しかけないで貰おうか」
馬鹿王子の態度に何かを言い返す気力も無くなった子爵令嬢は、そのまま自分の席に戻っていった。
それを見ていた教師は頭を抱え、今のやり取りから加点要素を見出だそうとしていた。
しかし健気な努力は無駄となり、加点要素を見出だす事は出来なかった。
逆に、減点要素は苦もなく見つかった。
「これ、期末までに殿下を赤点から引き上げられるのか?」
教師が呟いた懸念は、見事に的中する。
昼には別の子爵令嬢が馬鹿王子への接触をしたのだが……
「殿下、よろしいでしょうか?」
「痛いっ!」
子爵令嬢が馬鹿王子に話し掛けるため近付くと、子爵令嬢の進路脇にいたレイナが派手に転倒したのだ。
「レイナ、大丈夫か?」
「ケント様、すいません。バランスを崩してしまって。自分で転んでしまったのです」
そう言いつつも、怯えた目で子爵令嬢を見るレイナ。
「貴様、レイナに何をした!」
「優しいレイナは言えないようですが、貴女はレイナを転ばしましたね?」
脳筋の騎士団長子息ノキーンが叫べば、自称頭脳派で宰相子息のサイファがドヤ顔で言い切る。
「わ、私はそんな事はしませんわ!」
当然濡れ衣である。実際、レイナも子爵令嬢に何かをされたと言ったわけではない。
「ノキーン様、サイファ様。転んだ私が悪いのです。彼女を許して下さい」
許して下さいもなにも、子爵令嬢は何もやっていない。
「レイナは優しいな。どこぞの辺境伯令嬢とは大違いだ」
「レイナに免じて許してあげる。次は無いからね?」
子爵令嬢はレイナを睨むとその場を去った。
子爵令嬢の去り方は褒められたものでは無かったが、観察していた教師はそれを減点要素としなかった。
教師の都合で接触させておきながら、それの結果減点などしたら誰も馬鹿王子とその一派に近寄らなくなってしまう。
こうして、生徒を巻き込んだ教師達の戦いが始まったのであった。




