王城の反応
ここはパナマ王城にある広間。国王を筆頭に、国を動かす重鎮が集まり会議を開いている最中であった。
種の異なるモフモフが集まるこの場にユーリが居合わせたなら、「ヒャッハー、ケモミミはモフモフだぁ!」と叫んで阿鼻叫喚のモフモフ祭りが開催されたであろう。
装飾を施された、両開きの豪華な扉が叩かれ一人の騎士が入室した。
「申し上げます。先程冷血姫様によりツガル領の里の者達が送り届けられました」
騎士の報告に、集まった重鎮達がざわめく。
「して、今回も空間魔法とやらで送られてきたのか?」
「はっ、今回は国境に直に送られたそうで、居合わせた兵士が報告に来ています」
追加の報告を聞き、広間には更なるざわめきが広がった。
「やはり、本当だったのか!」
「いや、何かのトリックの可能性も……」
前回パナマに送られてきた獣人がした報告は、国の中枢を揺るがした。
しかし、過去に例がない空間魔法、しかも多人数を瞬時に別の場所に送る魔法など、リアルに魔法があるこの世界でも眉に唾を付けて聞くような話であった。
「し、失礼します。此度の冷血姫様の魔法に関して報告に参りました」
「ああ、緊張しなくてよい。見たことを漏らさずに話してくれ」
緊張する兵士に対し、濃い黄色に先端が黒という教科書通りの狐耳の国王が報告を促す。
「はっ。我らの小隊が国境を巡回していましたら、目の前に何の前兆もなく黒い球が発生しました。我々は警戒し、球から距離を取りました」
緊張が解けた訳ではないが、職務を思い出した兵士が報告を始めた。
「初めは拳大であった球はみるみる膨らみ、家一件分の大きさにまで膨らみました。いきなり攻撃しないでと声がして、セティー殿が現れたのです。彼女は冷血姫様の魔法だから心配ないと告げ、ツガル領の者達も現れました」
兵士の証言により、ユーリが大規模移動魔法を使える事が確定した。
前回の獣人からの証言もあるのだが、一般市民の証言と公務についている兵士の証言では重みが違う。
パナマの獣人は一般市民を軽視している訳ではないのだが、様式美というものは必要なのだ。
「移民が全員移動し終えたので黒い空間を覗くと、見たこともない森にある里がありました。セティー殿が空間の向こうに戻ると、空間は消えてしまいました」
黙って聞いていた重鎮達から、重いため息が漏れた。その中の一人が兵士に質問をする。
「その里はツガル領に間違いないのだな?」
「私はツガルの里を知りませんので、断定は出来かねます。しかし、里の者の話では間違いなくツガルの里だそうです」
「その魔法について、詳しく判らないか?」
「申し訳御座いません。冷血姫様に話を聞けず、里の者も聞いていないそうです」
兵士の答えにこれ以上収穫はないと判断されたのか、兵士は退室を命じられた。
「さて諸君。これで冷血姫殿はツガル領から我が国の国境までという途方もない距離を、瞬時に移動出来ると判明した。しかも、三十名の者を連れてだ」
距離を関係なく、三十名の者を瞬時に移動出来る。これは恐ろしい事実であった。
この世界において、兵の移動は念入りな準備を必要とするのだ。
故に察知されやすく、それが大規模な戦闘で奇襲を不可能としていた。
しかし、それを無視して好きな場所に好きなだけの軍勢を送れる者が現れたら。
その者を確保した国は、圧倒的な軍事的アドバンテージを握る事になる。
そんな軍関係者を発狂させそうな者が現れ、しかも敵国の上位貴族令嬢なのだ。
普通ならばどんな手段を使っても暗殺しようと躍起になるであろう。
「とんでもない、非常識な力です。しかし、冷血姫様は我らが同胞の恩人です」
「しかも、そのとんでもない力を同胞を救う為だけに奮われている。ならば、我らの取るべき道は決まりですな」
彼等は獣人であった。実直で義理堅く、恩を仇で返すような真似は死んでもしない。そんな獣人であった。
「移住してきた者たちには、厳重に口を閉じるよう念を押してくれ。それが他国に漏れれば、バカな真似をする国もあろう」
こうして、ユーリの心配した事は解決した。仲間を救われた獣人の思いは、ユーリの予想を遥かに越えていたのであった。