14話 利他主義
リルの返事の途中から、プツリと聞こえなくなった。
見えていた風景も一瞬で消え去り、何も見えなくなる。
再び光が見えたかと思った瞬間、俺の視界は一面真っ白に染まった。
ネモの世界に呼ばれたようだ。
『こんなに早く呼ぶことになるとは思わなかったよ。どうしたの?』
ネモが俺に声をかける。
最初に出会った時と全く変わっていない。
表情も穏やかなもんだ。
「ああ。いきなりだがまず聞かせてくれ。ネモはここから出たくないのか?」
『うん。僕はここから出ないよ』
淡々と答えやがる。
"出られない"と"出ない"は大きく違うんだ。
選ぶ権利があって500年も一人の世界に引きこもる。たしかにそういう人もいるだろう。間違いじゃない。
でもネモは違う。コイツの考え方は引きこもりたい奴の考え方じゃない。
「500年以上この世界に一人でいるらしいな。なぜそんなに一人っきりでいる?」
『僕がそれを望んでいるからだよ』
そうやって自分に嘘をつくのか。イライラが増す。
「ネモが管理している世界があるだろ。見たくないのか? 歩きたくないのか?」
「そういうのは既にもうやったよ。――ユウ? なんで怖い顔してるの?」
怖い顔か……表情に出てたんだな。リルが怯えをみせたのもこのせいか。
大人げないよな。でもな、俺にはネモの考え方が許せない。
こいつは、昔の俺だ。
外見は全く違う。俺はこんな美少年じゃない。
しかし中身は全く同じだ。
利他主義者。
なんでもかんでも自分が我慢すればいいと考える。自己犠牲の塊だ。
"自分が我慢すれば、自分以外はうまくいく"だなんて考え方
でもそれは幻想だ。現実は、自分が耐えて悲しんで終わりじゃない。
"自分を大切に思ってくれている人"すらも悲しませるんだよ。
俺はこの性分のせいで……自分を愛してくれている人たちの想いを沢山裏切った。
「怖い顔か。お前が嘘を……そうじゃないな。お前がイイ子ちゃんすぎるからだよ」
『……なにが言いたいの?』
少し怒りがでてきたか? いいことだ。
自覚してるから耳が痛いんだ。怒ることができるんだ。
「出たくて出れないならそう言え。一人が嫌ならそう言え。あの世界に暮らす人たちを自分の目で見たいならそう言え」
『違うっていってるじゃないか! やめてよ!』
やめねえよ。
"自分が我慢すればいい"だなんて許されると思うな。
「なあネモ。お前がお前の幸せを一番に願わないってことは、眷属を悲しませるってことだ」
ネモの眷属はネモのために動く。
その眷属が、ネモが大事にしている世界で迷惑をかけるようなことやってんだ。
なぜか? ソレがネモにとっての幸せに繋がると判断したからだろう。
「今回の事件だってそうだ。お前が自分の幸せを願わないから、眷属がこんな事件を起こしている。そうだろ?」
『……そうかもしれないね』
「聞かせてくれネモ。お前は何を望んでいる?」
『僕は……あっちの世界のみんなが幸せに暮らせることを望んでる』
あの世界の人々を思い浮かべたか? 微笑み浮かべやがって。
本気で願ってることがよくわかるから、聞いてるこっちは辛いんだぜネモ。
こんな奴がさ、実際に自分の目で、幸せに暮らす人たちを見ることができないんだ。
見られないことを納得してる? ありえない。
「いい答えだな。"その中にネモが含まれているなら"だけど」
『僕は……そこには入らない』
またこれだ。"入らない"じゃない。"入れない"だろ?
だが、500年も一人でこじらせた想いだ。
ポっと出の俺に頼れと言われても頼れない。今すぐどうこうは無理だ。
ならいいよ。ネモはそうやって一人で耐えてろ。そのうち俺がなんとかしてやる。
「わかった。じゃあ"みんなの幸せ"のために俺にして欲しいことはないか?」
『……まだ言えない』
"して欲しいことなんて無い"って言われる覚悟もしてたが、ちょっとはマシになったか?
いつか頼んでくれるだろう。ネモの欲求全開な"マシな頼み"はこないだろうがな。
もどかしいが、まだ仕方ない。そこまで信頼される理由がないしな。
「なら質問を変える。この事件の犯人、俺にどうして欲しい?」
『それは……僕に決める権利なんかない』
「"俺がどうするか"じゃない。"お前が俺にどうして欲しいか"だ。ネモにしか決める権利はないぞ」
『それなら……認められて欲しい……かな。もし認められなかったとしても、ユウが殺されるのは絶対に避けて欲しい』
"認められて欲しい"ね。
犯人にとってこの事件は"俺がどんな反応をするのか"のテストってことだな。
さらに、"俺が殺されるのは避けて欲しい"ってことは、犯人はその結果次第で、俺を殺すかどうか決めるつもりってことか。
で、ネモとしては眷属が認めようが認めなかろうが、俺の死亡は困るってことだ。
どっちみち死んでやるつもりは一切ないけどな。
「わかった。ネモ、俺は死なない。安心してくれ」
それからいろいろな事情を聞いたが、やはりろくに情報は取れない。
ほとんどが「まだ言えない」で終わってしまう。
わかったことは、あの世界にいるネモの眷属は100体を超えること。
その内の3割ほどは俺を殺害する意思があること。
同数以上に、そいつらが俺を殺害できないように抑えている眷属達がいること。
今回の犯人はどちら側でもなく、俺の行動次第でどちらにでもなりうる存在であること。
俺の扱いでネモの眷属が対立している。しかも3割も殺害派がいる。
ネモが俺にさせようとしている事は、ネモにとってかなりリスクが大きいんだろうな。
この想定の答え合わせもさせてくれない。「仕方ない」としか教えてくれない。
俺にとっては命に関わる重大な問題だ。
ネモの眷属に今のところは守られてはいるようだが、俺も対処する必要があるだろう。
『ユウ、そろそろ戻ったほうがいい。眷属が心配するよ』
「そうだな。まだ聞きたいこともあるんだが、ネモとリルのように俺とネモが念話することはできないか?」
『残念だけど無理なんだ。あっちの世界とこの世界での念話は自分の眷属としかできない』
「わかった。またネモの眷属に"呼んでくれ"って伝言頼むよ。その時にはまた頼むわ」
『うん! ありがとう』
こういう時の笑顔は素直なんだけどなぁ。
もっといろんな感情に素直になれよ。
ネモがこっちの世界に来れないのも、いつか理由を掴んで解決してやろう。
そして今度は、俺がネモに「この世界を見て楽しんで」って言い返してやるよ。
武将を作りまくるんだ。
20年以上見てきた。使ってきた。あいつらの能力はもちろん"なにをさせるなら誰がいいか"も俺はよく知ってる。
神気……あつめないとな。
「よっし! じゃあ、向こうに送ってくれ。またな!」
『うん! またね!』




