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第3話 気づいたらゴブリン全員無力化してました

空。

ここの世界の空も青いらしい。


(意識レベルははっきりしてるな…手は動くのかな)


試しに手を少し動かしてみる。


手を顔の前に持ってこようとしたところでなんだかすべすべした柔らかいものが手の甲に触れた。


「ん…あ、ああ、起きたのか。余りにも長い時間気を失っていたようだったから、私もうたた寝してしまった。大丈夫か?身体の具合はどうだ?」


そう言って彼女は顔を触れた俺の手を握り、俺の顔を見つめた。少しだけ日に焼けた顔が憂いを含んだ色を見せる。続いて蜂蜜色で縦に開いた瞳が左右ひとつずつ、俺の瞳を覗き込んだ。長い彼女のまつげがキラキラと西日を反射して眩しい。


「左右の瞳の大きさはバラバラではなさそうだな。特に心配していたこともない。しかし、違和感があるのだったら、ここでしっかり休んでいこう」


少しだけひんやりした指先が俺の額と瞼を覆うように乗せられた。気持ちいい。何となく俺は目を閉じる。


「あ、いや、大丈夫、です、その、助けていただき、ありがとうございました」


「なら、とりあえずは大丈夫そうだな。その…先ほどは『腰抜け』などと言って申し訳なかった。貴方は勇敢だった。他では類を見ない、不思議なスキルで私とそして自分自身を守ってくれた。ありがとう。お礼を言わせて欲しい」


「い、いえいえ…そんな大層なことは…」


「いや、自分自身を守り、他者も守るというのはなかなか出来ぬ技だ。何せ、この世界は【死んだらお終い】なのだからな」


「へぇー…ってえ!?死んだら終わり?!そんな!」


思わず驚いて飛び上がり、その動作に看病してくれていた猫娘がびくっと飛び上がった。耳と尻尾が膨れ上がっている。


「そう驚くことではないだろう…基本的に全ての生き物は死ねば終わりだ。死者を意図的に蘇生するというのは、それまで生きていたものに対する冒涜なのだ。ただ、まあ例外はある。アンデッドに類する怪物か、それか死が存在しない生き物はそうだな」


「そ、そうか…いきなり大きな声あげてごめんなさい…」


異世界で人外娘に会えた喜びにムクムクと膨れ上がった俺の興奮はここに来て空気の抜けた風船のように萎んでしまった。人外娘に会うには何としてもリスクヘッジしていかなくてはいけないのだ。なんせ死んだら可能性が断たれてしまう。


「いや、まあ、そんなに落ちこむことはない。大方、貴方は外なる世界から来た者だろう。そういう思い込みをしていた者を何人か知っている。この世界では死んでも生き返る、と信じて敵に突貫し、死んでいったものたちを」


そう言って彼女は視線を下げ、俺の後ろのほうを見つめた。


「ああ。あと貴方の後ろ数歩歩いたら崖と死体にぶつかるぞ。いくら貴方が丈夫だといえ、あまり死体は見たくないだろう」


そう言われて俺はふと振り返った。そこには、先ほどの平野ではありえない、高さ2mほどの小さな崖が出来ていた。


「うっわ!なんだこれは!」


「覚えてはいないのか?貴方が作った崖だぞ?そのあと直ぐに頭から崩れ落ちて岩に頭をぶつけたかと軽く肝を冷やした」


「な、なんだこれは…じゃ、じゃあ、あの向かって来ていたゴブリン達は?」


「騎乗していたゴブリンはもれなく落馬した。白兵装備をつけていたゴブリンも崖から落ちた。皆あの貴方が作った崖で骨折もしくは死亡し、怪我を負ったようだった。唯一怪我を逃れたのは簡易的な戦車(チャリオット)に乗っていた女オーガだけだが、彼女は怪我した仲間を連れて、自分の穴蔵に戻ったようだ」


確かに、自分のいる方にはあえなく落下して死んでしまったゴブリンが2-3体いる。皆、どれも背中が丸く、ガニ股で正しくファンタジーのゴブリンらしいゴブリンそのものだった。頭から2cm程度の短くて不恰好なツノ、というかイボのようなものが生えていた。死体の周りには空の頭陀袋らしきものが散らばっている。意識した途端に死体特有の嫌な臭いが鼻をついてきた。顔をしかめる。


「…このゴブリンは何をしようとしてたのかな」


「おそらく、今から私が向かう農村の作物を強奪しようとしていたのだろう。この頭陀袋はもう文字も掠れて久しいがー麦用の麻袋だ。

私はその村の人々に、ゴブリン達から農作物を守るように依頼されていたのだ。貴方のお陰で今日は難を逃れ、そして依頼の一部を達成できた。本当に、何度お礼を言っても足りないぐらいだ。

で、だ。不躾だが、一つ、頼みがある」


彼女は真摯に煌めく蜂蜜色の瞳で俺を見つめた。ピンクブロンズの耳と短めに切り揃えられた髪がそよ風を受けてゆっくりと動く以外には、彼女は瞬き一つせず、身じろぎせず、真っ直ぐに俺を捕えている。


「今から村に一緒に来てくれないか。私はこの通り、ヒト族の者ではない。ヒトのいる農村は得てして部外者、特にヒト族以外の者を排斥しようとする。ヒト族と共に入れば、信用も少しは得やすくなる。だから、お願いだ、そのー」


「行く。行くに決まっているだろう。俺はあなたのような方が(あなただけとは言っていない)、好きだ。その瞳も、耳も、尻尾も、俺は愛している」


「!?それはつまり、一族の一員になってくれるということか!?家族になるのか!?」


「ゆくゆくはね。あ、ごめん、これから家族になるっていうのに、そういえば、名前を聞いていなかったね。何て呼べばいいかな?」


「失礼した。私はリィ=トゥ・ラヴェだ。リィ、と呼んで欲しい。あなたの名前は?」


「えぇーっと…その…ごめん、なんだか、その、忘れちゃったみたいで」


「名がない?ならば私が貴方の名付け親になろう!ふふん、これでもつける名には自信があるのだ!」


大丈夫だろうか…。だいたいこういうことを言う奴のネーミングセンスは微塵も信じていない俺は一抹の不安を感じていた。というか何故彼女はそんな自信たっぷりなんだ。


が、リィはそんなこと知らずに荷物をまとめ、出発の用意を整えた。口角が僅かに上がっている。

自分のポーチを持ち、弓を背負い、立ち上がって膝についた草切れを払ったところでふと口を開いた。


「決めた。貴方の名前を決めた。

【ヌルク】。ここの世界中誰もが知る神話の、大地の神の名だ」


「ヌルク…」


自分で自分に呟いた。存外悪くなさそうだ。


「ありがとう、リィ。これからもよろしく、な」


「こちらこそ、ヌルク。ふふっ、自分でつけた名前を呼ぶのは少し気恥ずかしいな」


「そうかな、俺はかなり気に入ってるよ」


「そう言ってくれて嬉しいよ。さあ、そろそろ行こう。このまま歩けば日暮れには目的の村に着くだろう」


彼女は俺の指先を少し握った。俺は手をつなぎ直し、グッと彼女の手を握り返した。


「じゃあ、行こうか」


そう言われた彼女は西日に照らされてさらに眩しい笑顔を見せるのだった。

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