特攻装警グラウザー・スピンオフ『レクイエム』
特攻装警グラウザー、スピンオフ短編『レクイエム』
東京都北の丸公園、
そのエリア内にとある慰霊施設がある。
――弥生慰霊堂――
かつては弥生神社・弥生廟と言われ、警視庁及び東京消防庁の殉職者が祀られた鎮魂のための地である。
だが、現在の日本警察の戦力の要である武装警官部隊・盤古においては、大規模な殉職案件が発生したときには、個別の葬儀・慰霊とは別に数ヶ月に一度の頻度で合同慰霊祭を行うのが常となっていた。
時に1月16日、あの有明事件の翌年の正月明けになるその日、新年早々の合同慰霊祭が執り行われようとしていた。それは全ての特攻装警たちも参加する事となった初めての慰霊祭だったのである。
一般に警察組織や自衛隊の慰霊祭は無宗教形式で行われる。日本においては国家が宗教に関わることはタブーであると戦後においては規定されているためである。そのため慰霊祭においては宗教めいた弔辞や文言は語られない。ただ使命の途上において無念にも落命した志士たちへの鎮魂と労いの為に献花がなされるのである。
その日の慰霊祭は事実上の一昨年の『有明事件』での殉職者を慰霊するためのものであった。
11月3日に有明1000mビルにて発生した大規模アンドロイドテロリズム事件――、
幸いにして一般市民やサミット参加者には死亡者や重篤な負傷者が発生しなかったのだが、それを警護しテロリズムの矢面から市民を守った武装警官部隊に甚大な被害が発生してしまったのだ。
重軽傷者42名、死亡者7名、重軽傷者の中には警官としては再起不能となった者も若干であるが含まれていた。この日、参列した盤古隊員の中には今だ傷が癒えず松葉杖を用いる者やサポーターなどで腕を釣っているものもいる。だがそれは理不尽では有るものの、彼らの一命を賭した闘いと抗いがあったからこそ守られた命が会ったのである。
参列する盤古隊員や警視庁の重職たち、国家公安委員長メンバー、そして内閣首相が列席している。その末席に並んでいるのが、武装警官部隊と並び日本警察の主戦力として重要な位置を占めつつあるアンドロイド警官の特攻装警であった。
いつもならば、当該する殉職案件に関与した特攻装警だけが参加するのだが、今回の有明事件は全ての特攻装警たちが関与している。それ故にアトラス以下全ての特攻装警が参加することとなったのだ。無論、第7号機のグラウザーもである。
慰霊祭の執り行われる北の丸公園、その指定された駐車場に一台の覆面パトカーが止まる。東京都第1方面管区所属涙路署の捜査課所属の捜査員が使用しているものだ。乗っているのは2名で、巡査部長朝研一刑事と、特攻装警7号のグラウザーである。
いつもなら彼専用のレザージャケットに身を包んでいるのだが、この日だけは警察の儀礼用の正装に身を包んでいた。当然、制帽もつけている。制帽を膝の上に載せて助手席に乗車していたがグラウザーは車から降りると制帽を身に着けてあらためてパートナーである朝刑事に告げた。
「では、行ってきます」
「あぁ」
朝は必要以上には何も言わなかった。出発前に上司である今井課長からグラウザーに対して一通り教えられていたからだ。そしてここから先は、あの現場に直接関与したものだけが入れる場所なのだ。朝もあの現場には居合わせたが、そこは本庁と所轄の違いや特攻装警参列の際の規程もあって送迎のみとされたのだ。朝は車上から慰霊堂のある方角へと敬礼を捧げていた。
朝に見送られてグラウザーは慰霊堂の方へと向かった。事前の連絡では慰霊堂へと続く途上で他の先輩特攻装警たちと合流する手筈だった。そしてアトラス以下5人の特攻装警たちが彼を待っていたのである。
北の丸第三駐車場で降りて右に日本武道館を見ながら田安門を目指す。田安門の右脇の方に弥生慰霊堂へと続く脇道が有るのだ。そこに入る途上となる田安門前にて兄たちであるアトラス以下5人の特攻装警たちはグラウザーを待っていた。
グラウザーはもちろん、他の5人とも警察としての礼服に身を包んでいた。ただアトラスとエリオットだけはその体格の問題もあり彼らに専用に作られた特注品を用いている。5人は円を描いて集まっていたがグラウザーの気配に気づいて視線が一斉に集まってきた。先に声をかけて来たのはアトラスである。いつもならセンチュリーを筆頭に明るい会話がかわされるのだが、この日だけは違った。
センチュリーもディアリオもエリオットも頭部のヘルメット装備を外している。フィールも頭部のシェル型の装備を外して通常頭髪仕様としている。アトラスのみ通常と同じ外見だが、それでも警察して適切な礼装をしている事もあり、いつもとは異なる引き締まった雰囲気を漂わせていた。
そのアトラスのよく通る低い声が通る。
「来たな?」
その声を合図にアトラスたちがグラウザーの下へと集まってくる。今の彼らに社交辞令めいた会話は必要ない。視線を交わしあうと頷き一つで気持ちが繋がる。そしてアトラスは全員の気持ちが一つになったのを察すると皆に対してひと声かけた。
「行くぞ」
それだけで十分だ。
6人は追悼式典の行われる慰霊堂の方へと赴いていった。
§ § §
弥生慰霊堂は日本武道館の北側の樹木に囲まれた緑の中にある。建物は慰霊のための本殿があり、その前に祭祀儀礼のための屋根付き吹き抜けの祭殿がある。だが慰霊のための社としてはひどく質素であり簡素な印象がある。敷地も決して広いものではないが、施設の豪華さで慰霊の質が変わるわけではない。そこに込められる思いこそが重要であるのだ。
吹き抜けの祭殿に4列に参列者が並んでいる。参列しているのは武装警官部隊・盤古から大隊長妻木と小隊長格、国家公安委員、警視庁の上層部から数名と警備部の幹部級、当然、エリオットを預かる近衛警備1課長の姿もある。さらには内閣関連からも内閣官房はもとより、時の総理大臣も参列していた。
特攻装警たちはその4列の序列から離れて敷地の脇に数名の盤古隊員とともに別箇所に控えていた。無論、これには重要な意味がある。
そして、1月半ばの寒空の下、追悼式典は始められた。
時刻は午前10時、頭上に雲はなく快晴であった。
式典は開式の辞から始まり、参列者全員による黙とうへと続き、来賓による追悼の辞、祭電披露へと粛々と続く。そしてその次に行われるのが、盤古隊員から選抜された儀仗隊による弔銃発射である。
武装警官部隊にとって銃は犯罪制圧の重要な主力であると同時に、自分たちの身を守る唯一の術である。このため通常の警察殉職者の追悼式典とは異なり、盤古隊員の多くが使用している正規採用銃であるシュタイアーAUGを用いた弔銃発射が行われるようになったのである。
この日、儀仗隊は5名で他に隊長役が1名。それに加えて参加していたのが特攻装警たちの6名である。通常ならば式典参加者の最後列に混じって献花のみに加わるのが常であった。だが今回だけは武装警官部隊・盤古の側から申し出があったのだ。
「あの事件で共に銃火を並べた特攻装警にも慰霊をしてもらいたい」
そして儀仗隊の列に加わって欲しいとの申し出がなされたのだ。無論、これを断る理由はない。特攻装警運営委員会はこれを快諾即決した。
参列者たちが起立の姿勢で居並ぶ中、指揮進行役の声がかかる。
「武装警官部隊儀仗隊、及び、特攻装警前へ」
盤古の儀仗隊員は正規採用銃であるシュタイアーを銃口を上に向けたいわゆる〝捧げ銃〟の姿勢から始まる。その体制でシュタイアー銃を保持し整然と列を作り、そして本殿の前へと進み出る。その後方に腰脇に拳銃をホルスターに携帯した特攻装警たちが続き、アトラスを右先頭にして順番に並ぶ。最後列のグラウザーは左端である。
盤古隊員と特攻装警、それぞれが2列整然と並び、弔銃発射は執り行われた。
「構え!」
儀礼刀を腰脇に下げた儀仗隊隊長の掛け声とともに捧げ筒から身体の前側にて銃口を右上にして斜めにシュタイアー銃を構える。特攻装警は腰脇の使用拳銃を右手で抜き、身体の前側にて左上に銃口を向けて構えた。
「弔銃発射用意!」
儀仗隊隊長が儀礼刀を抜剣し、盤古隊員と特攻装警たちは両手で銃を構えるとその銃口を斜め上へと向けた。シュタイアーの銃口が、そして特攻装警たちが日々の激戦の中で何度も使用した愛銃が向かうのは雲一つない大空。そして死したる者の魂たちが向かう天界である。
「撃て!」
引き金が引かれ空砲が撃たれる。その甲高い発射音は北の丸公園の一角に鋭い残響を残して響いていく。
「撃て!」
続いて2回目
「撃て!』
さらに3回目、合計3回の弔銃発射が行われた。
「銃、収め!」
その号令で盤古隊員は銃を斜めに構え、特攻装警たちは腰脇のホルスターに収納する。
そして、その場に参列していた者たち全てに号令がかけられた。
「敬礼!」
その号令でシュタイアー銃をかまえていた儀仗隊員は銃を縦に構えて捧げ銃となり、それ以外の者は右手で敬礼の姿勢を取る。その瞬間こそが鎮魂のための祈りの瞬間である。
「なおれ!」
再びかけられた号令で敬礼が解かれる。そして、儀仗隊と特攻装警たちは粛々ともといた控え場所の方へと戻っていく。次いであとに行われるのは献花と閉式の辞である。
1月の寒空の下、慰霊式典はこうして厳粛な空気のまま終りを迎えたのである。
§ § §
来賓たちが退散し、警察関係者もそれぞれに姿を消していく。特攻装警たちも式典の管理進行役と挨拶と連絡事項をかわせば、これで役目は終了である。
儀礼式典とは言え、人の死に関わる行事である。誰もがあの有明での闘いの時の事を思い出さずには居られなかった。自然に口数が少なくなり、足取りは必然的に重かった。
だがその時である。
「みなさん! ここにおいででしたか!」
一人の男性の声がする。その声に特攻装警のフィールは聞き覚えがあった。
「え?」
思わず声を上げて足を止めて振り返る。するとそこにはかつて見慣れた顔が有ったのである。歳の頃は30代後半だろうか、厳つさの中に人懐っこさが現れている。愛嬌のある風貌の男だった。
「あ、あなたは? えと猿形さん?」
「知っているのか?」
思わずアトラスが問えばフィールは頷きつつ過去を懐かしむかのようにほほ笑みを浮かべた。フィールにしても決して忘れる事のできない相手だ。ジュリア撃破によりシスター4の脅威を排除する事に成功した時に、盤古隊員の生存報告と英国VIPの保護要請の為に連絡をしてきた盤古隊員であった。奇しくも彼もこの式典に参加していたのである。
「覚えていただいてましたか」
「えぇ、忘れるわけありません。有明1000mビルでの襲撃事件での際に、生存報告をしてくださいましたよね」
「はい、あの時は皆様には大変お世話になりました」
そう告げつつ改めて敬礼にて謝意を表す。その猿形の後ろから現れたのは全盤古隊員を総括する立場に有る盤古東京大隊の大隊長を務める妻木であった。警察の礼服を身に着けた妻木が猿形の隣に立ちあらためて特攻装警たちに声をかけてきた。
「本当に皆さんには救けていただきました。あなた達の決死の闘いが無かったら、おそらくはもっと大勢の命が失われていたでしょう」
妻木のその言葉にアトラスが何かを言おうとする。だがそれを妻木は右手を出して制止する。
「アトラスさん、そして特攻装警の皆さん。今は自分たちの力が及ばなかったとか、まだやれる事があったのではとか、そのような言葉は口にしないでください」
冷静で厳しさの滲んだ言葉がかけられる。だがその言葉の中には感謝と尊敬の思いが確かに存在していたのだ。厳しさの中に畏敬の思いを匂わせながら妻木はさらに言葉を発した。
「少なくともあの事件においてあなた達に救われた命がある。それだけはご理解ください。そして、あなた達はまだまだ数において絶対数が少ない。武力において劣る我々と、数において劣るあなた方、私たちはこれからも並び合う両輪の様に協力し合いながら犯罪と立ち向かっていくしかありません。その意味においては我々武装警官部隊もまた成長しなければならないのです。全てはそう――〝天命〟――の命じるところです」
天命――その言葉に特攻装警たちは各々に頷きながら言葉を返した。
「そうだな、これからもよろしく頼む」
6人を代表するようにアトラスは右手を差し出す。そしてそれを受けるのは妻木である。
固い握手が交わされた後に、妻木は再び敬礼で返礼する。
「ではこれにて失礼致します」
猿形もそれに続いて敬礼をすると踵を返して去っていった。あとに残されたのは特攻装警たちだけであった。
緊張と罪悪感が少しだけほぐれていた。先に声をはしたのはセンチュリーである。
「んじゃ、行こうか」
「あぁ」
アトラスが続く。さらにディアリオが告げる。
「まだやらねばならない事も山積みですし」
その言葉にフィールが頷く。
「えぇ、そうね」
さらにエリオットが言葉をかける。
「全く休む暇もありあません」
その言葉に誰もが苦笑せざるを得ない。だが明るくも力強い声でグラウザーが告げた。
「でも、やりがいのある仕事です。僕達だけにしかできないことですから」
否定する者は居なかった。誰もが頷き、そして誇り高く笑みを浮かべている。さらにひときわ強くセンチュリーが言い放ったのである。
「何しろ〝正義の味方〟だからな! 俺達は!!」
「はい!」
〝正義の味方〟――その言葉を肯定するようにグラウザーが声を発した。思わず笑い声があがりディアリオがツッコミを入れる。
「その割には苦情と始末書の件数が減ってないようですが?」
「ディアリオ? 今のこの空気でそれを言うかよ!」
「事実だろ? センチュリー」
「アトラス兄貴まで!」
息の合った会話が交わされる。そして6人はそれぞれの任務の場所へと三々五々に散っていく。グラウザーは一人、相方である朝刑事の待つ駐車場へと向かう。その朝もグラウザーの姿を目の当たりにして覆面パトカーを発進させて寄せてきた。
助手席のドアを開けて乗り込んできたグラウザーに声をかける。
「お疲れさん。どうだった?」
シンプルな問い掛けにグラウザーはごく自然にこう答えた。
「なにも――今まで通りです。みなさんと力を合わせて僕達のできる事をやっていくだけです」
高揚するわけでも落ち込むわけでもない。ただこの瞬間において経験を重ねた分、静かな成長が見られるだけであった。たとえわずかでもそのたしかな成長が朝には頼もしく思えるのだ。
「行くぞ、今井課長から指示が入っている。違法アンドロイドが絡んだ傷害事件が起きたそうだ。逃亡先が特定されて早期の制圧と確保が必要だ」
「了解です。着替えを終えたらすぐに向かいましょう」
グラウザーと朝は、パートナーとして必要な言葉を交わす。そして新たなる任務へと向かう。彼らの闘いはまだ終わらないのである。
本編『特攻装警グラウザー』
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今回のショートストーリーはオリジナルの描き下ろしです。ですが本編とリンクしています。本編を読む前にご覧になっても問題ありませんので安心してお楽しみください。