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魔王国軍総進撃〜進撃するとは言ってない〜  作者: 甲斐たけさぶろう
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【失態】

 ――事件以来、私は全く自室を出ていない。


 なんと怠惰なことか約二日にも及んでいる!


 原因は、二日前に起きた私自身の“魔力覚醒”。



 魔族にとっての魔力覚醒とは、潜在していた力が現れ爆発的な力の上昇に成功することで、大変喜ばしい。


 それは、王として明るい未来を予感させるものであった。力こそ全てである魔族ならばこそ、強大な力を持って苦労することはないからである。統治する国家に対して懸念が多いため、霧が晴れたような心地がした。まるで長いトンネルを抜けたような開放感があったのである。


 誰だって自身の能力が上がれば自信を持つことができると思う。一国の王が覇王道を突き進むための良き手段となることは間違いない。力こそ全てだ。パワハラで統治してやるのだ。言うことを聞かない部下は魔力で押さえ込む。


 無論、パワハラなどという弱小種族の概念は魔族にはない。やりたい放題にできる。パワハラ政治で敵対因子を一網打尽にするのだ。権力と腕力で猛威を振るってみせる。



 そう確信したまでは良かった……



 覚醒の副作用として、“股間が隆起する”という現象が生じたのである。強力な魔力に包まれながらも、股間に目を向ければ、女の裸を想像して興奮したような状態になっている。これは流石に、魔王としても一人の大人としても実に恥ずかしい。股間が肥大した王なんてお笑い種以外の何物でもない。思春期の魔族ならば間違いなく虐められる。パワハラなんて冗談を言っている場合ではない。逆にパワハラを受けているようなものだ。


 民衆に虐められてしまうと思うと、私は心配した。そうすると隆起は一層巨大に膨れあがるのであった。


 どうやら、ピンチに陥り不安や焦りを感じると覚醒を起こし、同時に股間が隆起するようである。


 力を開放すると外見に変化が及ぶことは魔族でも日常茶飯事で、いわゆる“変身”というやつである。醜悪な外見になるなんてことはよく耳にするのではなかろうか。



 しかし、よりによって股間の隆起とは情けない……とんでもない副作用である。覚醒と言えば普通は格好付ける絶好のチャンスなのだ。




 何時間も対策を講じ、やっとのこと考えついた策は隠すことであった。日常から隆起陰部を誤魔化すことが出来るような鎧を思いつき、早速オーダーすることにしたのだが、完成には何日間か要するらしい。待ち長い。私の元に届かなければ外出できないのだ。

なんとも歯がゆい。


 その他の対策として、応急処置ではあるが、陰部を冷やすことにした。最初は大臣に氷を持って来させて冷やしていたものの、間に合わず……自身の氷属性の魔法で冷却しているのである。


 もちろん魔力は調整しているが、元通りにならない。“半隆起”状態がずっと続いているのである。寝ても治らない。小便もしにくい。男ならご理解頂けるのではないだろうか。


 苦労の中にも小さな幸せがあったりする。自分の魔法を褒めるのも癪なのだが、我が氷結魔法はひんやりして気持ち良い。氷属性の攻撃魔法に回復魔法のような効果があるとは、魔法の可能性にはいつも感心させられる。


 氷の清涼感に浸っていたその時―― 



 ――”一陣の風゛が窓辺から駆け抜けてくる。



 「よお、王様」


 はきはきとした口調に凜とした声。目を向けると窓枠に腰掛ける若い男がいた。一陣の風はこの男が飛来した際に巻き起こる風であったのであろう。


 彼は四天王の一人、風の国の王。


 性格を述べるのであれば、“最高に場の空気が読めない”。風を司っているのに、まったくもって皮肉なものである。


 四天王は定期的に行われる国策会議をいつも欠席して私を悩ませるのだが、こいつの欠席理由はいつも『親戚が死んで』だ。


 そんなことはどうでも良いのだが、股間肥大によりこちらが絶対に他人に会いたくない時に限って、平気で領域に土足で踏み込んできた。バレないように必死で股間を隠し、いきなりの訪問理由を問いただすと、『別に……』となめくさった回答をしやがる。


 場の空気が読めない魔族に限って、間も悪い。


 とにかく、今はこいつを相手にしている時ではない。重要な会議には出席しないくせに、こちらの一大事には冷やかしにくる性悪。そんな輩は適当にあしらって追い出すべきだと考え、私は特大の“屁”を放いた。


 屁は途端に部屋中に立ちこめ、放屁者である私も咽せてしまうほどの悪臭である。補足するならば、目を開けるのも一苦労するようなツンとする刺激臭に加え、生ゴミを何週間も放っておいたような強烈な異臭の組み合わせといったところであろうか。想像した反吐が出る。



 風の四天王、フェンネル・シードは空気の汚れをとにかく嫌う。鼻腔を攻撃する悪臭を放てばこちらの勝利である。


 案の定、鼻を塞いで立ちくらみを催し、窓辺から落ちていった。


 ――蠅みたいなやつである――


 蠅は悪臭に寄ってくるけど、こいつは悪臭が嫌いである。しかし、うっとおしい行動はまさに蠅だ。清潔ぶる蝿。払いのけてもまた寄ってくる。邪魔者以外の何物でもない。


 心配には及ばないとは思うが、風の王であるが故に風を意のままに操るので空を飛ぶなんてのは朝飯前である。地面に落下して倒れているなんてことは絶対にない。



 とは言ったものの、多少は心配したので窓から下を眺めると、地面に頭をぶつけ脳震盪によって気絶していた。


 どうやら私の屁が強すぎたらしい。流石に申し訳ない気持ちになったが、よくよく考えると時間や場所、状況を考えずに勝手にきたこいつが悪い。時間が立てば目を覚ますであろう。


 そう思って放っておくことにした。



 数時間経ってからまた下を覗くと、どこかへ消えていた。


 何のために来たのか全く分からない。理由を考えるだけ無駄――それが蝿の王である。

 



 それから程なくして、オーダーしていた鎧が届いた。デザインは刺々しくて如何にも強そうである。股間部分も隆起したことを考慮して設計されていて、ギンギンになっている。しかし、膝やつま先が尖った形状になっているため、股間が目立たない。


 防御するための鎧でありながらも、突起部がヒットすれば蹴りや膝蹴りによって相手を殺すことも出来よう。股間のトゲトゲでもダメージを与えられるかもしれない。  


 とは言っても、鎧はあくまで鎧であってそこまで攻撃面については依存できず、反って重量を増しているため、結構な重量となっている。装飾も凝ったデザインであるため、一般に普及されているプレートアーマーと比較してみても一目瞭然で重厚感が伝わるのだ。


 早速装備してみることにした。意外にも脚は通しやすいが、やはりかなり重い。歩けないことはないが、走るのはちょっとキツいと思う。関節部分はクリアランスも十分なのだが、異常な重たさである。


 装着した格好を大臣や納品業者にお披露目すると、なかなかの好評。しかし重い。


 素材が気になったので、納品に随行していたメーカーの者に問い合わせると、『かなり貴重な魔石を使用しております』とのことだった。



 後で分かったことなのだが、大臣が私の覚醒に喜び予算を奮発していたらしい。本人は良かれと思ってやっていることであるし、私の事を考えていたとなると、『重た過ぎる』とは注意しづらい。



 我慢すればなんとかなるので、何も言わないことにした。


 何はともあれ、これで外出できることになったのは喜ぶべきである。




 翌日、股間は元通りになっていた。しかし、折角だからということで鎧を装備し、郊外に位置するモンスターを製造する工場へと出かけた。馬を駆って一時間ほどの場所にある。


 到着時、馬が疲弊していた。思ったとおり鎧が重たかったようである。少し可哀想な気がしたが、致し方ない。私が降りると安堵したような表情をしていたのには笑った。城へ帰ったら豪華な餌を褒美にしてやろうと思う。



 工場の門には守衛所があり、そこで工場長と副工場長が出迎えてくれた。こちらは私と大臣、それから部下が三人随行してきたが、入場するのは私と大臣の二人である。


 工場の視察に訪れたのは随分と久方振りだ。ここでは、主に野に放つ魔物の生産が行われている。もちろん、先代の時代から稼働しているものの、生産量は滅亡とともに相当減っていた。


 工場長には予め視察の目的は告げていたが、応接室に連れられては再度大臣の口から説明させた。勇者の復活があったため、国防を強化せねばならないということである。今まで以上にモンスターの生産量を増加させ、勇者の侵略を阻止しなければならない。


 工場長、副工場長ともに納得をしてもらい、生産量アップの報告を必ず近日中に行うことを誓わせた。


 「生産量アップの暁には、新しい設備の導入を検討して頂けないでしょうか?」


 「ふむ、良かろう。どのような設備を望む?」


 工場長は訝しげにこう言った。



 「“麻雀の家庭用自動卓”をお願い致します」



 忘れていた――工場長と副工場長はかなりの麻雀好きである。魔族の麻雀は人間が行う麻雀と似ているが、“魔雀”と呼ばれ、名前だけが異なる。牌の名前や役の名もそれなりにパクっているらしい。


 モンスター工場では賭け魔雀が横行しまくっている。


 工場長が一番強いと評判なのだが、一方的に勝っていては副工場長の財布がすっからかんになってしまうということで、副工場長の給料は工場長以上になっているらしい。


 工場内の魔雀仲間も同様で、高給取りは皆魔雀が強い。給料と“副業収入”が同時に手に入るというわけである。


 若いオペレーターも魔雀を始める者が多いらしいが、勝てずに諦めてしまう者も少なくはないという。就職の志望動機に『魔雀好き』を謳えば、高確率で内定するという噂もある。採用試験に魔雀を取り入れようとした際は流石に却下された。


 工場の勤務体制は三交代制を導入しており、昼と夜が逆転することは日常的である。勤務が終わっても帰宅せずに、休憩室でずっと魔雀をしている『雀キー』と呼ばれる輩もいるという。


 とにかく、工場というより雀荘と言った方が適切かもしれない。


 私は少し悩んだのだが、これだけ魔雀キチガイが蔓延する施設で魔雀の力を利用しない手はないと踏み、快諾した。その時の工場長と副工場長の喜びようといったら阿呆以外に例えようがない。


 二人とも服を脱ぎ去り、激しく踊り出し、近くにあった酒でシャンパンファイトを始めた。一気飲みしながら奇声や大きな物音を立てるもので目も当てられない。数分後、騒ぎに集まった役員やオペレーター達も事情を聞くやいなや浴びるほどの酒を飲み始め、狂喜乱舞した。


 私と大臣は飛び交う酒を避けようもなく、酒気によって酔っ払ってしまい、一緒にお祭り状態になった。紛れもなく悪酔いである。何故か工場にはたくさんのビールや焼酎、ブランデーなどが置いてあり、次から次に運ばれてくる。つまみも多種多様が用意された。これがまたどれもこれも美味いのである。


 工場長も得意げになり、工場長室から酒を持ち出した。魔雀牌の形をした瓶で、かなり年期物の日本酒だそうだ。全国魔雀大会で優勝した際の景品らしい。いつか特別な日に開けて飲もうと夢見ていたと語る。直立不動で感極まっているではないか……


 涙ながら鼻水を垂らしながら大の大人が喜びを表現するものだから、こちらも我を忘れてはしゃいでしまった。大臣はゲロを吐きながら横になっている。


 家庭用魔雀卓でこんなに喜ぶスタッフの純粋さには頭が下がるばかりで、自分でももっと早く思いつけば生産性向上の好条件になったのではないかと反省した。



 「もっと頑張ったら工場の隣に雀荘を新設しようではないか!」


 私も浮かれっぱなしで適当な事を言ってしまったのだが、それがまた彼らの心に火を付けてしまった。


 たくさんの者から酌をされ、完全に自身の酒量を超えてしまい、記憶も定かではなくなった。


 普段まったく酒を飲まないものだから、酒量の把握ができておらず泥酔に瀕して千鳥足で便所に向かう。


 途中、何もない廊下で転んでしまい、頭を壁に打った際に気を失ったまでがなんとか覚えているギリギリのところである。


 それからは何も覚えていない……

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