前世界その1
「この世界は何もない」
愛知県名古屋市に位置する私立成慶凛高等学校には食堂はなくいつものように僕は母から渡されたお弁当を開けて昼食を食べている。
ここ数日ある事件に巻き込まれていたお陰で実に一週間振りの登校となった訳だか、教室に入った時に多少ざわついた程度で特に何か聞かれる訳もなく僕は授業を平穏に受けてこうしてご飯を食べている。
「ねぇ仁貝君」
ふいに声を掛けてきたのは、同じクラスの才木明奈さん。
「才木さん、おはよう」
「かなり遅いお早うだね、こんにちは」
「こんにちは、才木さん。何か用かな?」
「いや、用事ってほどではないんだけどさ。仁貝君って学校休んでて、ノート取ってないよね」
「うん」
「良かったら、後で貸してあげようかと思うんだけど」
「いいの?」
「うん、あんまり進んでないから多分1日で写せると思うし。で、今回は何で休んでたの?」
ああ、なるほどそれが聞きたいのか。
「別に、ただ風邪引いてただけだよ。熱もあって学校には連絡できなっただけ」
「ふーん、なんか普通だね」
あんまり信じて無さそうだ。まぁ別にいいけど。
じゃあまた後で、と言って才木さんはたぶん友達だろう他の女の子の所へいった。
「はぁ、平和だ」
一緒に昼食を食べる人はいないけれど、平穏な日々が戻ってきた。
放課後に才木さんからノートを貸してもらった僕は、彼女と一緒に下校した。
「仁貝君は他の男の子と遊んだりしないの?」
「友達いないんで」
「でもそのわりには普通に学校は来るんだよね、何で作らないの?」
「それは友達を作れる人の発言だよ、才木さんは普通の子だから」
「その普通の子って言うのは少し傷つくかも」「いや、才木さんはとても普通の子だよ、容姿も身長も体力も成績も性格も人付き合いも体重も全部が普通のだよ。すべてが平均なんて奇跡みたいだよ」
「・・・誉めてないよね、それどころか馬鹿にしてるよね?」
「バレたか」
「隠してないからだよ」
彼女はツンと唇を立ててむくれたようにしている。
「それに仁貝君も結構普通の男子だよね、帰宅部というのがただひとつの個性みたいだよ」
「僕よりも酷いこと言ってる自覚はあるよね?」
自覚無さそうだった。
「でも、決定的に違うところがある」
そう言って彼女は立ち止まった。
「仁貝君、君にはきっと執着がないんだよね」
「ん、何?」
「いや、何でもないよ。行こっか」
そう言って彼女はまた歩き出した。