060 幽霊 に ついて
怖いものといえばまんじゅう、などというのは落語の話だけれど、得体のしれないものの怖さと言ったらないよね。柳の木が幽霊に見えた昔の人を、馬鹿にすることは私にはできない。想像力がそうさせるのか、それとも本当に幽霊がいるのか、はっきりとは分からないが、謎に満ちているということが一層怖さを増幅させているように思う。
「謎」は、付属する対象によって属性を変える。たとえば、綺麗な女性。「彼女には秘密がある」などと言った時は、その秘密が謎にあたるわけだけれども、こちらの方は何だか妖艶さを感じさせる。分からないというところがミステリアスであり、その女性が持つ何らかの魅力を強めているように思う。はっきり分からない分、より想像したくなるのかも。その想像が現実を見ているかどうかは、さておき。
他には例を出すのなら、そうだな。財宝とか? 謎に財宝ときたら、どこかワクワクしてしまうのは私だけだろうか。何処かにある金銀財宝の山を見つけ出すと考えた時、少しだけ心がオドルのだが…。そういう映画あったよね。映画館に見に行ったけれど、名前が思い出せない。まぁそれはいいが、宝に付属する謎は、その価値を跳ね上げる。たとえ中身がガラクタであっても、宝と言えば、宝になるのだ。そこが謎のマジックである。こちらも先の女性と同じように考える余地というものが仕事をしている。どんなものか想像する、という行為は楽しい。考えているうちは楽しいのだ。はっきり見るのではなく。
福袋も謎を必要としている。こちらは売っている店によってある程度中身の情報がもたらされているが、それがさらに謎(分からない部分)を深めている気がする。売値の倍以上の価値があるとか、大当たりのものがあるとか、情報を小出しすることで謎の価値を高めているのだ。中身が何なのか、それが謎であるわけだけれど、上手い具合に噛み合って客の購買意欲を刺激している。まぁ、福袋としては、そこが売りなんだけれどね。謎が何かに付属するというよりは、謎その物を売っている感じ。しかし、イメージとしては、商品に謎を与えていると見ることもできる(私には)。
幾つか例を挙げてみたが、それに対して「幽霊」というものはどうか。これに謎を与えると、途端に怖ろしさがやってくる。呼んでもいないのに返事をするのだ。そもそもがはっきりとした存在ではないので、本から謎を含んでいるのだが。しかし、それを言うならカッパやツチノコだって同じだろう。しかし、彼らに対しては、怖いというものが無い。謎があるのに怖くない。神秘的なイメージが先に来る(カッパには尻こだまを抜くという話もあるが…)。幽霊とツチノコたちとの違いは何か。それは、私たちの幽霊に対する認識が関係していると思う。
私たち人間が死んでしまうと幽霊になることがある、そういった認識が幽霊の怖さを強めているのではないだろうか。最初に言ったが、幽霊がいるのかどうか、はっきりとは分からないし謎に満ちているので、それがより怖さを増幅させているように感じる。人間が死ぬとどうなるのか、誰も本当のことは知らない。死んだ人間は生き返らないし、よしんば生き返ったとして、それが真実であると証明することは難しい。生霊というものもあるが、そちらも同様である。
しかし、しかしである。私たちは何故か、死んだら幽霊になることが、死後の選択肢、その一つとして考えられている。いや、選ぶことができるかどうかは定かではないけれど。だが、そう考えられている節はある。肉体から霊魂が抜け出して…などという風に想像は広がっていく。「幽霊」とあるくせに、全然「幽か」ではない。時には攻撃的ですらあるようだ。実際は、「はっきりとは認められないさま」の意で使われているのだろうけれど。
少しだけ幽霊について考えてはみたものの、普段目にする事は無いから、正直なところを言えばよく分からない。どうして怖いのかというのも、それが根本的な理由な気がする。理解ができない、よく分からない存在。だからこそ怖いんだろう。怖ろしいんだろう。そして、知りたいという欲求がどこかにあるから、心霊番組などを見てしまうのだろう。そこからまた、幽霊は怖ろしいというイメージが強化されていくのだろう。堂々巡りだな。負の連鎖、ネガティブスパイラル。
いつか、幽霊についての真相が解明される日が来るのだろうか。
解明されたら怖くなくなるのだろうか。
まぁ、結局は恐いままだと思うけれど。だって、人間だって十分恐いじゃない? 分かったとしても恐いままだよ。きっと。
人間が精神と肉体で構成されているとしたら。
そんなことを考えた。




