056 裏切り に ついて
天気予報で「明日は雨です」と言っていたのに当日晴れる、というのは、良い意味で裏切られた経験だ。雨は(日によって)好きなんだけれど、「あぁ~、明日は晴れてほしいんだけどな」っていう日もあるでしょう? そんな時に「まぁ、どうせ雨だろうなぁ」という予想が裏切られると、少し嬉しくなる。やはり、持ち歩く道具が少ないと、面倒も少ないのでね。
他には、不味いと思っていたものが美味しかったり、使い古された設定の小説が意外と面白かったり。そういった良い意味でこちらを裏切ってくれるものは大歓迎だ。積極的にやってもらっても構わない。しかし、悪い意味でというか、マイナスの方向への裏切りも存在する。本来ならそちらが意味合いとしては正しいのかもしれないが。
一応、辞書(『新明解国語辞典第六版』)で「裏切り」及び「裏切る」を引いてみると、
◯うらぎり【裏切】
㊀裏切ること(行為)。内応。
㊁(造語)動詞「裏切る」の連用形。「―者・―行為」
◯うらぎる【裏切る】
(他五)
㊀〔約束・信義を破って〕味方にそむき、敵につく。内通する。裏返る。
㊁予期した事態と反対の結果になる。「信頼(予想・公約)を―/期待が裏切られる」→〔裏切り㊁〕
と書かれていた。
たとえば、「注文していた商品が届かず、販売元は詐欺まがいの輩」というのは、立派な裏切り行為だと思う。画面の前で小躍りしたくなったほどの喜びを返してほしい。欲しかった商品が安く売っていたから飛びついた私も悪いとは思うけれど、騙す方も騙す方だと思う。買い手に対する裏切り行為には違いなかろう。
確かに、後日、現金(電子マネー)は返ってきたけれども、あの日抱いた感情は返ってきていない。どこかで迷子になっているだけ、なんて希望はない。あるのは、騙されて裏切られて奪われたという結果のみ。
別の話題でハンバーガーの話があるけれど、聞きます?
某ハンバーガーショップのメニュー表には、綺麗に具材が重ねられたハンバーガーが載っている。バンズ(パン)もふんわりとしていてとてもおいしそうだ。あぁ、想像するだけで口の中に味が広がる。しかし、実際は若干潰れてしまうが現実。写真の二分の一くらいの大きさ(体感)になっていることも…。
いや、分かってはいるんだ。個別に包装するから、少し潰れてしまうことくらい。でも、「私はメニュー表に載っているような、ふんわりと重ねられているハンバーガーを食べたかったんだ」、などと包装を開く度に思う。ちょっと裏切られた感が私を包む…。
何故、「裏切り」について書いているのか。それは、今日が織田信長さんが明智光秀さんに、裏切られて攻められて自害した日だから。例として二つ実体験を書いたけど、織田さんの話とは方向性が違っていたね。言い訳になるけれど、私は人から直接裏切られたことが無かったから経験として書かなかったんだ。実際は、思い出したくないから忘れているだけという可能性もあるけれど。
思い出せないというのは、単に忘れているだけなのか、それとも思い出すことを無自覚に拒否しているのか。内容が分からないことにはどっちか判断できない。しかし、脳は覚えているのに思い出せないという場合は、脳に対する裏切り行為にあたるだろうか? 「私はちゃんと記憶している」などと呟く脳(擬人化)は、…恐いな。
心とは何かと問うた時に、答えの一例として挙げられることもある「脳」は、もう半分の自分と考えても良いのかもしれない。精神と肉体、人を構成する要素がこの二つだった場合、精神の私と、肉体の私がいて、脳は肉体の中枢を担っているとすれば、”もう一人の私”だと考えても違和感は無い気がする。
残念なのは、精神というものが実際に目に見えないという点だな。いつの日か認識できるようになったりするのだろうか。難しいとは思うが、そうであったら、良い意味で裏切られたことになるな。




