043 ローマ字 に ついて
普段、パソコンで文字を打ち込む時はローマ字を使っている。最初の頃はどこに何があるか分からずに一々確認していたが、ようやく大体の配列を感覚で覚えたので、比較的スムーズに打ち込むことができるようになった。
中には、かな入力をしている人もいるだろう。その人から、もし、今すぐかな入力に変えろと言われても私は断る。既に馴染んでしまった方法を変えるのは難しいから。効率の面から見れば、かな入力の方が打ち込む量も少ないのだろうけれど。
ローマ字入力は、ブラインドタッチをできるまでには至っていないが、小学生の頃と比べると雲泥の差がある。あの頃は、今よりもまだ、たどたどしかった。パソコンの授業は、たまにあったのだけれど、打ち込む速度はカタツムリみたいに遅かった。
学習ソフトの一つに、タイピングのゲームがあって、パソコンの授業ではよくそれをしていた。打ち込む文字が画面に表示されるのだが、その文字は時間経過とともにだんだん自分の方へと近寄ってくる。普通、焦るよね。ただでさえ打ち込むのが遅いのに、緊張感を与えてくるソフトの、なんと意地悪なことか。
クラスメイトの中には、楽々と打ち込んでいく子もいたりして、正直憧れていたなぁ。期末テストの時に、紙に印刷された文章を制限時間内にできるだけ打ち込む、というものがあって、その子は時間内に全て打ち込んでいた。それこそ、ブラインドタッチができなければ打ち終らない文字量だった。「それほどの文字の多さなのに打ち終るなんてすごい」と誰もが思っていたものだ。明らかに頭一つ抜きんでていたからね。聞くところによると自身の家にもパソコンがあって練習してたみたい。やはり慣れが必要なのだろう。
当時、私の家には自由に使うことのできるパソコンは無かったので、練習することはできなかった。けれども、タイピングの練習は慣れないと、全然打ち込めないのですぐに飽きてしまう。小学生ならばなおさら。だから、もし自分の家にパソコンがあってタイピング練習できたとしても、すぐに飽きてやめていただろうな。モンスター育成の方が楽しかっただろうし。最近は、楽曲に合わせてタイピングできるものとかあるので、そちらをまれに楽しんでいる。少なくとも小学生の頃にやっていたものよりは楽しい気がする。難しいけれどね。
ところで、何故今日に限ってローマ字について書いているのか分かる人はいるだろうか。実は、五月二十日は、ローマ字の日なのである。一九五二年五月二十一日がローマ字国字論を展開した物理学者・田中舘愛橘さんの命日だったけれども、二十日の方がきりが良いからということで、五月二十日がローマ字の日になったということらしい。そこは別に二十一日でも良かったのでは? と思いもしたが、きりの良さが重要だったのだろう。
ところで私は浅学ゆえ、田中舘愛橘さんという方を初めて知った。と思っていたが、過去に耳にしたような気もする。でも完全に忘れているということは、初めて知ったということと同じだろう(そんな事は無い)。
名前のインパクトが凄かったので、彼について調べてみたが、面白いエピソードがあった。田中舘さんはローマ字を国字にすべき、と主張していて、日常のメモや漢詩すらもローマ字だったというのだ。当時の人達から見れば、その行動は奇抜だったのかもしれない。しかし、彼がローマ字を推進したのは、国際社会で活躍していく日本には、欧米と寄り添いつつ発展することが必要だという考えがあったから。彼の考案した日本式ローマ字は、今でもしっかりと受け継がれている。
あまり考えもせず使っているローマ字だけど、その背景に一人の貢献があったことを知った。さすがにメモや漢詩でローマ字ばかりを使うことはないけれど、その熱意は真似できないものだ。これからローマ字を見かける度に、彼のことを思い出すに違いない。
参考サイト
・weblio辞書-田中舘愛橘の項
www.weblio.jp/wkpja/content/田中舘愛橘_田中舘...




