041 宝くじ に ついて
一説によると、人は、宝くじで当選したお金の使い道を考えている時にストレスを解消しているらしい、と風の噂で聞いた。千円三千円の世界ではない。高額当選した場合のことだ。一千万、五千万、一億、三億など、桁が上がるにつれてやれることは増えていくだろう(オドルオドル、心がオドル!)。
そう、高額当選ともなれば大抵のことができるのだ。普段できないことだって、お金の力でほとんど実行可能。店にあるお菓子の買い占めから土地の買収まで、やろうと思えばやれるのだ。お金があれば…ね。私の周りには宝くじで高額当選したって人はいないけれど、雰囲気が変わったりするのだろうか。仮に当たっていたとして、どんな生活をしているんだろう。やっぱり、色々買ったりしているのかな。好きなものを好きなだけ…。他人のことを考えるのはやめて、自分が当選した時のことを考えてみよう。
私がやりたいことは二つある。細かなことを加えていいのなら、それこそ星の数ほどありそうだが、大胆なことならば二つだ。ある程度お金を使うことだが、他の人と比べると大人しい方かなと思う。
一つ目は、個人的な図書館を建てること。巨大とは言わないけれど、一万から二万くらいの本を蔵書できる図書館を建てたい。家の本棚がもう入りきれない状態になっているから。棚に入れた本の上に置くだけでなく、ダンボールに詰められた奴らが五つもあるのだ。飽和状態にあるのに、さらに買って増やしていくので、早急な対応が必要なレベル。棚のものも二列で収めているから、図書館のように一列で全部の背表紙が見れる状態にしたいな。
二つ目は、作家とか目指している人の支援をしてみたい。とある人の活動報告にも似たようなことが書かれていたが、専用の家を作ってそこに複数人集め、それぞれの創作活動に専念させてみたりしたいなと考えた。下宿みたいな感じだろうか。昨日のテレビ番組で、七十後半のおじいさんが三十くらいの女性を下宿させている様子を映していたが、あれに近い。お世話していたらこちらも影響を受けて何か良いものが書ける気がしたんだ。
でもさ、よく考えたら、私、人見知りするんだよね。それなのに世話なんかできる訳が無い。遠く離れた所から観察するぐらいならできるかもしれないけれど。たまに会話するくらいならできるかな。でもまぁ、何か生み出したいという衝動は周りに伝染するものだから、見ているだけの私の中にも、熱量が生まれるだろう。それだけでもメリットはある気がするな。複数人支援しているなら、彼等の間にも熱が生まれ、それが良い作品を生み出すことにも繋がるかもしれんから、資金援助くらいはしてみたいな。
高額当選者のその後を調べたのだけれど、生活に張り合いが無くなることがあるらしい。なまじお金があるから、働く必要もない。動かなくていいのなら家を出ない。家を出ないと体も精神も腐っていく。腐った自分と他の人とを比べてしまって、より腐るというデフレ。皆働いて社会に貢献しているのに、自分は…などという考えが頭を駆け巡る。あぁ、恐ろしい。
いっそのこと、莫大なお金を一気に消費してやろうとしてギャンブルの類に手を出してしまった日には、今までの日々が天国に思えるような地獄を味わってしまうかもしれない。もしかしたら、更に所持金が倍増するという奇跡が起こるかもしれないが、その可能性は低いだろう。常に最悪を想定すべし。
株とかFXとかは、私はやらない。ギャンブルの類も、お金が得られるという幻想より先に、有り金むしり取られて借金までしそうな現実が見えるから。夢(大金)を得ようとして現実(破産)をつきつけられるとか、つらい。
お金は生活に直結しているものだ。あればあるほどできることが増える。けど、そのせいで生活環境がぶち壊されることもある。考えるだけで満足しよう思うが、考えているうちは楽しくても現実に戻ってきた時に落差がありすぎて、何か凹む。
当たった時を考えると夢は膨らむが、懐は膨らまない。しかし、一度でいいから宝くじ当たらないかなぁって思う。図書館、建てたいなぁ。
資金援助の話は読み返したら、上から目線にしか思えなくなってきた。
それと、本は一生買うつもりでいるから、二万じゃきかなくなるかもしれない。もっと大きいのが良いかも…。でも、そうすると土地がなぁ…。




