020 価値 の 上書き に ついて
価値観は人によって違うことは言うまでもないことだ。生きていくうちに自然と、あるいは否応もなく形成されていくものが価値観だ。
私たちは何かに相対した時、何かを思わずにはいられない。それまで生きてきた過去がそうさせるのかもしれない。別に何も考えない時もあるじゃあないか、と反論する方もいるかもしれない。しかし、それはもう、思っているし考えているではないか。「別に何も考えない」という考えだ。すると今度は、屁理屈を言うなと言うだろう。屁理屈だと言うのは一向に構わないけれども、そう考えた事実は変わらない。それも立派な考えなのだから。
何故それが、立派な考えの一つだと断ずることができるのか。
何も考えないという状況は、決して作り出すことが出来ないからである(バァーン!)。
すみません、調子に乗りました。
けれど、瞳に何かを映してしまったらそこに色を感じるでしょう?
目をつぶっていてもそこに暗闇を感じるでしょう?
真に「考えること」から逃げることはできないと思うのです。勿論、人それぞれ考えることに差異はあるのですが。
その差異を生みだすのは、やはり、それまで生きてきた過去ではないだろうか。過去や記憶など、積み重ねてきたものが反応することによって、各自の思考は成り立つのではないかと思った。
刹那的思考に思えるものでも、本当に一時的なものかと疑わしくならないか?
実際は歩んできた道から派生した小道に迷い込んだだけではないか?
そういう刹那的思考ができるのは幼い頃、まだ人の世のほとんどを知らない頃だけなのではないだろうか。
彼等、幼い子たちが思考の質を変化させるのは、記憶の上書きが頻繁に起こるからだろう。記憶の上書きとはつまり、価値観の上書きである。多くの悲劇はこれが原因に違いない。全く見当外れなことを導き出したり、歪んだ感覚・感情を発露させたりと悲劇の種類には事欠かないが、結局のところ価値観の上書きが原因の一つなのだ(大抵の悲劇は、という意図で「一つ」と書き加えた)。
幼子らの思考過程において、積み重ねた記憶は重要な意味を持つ。何度も経験し記憶を重ねていくことで、まるでそれが真実であるかのように思い込んでしまう(中には一足飛びにその段階まで達することもあるようだが…)。心に定めた真実は大きな力を持っている。しかし、真実という響きに酔ってはいけない。それは一側面から見た真実であり、多角的な視点によって導き出された事実に負けるものだから。中立で物事を考える力が必要かもしれない。
一度形成された価値観は、暴風にさらされて変容することもある。
それが何度も繰り返されるのならなおさらのこと。
たとえば、「美味い」「おいしい」という暴風は、小さい頃に感じた「まずい」という記憶を簡単に変える。まずいものから美味いものへの価値観の上書きだ。小さい頃に何度もまずいと感じたはずなのに、大人になって食べてみると美味く感じる、あれだ(これは味覚の変化によって起こることらしいのだが、それにしたって食べないと始まらないだろうということで例に挙げた)。味覚の暴風は人を変えてしまう。
たとえばそう、ピーマン。あの独特の苦みが嫌だった人も多いだろう。私は別に嫌いではなかったけれども。紅ショウガとか、茄子の漬物とかが苦手だった。今では嫌いではなくなった。単品で食べようとは思わないが。何かの付け合わせで食べるのは良い。ガリ(新生姜の甘酢漬け)も食べずに端に追いやっていたが、最近はポリポリと食べることができる。
素晴らしい本との邂逅も、暴風の一種だ。物語に限らず、エッセイ・ノンフィクション・短歌・詩、などなどなどのエトセトラ。言葉の一つ一つが、それこそ極上の料理に見えることだろう。敬遠していた物事も真逆の見え方をすること請け合い。書籍は人生に彩を与えてくれる。まぁ気を付けないといけないのは、華やかな色だけではないというところだ…。
昨日読み終わったのだが、『ゴッホの手紙』は、貧窮にあえぎながら絵を描き続けた、彼の心中を知ることのできる貴重な書籍だと思う。度々、文章の流れが読めなくなったこともあったが、人や風景、生き物や色彩について比喩等を交えて語っている部分は面白かった。二つほど抜き出して紹介したい。
『至るところ秋の息吹だ、時のたつのを忘却させる感激だ。だが、この祭典も一夜明ければ、冷たい冬のミストラルが来る。』
『~時たま自然はすばらしく、秋の効果は輝やかしい色だ。緑色の空は、黄色、オレンジ、緑、あらゆる紫色の土と対照的で、しおれた草に雨は最後の活気を与え、紫、ばら色、青、黄色の小さな花を咲かせ、再び戻らぬものは人を憂いに沈める。』
彼は生きているうちに日の目を見ることができなかった。死後評価されはしたが、悲しいことだ。彼のように、真に何かを追求できるようになりたいものである。
彼の死を偲んで、今回はこれで終わる。
話の落ちがサブタイと関連できていない件。
出典:
『ゴッホの手紙』上・中・下 硲 伊之助訳 岩波書店




