華のように純粋な
朱の魂、高咲華純との対話から翌日。
残業を終え、眠れなかったのか目の下にクマを作り、異様なテンションで朝を迎えた澪が聞く。
「昨日のことを少しまとめても良いでしょうか!」
「あぁ、でも私の朝食を用意してからな~、朝ごはん〜」
「はいはい、今準備しますから。ほんとに朝の葬さんって普段とは別人って感じですね。」
駄々をこねる主人のためにフレンチトーストを焼きながら澪は言う。
「朝は本来人間の活動時間ではないのだよ~、みんなそれを分かっていない~。」
赤い色をした遠赤外線を放つ小さな箱がこぎみの良い音を鳴らし、トーストの焼き上がりを知らせると同時に澪が慣れた手つきで盛り付けをしていく。
「出来ましたよ葬さん~、熱いのでゆっくり食べてくださいね。」
「おぉ!!今日も澪の朝ごはんが食べられる幸せを噛みしめながらいただくよ~。」
「なっ、何を言ってるんですか!葬さんのためなら私毎日朝食を作りますよ!!」
『なんじゃ、まるで新婚1ヶ月目のような会話をしおって。聞いておるこっちが恥ずかしくなるわ。』
聞き覚えのある声のする方へ澪が振り向くと、そこには昨日の朱の魂が少女の姿をして立っていた。
「あっ、葬さん!!え!?でも葬さんは私の朝ごはんを堪能しているし、どういう、あれ?」
混乱する澪に、朝食を食べ終えて仕事モードになった葬が言う。
「昨日の総まとめをしよう。私達は襲の報告で、『朱の魂・高咲華純』を見つけるために街へ出た。」
「はっ、はい。そこで誰かに導かれるように森へと入っていき、私達は華純さんと出会いました。」
葬に続き、澪が状況の整理をしていく。
『その後は、妾が葬の中へと入り、葬と、妾の記憶や身体を一つにしたんじゃ。』
葬と澪の後を追うように華純が続く。
「そして華純の記憶から、私は今回の仕事とその目的を見出した。」
「その仕事と目的というのが、『復讐』ですよね?そこまでは分かります!でも、なんで葬さんが憑かせていない朱の魂が、少女の実体を持ってこの場に存在しているんですか!!」
「それは私の血筋が関係するんだが。今は、私が用意した器を依り代にしてなんとか姿を保っている魂とだけ理解してくれ。」
「ずいぶんざっくりとした説明ですね・・・」
理解が出来ないと言った風な顔をして葬を見る澪。
『もう良いじゃろ。今すぐにでも奴らを殺す算段を立てようぞ?』
誰から見ても恋の味さえ知らないような、無垢な少女の口から漏れ出るには、あまりにも不釣り合いな言葉に、澪は押され気味に聞く。
「まっ、待ってください!まずは華純さんの過去を詳しく話してくれませんか?」
『それは昨日も言った通り、妾は信じていた者に裏切られた哀れな小娘よ。それ以上深い話なぞが、小娘の復讐劇には必要かえ?』
「澪も、信じていたものに裏切られた哀れな小娘の一人だった。私の口からより華純の口から、全てを話してやってはくれないか。彼女は『殺しがダメなことだ』とかいう綺麗事を言うために、貴女の過去を聞いているわけではないと思うんだ。」
「…私は葬さんに拾われるまで、この現代で醜く、暗い国で8年間をまるで死んだように生きてきました。殺意と復讐の気持ちが芽生える裏切りや悔しさは、他の人より分かるつもりです。」
過酷な環境の中で育った殺意の芽を宿す澪が一言一言に重みを感じさせるかのように言い放つ。
『・・・愛する者がおった。12の時にして初めての恋じゃ。妾の恋心に気づいておった奴は、仏の顔をして、妾に近づいてきた。』
澪の暗い心の中を感じ取ったのか、華純がゆっくりと話し始める。
『数月の交際の後、将来を約束する仲となった。しかし、当時の結婚というものは家同士の結婚でな。身分の差じゃ。妾の家は周りと比べると裕福な家、相手は貧困を極めた家じゃった。もちろん、妾の両親が反対した。』
「自分の両親に相当な言われ方をしたな。」
華純の記憶を持つ葬が同情を含みつつ言う。
『そうだのう、その事を相手に伝えるとな、今までの優しかった態度が一変した。会う度に暴力を振るい、彼一人が友人と二人、三人、と日を追うごとに暴力の数が増えていった。妾は彼と駆け落ちするつもりじゃったのに、聞く耳を持ってはくれんかった。』
「お相手の方のことが本当に好きだったんですね。」
真剣な目をして聞き入っていた澪が言う。
『「華のように純粋であれ」と、両親から常に言われて育ったからなぁ。疑うという事を知らんかった。暴力が続いて四日目じゃ、彼が仲間を4人ほど連れて家へ来た。使用人を次々と殺していき、遂には私の両親までも、奴らに弄ばれ、殺されたよ。』
「そんな、どうして家族まで・・・」
澪の疑問に答えるかのように華純が続ける。
『奴らの狙いは最初から妾の家の資産じゃった。妾の恋心を利用して近づいてきたのも、婚姻による資産分与が目的。最初から妾は騙されておったんじゃよ。家にある金品と、集団暴行を受けた死に体の妾を連れて逃げた奴らはあろうことか、家族殺しと金品強奪の罪を全て妾に擦り付けた。』
「仲間内に権力者がいたんだろうな。男社会の当時は女が食い物にされるなんて日常茶飯事だった。」
『あぁ、奴らは奪った金で富国強兵の為の軍事事業を立ち上げる計画を練り、世間から賞賛される一方、妾は強盗殺人、家族殺しと罵られ、見せしめとして生き埋めの私刑にされながら、心に華のように純粋な復讐が芽生えた。』
「そうだったんですね・・・、話してくださってありがとうございます。必ず、華純さんの力になります。私は何があっても貴方を裏切りませんから。」
「私も再度約束しよう。貴女は私の身体を使って貴女自身で復讐を果たす。そのための手助けとなる。」
全てを話し終えた華純へ、決意の眼差しを向け二人は誓う。
『・・・ありがとうな。澪、葬。お前達に会うために、妾は今までこの世を彷徨っておったのかもしれんな。』
真に信頼する者を得た華純が涙を浮かべ話す。
「では、奴らの悪行の血がどれほどまでこの世に流れているのかを調べよう。ほら、澪も着替えろ。」
早速と言った様子で葬が外出の準備へと移る。
「え、どこへ行くんですか?」
主人に促され、身支度を整えつつ疑問を投げつける澪。
「決まっているだろう。今夜も残業だ。」
そう一言だけ言い放ち、帳のおりた街へと彼女は歩き出す。