四十一話 疾風と雷鳴の激突
先が見えないような岩だらけの道を、全力疾走するインダル、サクラ、チブル。
このような狭い路地では、思うようには戦えない。
ので、魔物達がここへと押し寄せる前に、広間へ出る必要があった。
三人とも無言で、夢中で走っていると、先に小さな光が見えた。
その光の先は、おそらく広間なのだろう。
三人はアイコンタクトをして頷き、一気に速度を上げた。
この即席パーティは、基本的身のこなしが軽いメンバーが揃っていて、十人のメンバーの中でもベストスリーに入るであろう素早さを持っている。
光へとたどり着くのも、あっという間だった。
「っ!」
ふと、インダルの長年の戦闘経験から織り成す、”感”がうずいた。
ーーこの先には、何かがいる。それも、他の一般な魔物とは段違いの強さ……。
「止まれ!」
インダルは叫びながら、脚にブレーキをかける。
地面を滑り、広間の直前で余裕を持って止まった。
チブルも、自身の驚異的な身体能力で地面を蹴り、足を天井に向けて、再び蹴り、大きく一回転をして、何とか止まった。
だが、一番先を走っていたサクラだけは、二人より少し反応が遅れてしまった。
広間へ突っ走ってしまったサクラの頭上に、激しい爆音を響かせながら、青白い雷撃が襲来した。
サクラがそれに気づいたのは、インダルの声を聞いて、やっとの事で止まり、ふと、上を見上げた時だった。
もう雷は目の前まで迫ってきていた。
「フッ」
一度は立ち止まったインダルだったが、彼の研ぎ澄まされたリーダー精神から培った判断力により、再び脚を全力でスタートさせる。
ほぼ一瞬でサクラの背後に移動し、サクラを突き飛ばし、跳んだ。
サクラが元いた場所、インダルの目の前に、雷が落ちる。間一髪だった。
「んんッ!」
サクラは、インダルにかなりの力で突き飛ばされ、宙を飛び、岩の壁に突っ込みそうになるが、浮遊能力で、壁の直前で止まり、傷を受けずにすむ。
すぐに着地し、振り返る。
「インダルさんありがとうございますっ!」
ビシッ! という効果音でも付きそうなスピードで、胴を90度以上曲げる。
「そんな暇はないッ! 避けろッ!」
「え?」
顔を上げると、そこには、大きく、青白いエネルギー弾のようなものが迫ってきていた。
咄嗟に頭を押さえてしゃがみ、何とか紙一重で回避したが、背後の壁に直撃したエネルギー弾は、茶色の岩の壁を真っ黒に変え、そこからは灰色の煙が上がっていた。
……直撃していたら、一体どうなっていたのだろうか。
焦げ跡を見て戦慄するも、今はそんな状況じゃない、と、軽くかぶりを振って恐怖を振り払った。
「あーっ、敵さん敵さん! うえうえ!」
遅れてやってきたチブルが、上空を見て、何か珍しいものを発見したかのように、両手をぱたぱたさせながらはしゃぐ。
上、という言葉に、インダル、サクラの二人は同時に上を見た。
「ぅえ……」
チブルの言っている通り、上空には魔物がいる。
その魔物の姿を見た途端、衝撃的なものが目に飛び込んできて、吐き気がこみ上げる。
その魔物の姿は、白い目玉につぶらな瞳。身体は、たったそれのみだった。
そのため、目玉はかなり大きい。
具体的に言うと、直径1メートル半くらいだろうか。
目玉の左右には、天使のような、小さな白い羽根が生えており、その羽根を使って、上空をバサバサと浮遊している。
こんな姿を見れば、誰しも最初は吐き気がこみ上げるだろうが、サクラは何とか吐き気を抑え、腰につけた鞘から剣を引き抜き、両手で構える。
サクラの警戒による抜刀に答えるように、眼球型の魔物が、瞳の中心に自らと同等の大きさの、青白いエネルギー弾を作り出す。
エネルギー弾は、稲妻を帯びていて、時折込められたパワーが、バチバチと鳴り響きだす。
その場にいる三人が、「何かが来る」と警戒を強め、サクラは武器を強く握りしめ、インダルも静かに抜刀した。
戦闘の準備は……整った。
目玉のモンスターが作り出したエネルギー弾が、小さく分裂し……インダル、チブルの方位に殺到した。
二人は、雨のように頭上に降り注ぐ弾を、紙一重で避けながら、ドーム状の広間を壁に沿って駆け抜ける。
同時に、サクラも二人の背を追いかけるようにして走り出す。
「サクラ! 作戦を立てるぞ! 何か案はあらぬか!」
ーー無いことはない。
サクラが思いついた案は、先程も使用した、浮遊能力で、目玉の魔物の高さまで接近し、戦うというものだ。
だが、サクラはまだ、二人に浮遊能力を持っているということを伝えていない。
二人は混乱してしまうのでは無いだろうか。
「っえーい!」
考えにふけっていると、チブルの甲高くて、可愛げな声が聞こえてきた。
何事かと思い、サクラはインダルとチブルが走っている方角へ首を傾けた。
ーー目を疑った。
そこには、先程声を上げたチブルは、おらず、少しだけ慌てた様子でいるインダルしか、存在していない。
なら、チブルはどこへ行ったのか。
その疑問の答えは、とっさに目に映った光景が、すぐに教えてくれた。
「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃぁっ!」
何という身体能力なのだろうか。
サクラが目にしたのは、チブルが岩の壁を蹴り、走るのとほぼ同じ速さで、三次元的に移動していた。
恐るべき速さで、あっという間に目玉の魔物の高さまでたどり着き、その魔物の瞳に飛びつき、覆った。
当然、魔物は視界を完全に遮られたので、上空をがむしゃらに飛び回り、暴れるのだが、チブルは、大の字で、がっちりとしがみついていて、全く離れようとしない。
「……やるな、獣人族と聞いていたが、想像以上の身のこなしよ」
「獣人族なんですか? チブルさん」
「うむ、今は帽子をかぶっていて見えてはいないが、ちゃんと耳も尻尾もあるらしい」
チブルが魔物にしがみついたことによって、弾幕が止んだので、サクラはインダルの元へ駆け寄る。
「獣人族って、あの獣人族ですよね。なんでも、身体能力が常人の三倍はあるっていう……」
「恐るべきことだな。なかでも、チブルは名門ターニャ家の一族らしい」
「タ、ターニャ家の!?」
大抵の獣人族は、身体能力がとてつもなく凄まじいが、その代償として、魔法の扱いが優れない。
しかし、ターニャ家は違う。
ターニャ家は、身体能力の凄まじさはもちろんのことだが、魔法の能力も優れているという、神から二物を供えられた、名門中の名門なのだ。
「しかし、チブルは身体能力が通常の獣人の数十倍はある代わりに、魔法の才能が皆無だ」
「えっ、でも、獣人の数十倍って、えぇ……」
インダルが淡々と語る一言一言に、動揺を隠せないでいるサクラ。
チブルは、自分の身体能力を駆使して戦っている。
それに比べて自分は、無属性による特殊能力なんていう、他の人とは不平等な力に頼ってばかりいる。
尊敬するには非がない人だ。
サクラにはまた、頭が上がらないような人が増えてしまった。
「ねね! インダルインダル! こいつどうすればいい?」
無邪気な顔で、インダルに手を振りながら呼ぶチブル。
その顔には、余裕の表情が浮かんでいた。
サクラにとっては、もう苦笑すらしてしまうほど凄まじかった。
「……あっ!」
サクラは、すぐさまその苦笑の表情を、本物の引きつった顔に変えた。
……笑ってはいられない事態が起こった。
現在チブルがしがみついたついている、目玉の魔物の、瞳と思われる部分から、青白い輝きが迸った。
攻撃の前動作だろうか……!
気がついたら身体が動いていた。それも、電気の力を使った、かなりの素早さで。
「なっ、サクラ……」
浮遊能力に雷の力を上乗せし、一気に上空を駆け、青白い閃光を描きながら、ほぼ一直線にチブルの元へと飛んだ。
ーーこのままでは、チブルの身体に穴が開いてしまう……
嫌な思いを募らせながら、無我夢中でチブルに向かった。
チブルが、目玉の魔物の攻撃行動に気づいたのは、あと刹那程度で、攻撃が発射される頃だった。
もう……遅い。
「間に……あえぇッ!」
青白き閃光は、一瞬にしてチブルを連れ去っていった。
直後、攻撃は発射された。
稲妻を衣にまといながら、電磁砲とでも呼ぶべきそれが、一直線に放たれ、岩の壁を爆砕した。
電磁砲は、そのまま壁を突き進む。
その光線には、目に見るまでもなく、明らかな殺意が篭っているのが分かった。
チブルは、サクラの腕のなかで、その殺意をひしひしと感じ取った。
「はぁはぁ……」
サクラは、チブルを助けた後、猛烈な疲労感と安心感に見舞われた。
正直、間に合わないと思った。
だが、今こうして、チブルは生きている。
間に合ったのだ。
確かめるように、自分の腕の中にいる、小柄なチブルを見る。
不思議そうな表情で、サクラを見ていた。
よかった。
危機一髪だった。
あと一瞬でも遅れていたら自分とチブルは仲良く光線に串刺しにされていただろう。
助かったことを、噛みしめるように、サクラはチブルを強く抱きしめた。
「よかった……です。チブルさん……」
「…………」
チブルは、半ば放心状態になっていた。
サクラがチブルを助けた事を噛み締めて喜んでいるように、チブルも、サクラに助けられた、という事実を噛み締めていた。
「あ、ありがとぉっ! サクラちゃあんっ!」
「もう……迂闊な行動は、しないでくださいね」
「ごめんね! 本当に、ありがとぉっ!」
涙ながらにも、サクラに感謝を伝えるチブル。
あの光線には、チブルを脅かすほどの殺気が込められていたという事だ。
浮遊を使い、ゆっくりと降下しながら、感激を体で表現し合っているサクラ達だが……。
それは、迂闊な行動だった。
まだ戦闘は終わっていないのだ。
それなのに、二人は敵に隙を与えてしまった。
目玉の魔物は、次の攻撃に備えていた。
青白く光る、目玉の中心に輝く、つぶらな瞳。
そこから、再び、サクラとチブルに、先程と同等か、もしくはそれ以上の威力の電磁砲が、発射されてしまった。
「サクラぁっ! チブルぅっ!」
インダルの叫び声は、サクラ達の元に届くには、十分な音量だったが、時は既に遅し。
電磁砲は発射されてしまっている。
サクラ達に穴を開けることなど、あと一瞬で簡単にできる事なのだ。
サクラ達は、殺気の篭った電磁砲が間近に迫ったところで、やっとその存在に気がついた。
だが、殺気を感じてから気づくようでは、遅すぎるのだ。
もうその光線を避けるにも遅すぎるし、先程のチブルのように、助ける者も誰もいない。
チブルは、涙目で間近に迫る光線を見ていた。
サクラの心は、再び絶望に支配された。
『眼を覚ませぇッ!』
その時、サクラの絶望の心に、ユニコーンの喝が響き渡った。
ゴーレムに襲われた時と同じ様に。
「ハッ」
サクラは思い出した。
あの日言い合った、”護る”というその言葉を。
診療所で、硬い決意を見せたリョウの、誇るべき姿を。
そうだ。
私には、リョウがいるじゃないか。
何で勝手に絶望なんかしているんだ。
リョウを護るって決めたのに。
何を死に際に絶望しているんだ。
私はこんなところでは死ねない。
護りたい仲間がいるんだ。
一人で勝手に死ぬわけにはいかない。
護りたい仲間のためなら……
死ぬわけには行かないんだッ!
うやむやに、右手に持っていた剣を、電磁砲を受け止める様に突き出した。
片手でチブルを抱き寄せながら、彼女を迫り来る恐怖から、必死に守った。
私の大切な人。
私のそばにいてくれる人。
私を助けてくれる人。
その人のためなら……
その人の、ためならッ!
「絶対に変えられない運命だって! 変えてみせるッ!」
迫り来る、青白い電気を帯びた死の宣告を。どうしようもない運命を。
サクラは勇敢に、剣一本で受け止めた。
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