三十.五話 悪夢の予兆
三章突入の前にこちらをどうぞ!
ここはとある小さな村だ。
子供達が燦々と照らされた太陽の真下で、仲良く追いかけっこをしている、いたって平和な村だ。
その村のはるか上空から、黒ローブに身を包んだ青年が楽しそうにはしゃぐ見下ろしていた。
青年は舌打ちする。
「楽しそうだなぁ……僕なんか追いかけっこなんてやった事ないよ」
そう言いながら、青年は懐から赤黒い球体を二つ取り出す。だが、それを何もする事もなく、また懐に戻した。
「こいつらごとき、コレを使うまでもないか」
青年はゆっくりと降下していき、村人が目に止める程度の高さで動きを止める。村人達は青年を見つけると同時に、口もとに手を当ててヒソヒソ話をしたり、手を額にかざして、目を細めたり、子供達は指をさしながら騒いでいた。
それを見て青年はニヤリと笑いながら両手を広げる。
「みなさん注目ー! 遠いですが僕の目を頑張ってみてくださぁーい!」
村人達は、言われた通り、青年の碧眼に注目した。青年はそのタイミングを狙ったかのように、ある能力を使う。
「残念! 哀れだなぁ。僕の下僕達!」
青年の瞳が赤色に変化し、村人達は、その赤い瞳を見た途端に、青年と同じように瞳が赤色に変化した。そして、腕をプランと落として、まるで生気が抜けたかのようだ。
青年はその様子を確認した後、気持ちの悪い笑みを浮かべて、懐から先ほどの球体を取り出し、村人達に差し出す。すると、村人一人一人の頭から、老若男女問わず一定の量の紫色の靄が吹き出て、その靄は赤黒い球体に吸い寄せられていく。
「合格だよ村人さん達」
青年はまたニヤリと笑う。
ーー刹那、青年の背後に、何かが現れ、青年に刀を振る。対する青年は、それに気づいていたかのように、一振りを紙一重で避け、空をバックステップを使い、何かから離れる。
「誰?」
「それはこっちのセリフだ」
その何かとは、刀身が激しい焔で包まれている、真っ黒な刀を持った、朱色の髪を紐で一つに束ねた青年だった。
「お前は誰だ」
「僕の名前、知りたい?」
朱色の髪の青年は、黒ローブの青年を殺気の目で睨み、一方黒ローブの青年は、気持ち悪い顔で笑っていた。
「お前は誰だ」
「知りたいんだね。……でも、名前を言うのはお預け。今はこいつらの生気を……」続きを言おうとしたところで、朱色髪の青年は一刹那で相手の前に移動し、焔を纏った刀を振るう。
「おい! 危ないじゃないか! せっかちさんだなぁ」
そう言って笑いながら左手に持ちかえたものとは別の球体を懐からもう一つ取り出した。すると、その取り出した球体は、鋼の剣に形を変える。
剣と刀がぶつかり合い、激しい金属音を放つ。金属の質で比べれば、刀のほうが上だが、力で比べれば、黒ローブの青年のほうが上だ。細い腕に見合わない莫大な力で剣を振るっている。
朱色髪の青年は、一旦距離を置き、刀を鞘に戻すが、構えたままだ。相手はその隙を見逃さず、一気に距離を詰めてくる。相手の大ぶりな剣技一つ一つを、朱色髪の青年は紙一重で全て避け……。
「『炎撃』ッ!」
抜刀と同時に刀身は弧を描きながら焔のエネルギー波を放った。黒ローブの青年はそのエネルギー波を、避けずに、ただニヤリと笑った。
避けない青年に、エネルギー波は容赦無く直撃……するはずだった。
エネルギー波は、黒ローブの青年の目の前で止まったかと思うと、左手に持っていた球体に、形を変形させながら吸い寄せられていく。
「ありがとうございますっ! 魔力頂きましたぁ〜!」
「チッ…………物理系の飛び道具でないとダメか」
「その通り。僕にエネルギー系の攻撃は効かないよぉ〜」
「しゃらくせェッ!」
朱色髪の青年は空中を蹴って、黒ローブの青年に一気に距離を詰め、刀を振るう。また激しい金属音が響き、それが繰り返し起こった。繰り返される金属音の中で、朱色髪の青年だけが疲労を蓄積していった。
「いっておくけどさぁ、僕、手ェ抜いてんだよねぇ〜」
「……何?」
「お前なんかに魔力使ってらんないよぉ〜! もう殺っちゃっていい?」
「……ッ! 黙りなさい!」
戦力差的に見れば、黒ローブの青年の方が、断トツで上であった。彼は体格に見合わないような馬鹿力を発揮し、とどのつまりにエネルギー系の技が全く効かない。それどころか、スタミナさえもが朱色髪の青年より上である。
圧倒的な戦力差を見せつけられ、奥歯を噛み締めた朱色髪の青年は、黒ローブの青年と、一旦距離を置く。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「あらま。随分お疲れなようで?」
息を切らした朱色髪の青年を、黒ローブの青年は嘲笑する。
「随分ご立派な剣持ってらっしゃるのに、あんまり強くないね。…………あ、もしかして! 僕が強すぎたんだね! 僕が強すぎたんだわ! 失礼失礼」
「はぁ……うるさいわね。……もうちょっと静かにできないのかしら?」
「ん、んん? アレ? 君女だったっけ」
よく見てみると、朱色髪の青年の身長は少し縮んでおり、顔もキリッとした女性になっており、少しだけ胸も膨らんでおり、口調も変わっている。
「あぁ…………また力を…………これ以上続けるわけにはいかないわ。悪いけど、一気に決めさせてもらうわね」
朱色髪の少女は束ねていた髪の紐を解く。すると、美しい朱色の髪が、少女の肩にふわりと降ろされる。
「はっ! ほざけ!」
少女は刀を鞘に収め、抜刀術の構えになり、静かに目を閉じる。
「じゃあ、冥土の土産に僕も少しだけ技を披露してさしあげますよ」
対する黒ローブの青年は、笑いながら球体を懐から中指と薬指の間と、薬指と小指の間に、赤黒い球体を二個づつ取り出した。そして、それを、あろうことか全部口に入れ、飲み込んでしまった。すると、青年は震えだし、腹を押さえながらうずくまるが、気持ち悪い笑い声をあげ始めた。それとほぼ同時に、彼の剣は漆黒の炎のようなオーラを纏う。
「クッ。……フフフフフフ…………」
青年は身体をゆっくりと右に向け、その動作と同時に禍々しく色づいた剣を背中の後ろに回し、中指と薬指の間に球体を持った手を広げて遠くの少女に翳した。そして、体勢を低くし、最後にニッと笑った。
「見切れるかな?」
「それは…………こっちのセリフよ!」
二人がほぼ同時に空中を蹴り、相手に向かっていった。そして…………。
「『ボルケイノ・フェニックス』ッ!」
「『闇ハ我ノ全テ』ッ!」
鞘から激しい焔を纏った刀が引き抜かれ、ーー黒いオーラは、振りと同時に一気に濃さと激しさを増しながら、ーー衝突した。
その瞬間から、両者のつばぜり合いが始まる。衝撃波からか、辺りには激しい風が巻き起こり、周囲の木々は根元から抜け、倒され、村の建物は木、石問わず、一気に砕けた。
ギリギリと、両者の力をぶつけ合うつばぜり合いは、少女の朱色の髪を乱暴に踊らせ、それと同様黒ローブも、破れんばかりに揺れていた。
激しさを増す両者のつばぜり合い、だが、その勝敗は、ほんの数十何秒ばかりであっけなくついた。
「何ッ!」
少女の刀に纏わり付いた焔が、漆黒のオーラをじわじわと塗りつぶしていき、鋼の剣を溶かし、折った。漆黒のオーラを失い、剣だったものはただの金属となって無様に落ちていき、例に従うように次の標的は黒ローブの青年となった。
赤く輝いた刀身は、青年の身体を斬りつけ、その傷口を焔が焼いた。衝撃で吹き飛ばされた青年は、半円を描いて落下し、地面に叩きつけられた。
少女は勢いのあまり刀を振り下ろされるが、素早く止めて安定させた。刃は依然として、焔の衣を着ていた。そのまま刀を鞘に戻し、息を長く吐いてから、青年が吹っ飛ばされたた方へとゆっくり降下していった。
だが、そこにさっきの青年の姿も死体も無かった。そこにあったのは、焼け焦げた黒いローブと、血痕だけであった。
「あいつ……死んでないっていうの……」
少女は着地して、黒いローブに近づき、その前で膝から崩れ落ちた。
青年に使用した、『ボルケイノ・フェニックス』は、この少女が使う技の中でも二番目に強い技で、この技を使って耐えた者は、過去に一名しか居なかった。そんな技を、あの青年は耐えたというのだ。
それは少女にとって屈辱なことこの上ない事で、地面に強く拳を打ち付け、歯を食いしばっていた。この感覚を味わうのは、初めてで、だから尚更屈辱だった。
「……オ前ハ……誰ダ」
必死に悔しさを噛み殺そうとした時に、後ろから強弱もアクセントも無い声が響いた。少女は咄嗟に振り向くと、そこには斧や槍など、一人一人武器を持った、男たちが立っていた。その男たちは皆、目が赤く光っていて、口が半端に開いたままで、生気が微塵も感じられなかった。
少女はゆっくりと立ち上がり、彼らを睨んだ。
「……ココハエンペル様ノ領地。……部外者ハ……消エロ……消エロ……消エロ……消エロ……消エロ……」
消えろと言いながら、男達はのそのそと近づいてくる。まるでアンデッドのようだった。
(……ここは逃げた方が良さそうね。この人達は全員目が赤い。多分あいつに操られた村人ね)
少女は素早く決断し、前方の森へと消えていった。すると、目が赤く光った男達は、武器を持っていた手をプランと落とし、またのそのそと歩いて踵を返した。
☆☆☆
「ふ〜〜。まさかやられるとは……」
森の中に消えていく少女の様子を、青年ははるか上空で見ながら、赤黒い球体を飲みんでいた。
「まぁ? この能力がある限り、僕は死なないんだけどねぇ〜」
青年は先ほど、相手にした少女の攻撃を受けて重傷を負ったが、すぐに球体を大量に飲み込み、傷を無理やり塞いだ。
だが、塞いだのは表面上だけであって、中身まで完全修復するためには、あと一日は要するだろう。
「さてと、僕の目標達成まで、あと一歩だな。この村の人々から魔力を吸い上げれば、やっと起こせる」
そう言って、左手を広げる、するとそこにはまた赤黒い球体があった。この球体は、村の人々から魔力を吸い上げている球体だ。魔力採取を損なわないために、少女との戦闘中はずっとこれを握っていた。つまり、左手を封じていた。
左手を封じても少女を圧倒できる自らの力に、青年は満足げに笑った。
「魔人戦争を……フッハハハハッ」
悪夢は今、この瞬間から始まるのだった。
次の話で、三章に本格的に突入します。




